第101話:桜の大発見
遺跡を調査するにあたり、
まずは城壁に沿って、外周をグルッと回ってみることに――。
探し始めてすぐ気になったのは、城壁の外側にある大きなくぼみの存在だった。川の水は張られてないけど、その形状から察するにお堀だと思う。たぶん外敵の侵入防止と、農業用水として利用していたはず。
城壁の外側は、森の浸食がかなり進んでいる。周囲に農地があったのかは断定できないが、明らかに森の密度が薄かった。このことからも、過去には広大な農地があったと予想できる。
一方、城壁の内部に目をやると、
民家と思しき建造物が、わりと均等な間隔で並んでいた。家の素材は石材やレンガっぽい。基礎を残して崩れ去っているけれど、しっかりと区画整理されていたことは明らかだ。
民家跡地を調べると、割れた陶器製の皿や、鉄で補強された石かまどが見つかった。木製のものはすべて風化し、原形を保っているものは残されていない。
「メリナード、そっちはどうだ?」
「はるか昔、何者かが集団生活をしていたのは確かです。鉄製品があることから、一定以上の文明を営んでいたと思われます」
「ケーモスの街と比べてどうかな。建物とか生活様式とか」
「これだけ朽ちていると判断に困りますが……文明レベルは今と変わりないかと。まあ、現段階ではなんとも言えませんね」
「あとでルドルグと念話を繋げるからさ。建築様式とか使用してる材料とかの説明を頼むよ。本職なら何かわかるかもしれんし」
「はい、そのあたりを重点的に調べます」
素人目では判断できなくとも、ルドルグならわかるかもしれない。こういうことは職人に聞くのが一番だ。街に行ったことがない私は、この世界の建築レベルすらわからない。
「おいみんな、ミノタウロスだ!」
冬也のほうを振り返ると、1匹のミノタウロスが目に入った。周囲の視界は開けているけど、どこに潜んでいたのだろうか。
当初の予定どおり、冬也とドラゴが結界の外へ出て近接戦を繰り広げる。
格上を相手に、ふたりの動きも負けていない。むしろふたりのほうが押しているように見えた。ミノタウロスを挟むようにして、交互にかく乱しながらダメージを与えていく。
上位職になってからと言うもの、戦闘力は飛躍的に上がり、レベル差以上の力を見せつけていた。結局、さしたる苦戦もせず、2分もしないうちに倒してしまったよ。ほかのメンバーは出番もなく、その様子を見守っていただけだった。
「ふたりとも凄いな。格上相手に圧倒的だったんだが……」
「これも女神さまのおかげじゃ。まあ、相手の動きが単調なのもあるがの」
「切り札の咆哮も無効化できるし、魔鉄製の武器もあるしな」
武器いえば、ドラゴもナックル付きの手甲? みたいな武具をいつの間にか装備している。
「ドラゴ、それって魔鉄製なのか?」
「うむ、実に見事な一品じゃろ? ベアーズ殿に頼み込んで、特注でこしらえてもらったんじゃ!」
「ちなみに発案者は私、某アニメキャラを元にイメージしてみた」
「秋穂これ大丈夫か? この形状、俺も見たことあるんだが……」
「大丈夫、あくまでリスペクトしただけだから」
「そうか……まあこの世界なら文句言う人もいないわな」
「それにしても、今のミノタウロスってどこから現れたんでしょう。誰か見ました?」
桜の問いかけには誰も答えられず、ミノタウロスがどの方面から来たのかは不明。若干モヤモヤしながら探索を続けていった――。
やがて日も暮れだした頃、夕食がてらに今日の成果を報告し合う。
遺跡探索初日は、街外周を一周したところまで調べることができた。街の中心から東西南北に、幅広い石畳の道路があり、城壁部分には門も設置されていた。いずれも朽ち果てていたが、わずかながら痕跡を残している。
また、探索中に遭遇した魔物はすべてミノタウロスで、都合10回の戦闘を経験していた。一度だけ2体同時に出現したが、残りは全て単独行動だった。魔物のレベルは70~75の範囲で、『咆哮』『斧術』『突撃』というスキルを所持している。
「とりあえず、ここが街だったのは確定だな。建物もそうだし、わずかながら生活用品も見つかったしね」
「食器類や建築様式に関してですが、我々獣人領のものと似ております。獣人に近しい種族だったのでは、と考察できますね」
途中でルドルグにも確認をとり、ある程度の確信を得ている。
「この街って、どれくらい前に建てられたんだろう。荒れ具合から見ても、何十年ってことはないよな」
「木製のものはボロボロでしたし、何百年単位じゃないですか?」
「ここに住んでた人たちって、どこに行っちゃったんだろうねー」
「過去に戦争が起きたのか、それとも魔物に襲われたのか。その辺についてはわからんな」
500年前までは、大陸の西と東は完全に分断されていたはずだ。大山脈南部が消失したあと、いま村がある所を通って西へと移住した。という可能性もあるけれど、その理由がわからない。
そしてもうひとつ気になるのが、獣人の『強さ』に関してだった。
ここに獣人が住んでいたなら、ミノタウロスも倒せるほど強かったはず。でもそれにしては、現在の獣人たちが弱すぎる。長い年月で弱体化したのか、ここにいたのは獣人じゃなかったのか。皆目見当もつかない。
「なんにしても、オーク出現の手掛かりはまだ見つかってない。明日も引き続き調査してみよう」
「街の中心部には何かあるかもしれません。諦めるにはまだ早いですよ」
◇◇◇
異世界生活218日目
東の森を出発して5日目の朝
今日は街の中心部を調べる予定だ。全体の構造からして、街の主要な施設はこの中心部に集まっているはず。新たな痕跡が見つかる可能性は十分にあった。
中心部へ近づくにつれ、徐々に瓦礫の山も大きくなっていく。裏を返せば、それだけ大きな建物があったとも考えられる。
「今日は探索範囲も広くないし、じっくり見て回ろう。ひょっとすると、領主館や冒険者ギルド跡なんかがあるやもしれん」
「あの瓦礫の山をどかすとなると、ひと苦労しそうですね……。それと、遺跡の保護に関しては大丈夫でしょうかね?」
「その心配はいらんじゃろ。そもそも、ここまで到達できる者がおらん。保護したところで、誰が管理するのかという話じゃ」
「確かにそうですね。では遠慮なくやらせて頂きます」
そんなやり取りのあと、各自が分散しながら調査を開始する。
私もさっそく、近くにあった建造物を調べている。その建造物は街のど真ん中、道路が交差する場所に設置してあった。円形に囲われた石垣で、壁の高さは私の膝ほどしかない。この建造物を中心として東西南北に道路が伸びていた。
(これって噴水的なナニかだよな? 交差点としても機能してたっぽい)
水は張られてないし、石垣も崩れている。それでも見た感じは、海外の映像なんかで見た噴水とよく似ていた。
「ん? アレってもしかして」
石垣で囲われた中に入り、目についた物を拾い上げる。
「やっぱりだ。この月の紋章って、獣人族の硬貨だよな……」
「村長、何か見つけたのですか?」
「ああ、コレを見てくれ。獣人領で扱っている硬貨だと思うんだが」
「っ、細かな意匠は違いますが……中央に刻印された紋章は、獣人領の硬貨と酷似しています」
「やはりここに住んでいたのは……。他にもないか探してみよう」
メリナードとふたりで硬貨を探すと、数枚の銅貨や鉄貨が見つかった。そのいずれにも月の模様が刻印されている。
ひとまずみんなに報告するため、近くにいる者から順番に声を掛けて回った。冬也と秋穂、ドラゴと春香がそれぞれ一緒にいたので合流。最後に桜のところへ向かうと――。
水魔法を盛大にぶっ放していた。
「おい桜、大丈夫か? ずいぶん派手にやってるけど……」
「あ、啓介さん。ちょっと気になることがありましてね」
「気になるって、この床がか?」
「はい、ここの床だけ頑丈な作りになっていたんです。それで気になって洗浄してました」
(洗浄というには威力が強すぎるだろ……)
それはさておき床に目線を落とすと、確かに周りとは異質の床が広がっていた。光沢のありそうな青黒い床には継ぎ目もない。かなり大きな一枚岩のようにも見える。
私たちに説明している最中も、桜の魔法は発動中だ。周囲の瓦礫も吹き飛ばしながら、床はどんどんキレイになっていった。
「んん? 桜殿、一度魔法を止めてくれぬか。いま床に、文字を見た気がするんじゃが……」
ドラゴがなにかに気づき、桜が魔法の発動を止める。と、次第に床の水が掃けていく――。
するとそこには、獣人族の共通文字がハッキリと刻まれていた。ドラゴやメリナードも普通に理解しているので、獣人の使用する文字で間違いない。
「これって、床じゃなくて石碑だったんですかね?」
「それより重要なのは内容だろう。桜、とんでもないもの見つけたな」
「ふふふっ、私だってたまには活躍しませんとね!」
石碑に書かれていた言葉は決して良い内容ではない。それでも、今回の探索で一番の大発見だった。




