第100話:ファンタジーでお馴染みの
異世界生活216日目
探索3日目となる本日、
昨日見つけた川に沿って、東方面へと向かっていた。一晩寝たおかげなのか、気分もすっかり晴れ、新たな気持ちで探索に挑んでいる。
中途半端な気持ちで挑むのは、周りにも迷惑だし咄嗟の判断も鈍る。この場所は異世界というだけでなく、現地人にとっても未開の地なのだ。いつ何が起こるかわからない。全力集中で取り組むべきだと、今更ながら思い至った。
とはいえ、未だにそれらしい発見はない。もう2時間もすれば日没となるが、何の成果もあげられずにいた。
ただ、歩みを進めるにつれて木々の間隔が広くなっている。太陽の日差しが降り注ぐ程度には、森が開けてきた印象だ。場所にもよるけど、それこそ馬車が通れるくらいには変化している。
◇◇◇
今日の野営地が決まり、夜の準備に取り掛かろうとしたとき――。
隣にいたドラゴが臨戦態勢に入り、ほかのメンバーに注意をうながす。
「この先に何かおる……戦いに備えよ」
「その様子からするとまたオーク、ってわけじゃなさそうだな」
「ハッキリとはわからぬが……たぶん違うかの。明らかに強者の気配じゃ」
魔素の流れに敏感なドラゴ、彼が言うのだから間違いないはず。正体こそわからないが、今までにない存在がいるのだろう。
「ここで待つか、それとも結界を延ばすか。どっちがいいと思う?」
「探索を続けるなら避けては通れん。我らから接触したほうがよい」
「ドラゴさん、オレも賛成だ。日が暮れる前になんとかしたい」
ドラゴも冬也も、夜になる前に決着をつける気だ。かなり先まで結界を延ばし、みんなで慎重に進んでいった――。
「おいあれって……アレ、だよな?」
「はい、間違いなくアレですね」
「鑑定するからちょっとお待ちを!」
そいつは現在、遠くに見える結界を攻撃しているところだ。片手に巨大な斧を持ち、鼻息を荒くして暴れている。
誰がどう見ても、ファンタジーでお馴染みの魔物だった。
「ミノタウロスLv72、スキルは斧術と咆哮です! 咆哮には、数秒間相手を怯ます効果があるよ!」
「レベル高っ、しかもスキルが2つも……いかにも強そうだな」
頭部は牛で体は人間。そんな見た目の魔物は、まごうこと無きミノタウロス。オーク種より格上なのは間違いないだろう。
「村長、相手は1匹だけだ。できれば咆哮スキルを受けておきたい」
「判断は冬也と桜に任せる。俺にも遠慮なく指示をくれ」
「まずはオレと春香さんが結界の外に出るよ。あいつの咆哮で動けなくなったら、ドラゴさんと村長で救出を頼む」
「たまわった!」「了解っ」
「救出も無理そうなら、私の氷魔法で凍結させてみるわね。秋ちゃん、今回は付与魔法なしで。危険と感じたらすぐに発動して」
「わかりました」
手早く作戦が決まり、ミノタウロスに近づきながら配置につく。
「んじゃ行くぞ!」
冬也と春香が結界の外に飛び出す――。
相手の標的は冬也のようで、両者が数撃の打ち合いを始めた。ミノタウロスが間合いをとると、身をかがめる仕草をしてすぐに伸びあがる。と同時に、大きな雄たけびを上げた――。
「グオォォォォォォ!!!」
周囲の木の葉が揺れるほど強烈な叫び声。
だが結界内にいるメンバーは、誰ひとりとして影響を受けなかった。物理的な怯み状態にもおちいってない。
「っ、春香さん動けるか!」
「くぅ、すぐには無理っぽいー」
「わかった、一旦結界に戻るよ!」
外にいた冬也は、一瞬だけ怯んだあとすぐに動き出す。隣にいた春香を抱え、自力で戻ってきた。
「オレは一瞬だけ体が硬直した感じだった」
「わたしは体感で3秒ほど動けなかったわ」
「結界の中にいる者は影響なしじゃ」
「3秒はさすがにヤバいな。――じゃあ今度は、秋穂の身体強化付与を全員にかけてくれ。ドラゴさんは竜闘術での自己強化もよろしく。次は春香さんとドラゴさんで挑戦してほしい」
冬也がテキパキと指示を出し、順に外へ出て咆哮の影響を確認していく。
普通であれば、こんな悠長なことをしている暇なんてない。だが結界があれば話は別だ。ミノタウロスはさぞ腹立たしいだろうが、こっちにしてみれば真面目もまじめ、大まじめなのだ。
数回にわたる検証の結果、
冬也とドラゴは自身の魔力(竜気)を纏うことで、咆哮の影響を完全に無効化していた。
ほかの面子も秋穂の身体強化付与があれば、一瞬の硬直で済む程度には緩和されている。私はレベルが高いせいなのか、物理的影響は皆無だったよ。
『結界と同じ効果が自分に秘められている』
なんて可能性もあるけど、理由については良くわからなかった。
「次は桜さんの魔法を。拘束系を優先してもらえるとありがたい」
「任せて、まずは氷魔法からいってみる」
ここからは桜の独壇場だった。
なにせ、安全な結界内から魔法が打ちたい放題なのだ。ミノタウロスは氷漬けにされたり、あまり表現したくない様々な検証の末、見事討伐されたのであった――。
結果的に単独討伐が可能なほど、魔法による攻撃は有効だったよ。次に遭遇したときは、結界外での近接戦闘を実践するらしい。
「っと、ドロップ品はなんだろ?」
「大きな魔石と……牛肉、なのかなこれ?」
「ミノっていうくらいだから、たぶんそうなんじゃないか?」
鑑定結果は『ミノタウロスの高級肉』。詳細文によれば、極上の旨さが保証されているらしい。
「今までもそうだったけど、装備が消えちゃうのは不思議だよな」
「ボス討伐のときと、ゴブリンが落とす錆びた短剣くらいですもんね」
「アレはきっと、地上でやられた冒険者の物かもしれんな」
「――さてと、今日はこの辺で切り上げましょう。暗くなる前にテントを設営しないと」
新種の『ミノタウロス』を討伐したところで、今日の探索を切り上げた。
夕食のとき、手に入れたミノ肉を味見してみたんだが――。
蕩けるような柔らかさと溢れる肉汁で、極上の一言に尽きる代物だった。「もうほかの肉が食べれない!」なんてフレーズを良く聞くけど……、あれは本当だったんだなと実感したよ。
ミノタウロスが落とした魔石も、ソフトボールくらいの大きさがあり、これも過去最高サイズを更新している。肉も魔石も物資転送で村に送り届け、自由に使ってくれと伝えてある。
「啓介さん、敷地拡張はあとどれくらい残ってます?」
「10kmくらいだ。ここに来るまで、北へ30km東へ20kmってとこ」
「でしたら明日は、行けるところまで東へ向かう感じですかね」
「そうだな。新種の魔物も出たし、この先に何かあるかもしれん」
現金なもので、目に見える変化が訪れると俄然やる気が増していた。
「お、今日は昨日とは打って変わって乗り気だな村長」
「村長のやる気を維持するためにも、是非そうあってほしいものですね」
◇◇◇
異世界生活217日目
探索4日目の朝、私たちはトンデモないものを見つけてしまった。
ここにきて初めての『人工物』を発見したのだ。
そのほとんどは倒壊しており、機能を全く有していない。だがそれでも、間違いなく『城壁』だとわかる。さらに壁際まで近づくと、目の前には大規模な遺跡が広がっていた。
石造りに見える建物群はボロボロに朽ち果て、そのほとんどが原型を保っていなかった。ところどころ森の浸食が進んでいて、道路だった場所にも雑草が生い茂っている。
だがそれでも、ここに『文明』があったことは間違いなかった。
「やっぱ探索に来てよかったよな! すげぇワクワクしてきたぞ!」
「「…………」」
「みんなどうした? 大発見だぞこれ」
そんななか私は、他のメンバーにジト目で見られる羽目に――。
「どうしたってアンタ……手のひらクルクルじゃねぇか!」
「啓介さん、さすがにこれは擁護できませんよ」
「村長のこと格好いいって言ったの、やっぱり訂正する」
「あ、ごめん……。自分でも良くわからないけど、あのときはどうかしてたんだよ。反省してるから許してくれ……」
みんな口ではキツいこと言ってるけど、表情は明るく、呆れ顔も本気ではないみたいだ。私が反省したところで、春香が意見を述べだす。
「冗談はさておき、ここは大きな街っぽいよね。城壁の広さから見ても、相当な規模の人が住んでたと思うわ」
「人なのか魔族なのかはわかりませんけど、かなりの知能と技術を持っていたと考えられますね」
「パッと見、魔物が巣食ってる様子もないしさ。村長の結界を広げてもらって調査しないか?」
「儂も賛成じゃ。――にしても、大陸の東に人の生活圏があったとはのぉ……これは世紀の大発見じゃわい」
残りの拡張分は200mの正方形程度。
その範囲を探索し終わったらいったん解除、それを繰り返しながら全域を調査するつもりだ。目測によると、外周を囲っている城壁の広さは縦横800m。だとすれば16ブロックの探索が必要となる。
「よし、ブロックごとに分けて順番に探索するぞ。魔物が現れた場合は、必ず集合してから対処しよう」
「手掛かりが見つかりましたらお声がけください。私の空間収納にいったん仕舞いますので」
元は街だったと思われるこの遺跡、その崩れ具合から見ても相当古い年代のものなんだろう。けどこれだけ広ければ、何かしらの証拠は発見できると思う。
それがオーク出現の手掛かりになるかはわからないが……。古代の遺跡探索というだけでも、探す前から気持ちが高ぶっていく。
『ひょっとして財宝があったり?』
なんてことを期待しながら、みんなで探索をはじめた――。




