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魔女見習いのティニー

作者: 中尾リョウ

♪青くかがやく災いのたね

願いを叶える流れ星

願いをかなえてくれるけど

幸と不幸はうらおもて♪



あるところに

小さな村がありました

そこに小さな少女が住んでいました

名前はティニー

5歳の女の子

お父さんとお母さんと弟の4人暮らし



村外れの森のなかに

魔女のお婆さんが住んでいます

山奥で1人暮らしています

人を襲うオオカミも

食べ物を狙うネズミも

魔女には手を出しません

家の周りには畑があって

怪しげな草花がたくさん植えてあります

甘くて苦いような臭いが漂っていて

もやのようなものが一年中立ち込めています

近くの池には魚一匹住んでいません

草が生い茂っていても

虫一匹鳴いていない

静かな静かな魔女の家



「魔女と話してはいけないよ

魔女にさらわれてしまうからね」

この村の子どもはみんな

そう言い聞かされて育ちます



週に一度

老いた馬をともにつれて

金の妖精の水遊びの日に

魔女のお婆さんは村にやってきます

村のお店に行って

何かを売って

食べ物などを買って

村の広場にある小さな泉に祈りを捧げて

老いた馬に荷物をのせて帰っていきます



魔女とうっかり話さないよう

皆が黙っています

お店でも

紙に字を書いてやりとりしています

魔女のお婆さんも一切喋りません

村に静寂が訪れる時間



ある日

ティニーはお使いを頼まれました

たくさんのじゃがいもを買って

家に帰る途中

あんまりにも荷物が大きくて

前が見えなくて

つまずいて転んでしまいました

じゃがいもがコロコロ転がって

追いかけて走っていたら

誰かにぶつかって

ティニーはまた転びました

「ごめんなさい!」

ティニーは言いました

「大丈夫ですか?」



「大丈夫だよ」

見上げたら

そこには魔女のお婆さんがいて

ティニーをじっと見つめていました

少女は魔女のお婆さんと

言葉をを交わしてしまったのです



「縁は結ばれた

お前は13歳になったら

魔女になる」

「今からお前は魔女見習いだ

月に一度

森の入り口まで来るように」

そういって魔女のお婆さんは去っていきました

初めて聞いた声は

思っていたよりも若いものでした



両親は嘆きました

そして言いました

「魔女に逆らってはいけない

周囲に不幸が訪れるから」

「ただし見聞きしたことは

決して話してはいけないよ」

「ああティニー」

「魔女になっても

お前は私たちの可愛い娘だよ」



ティニーは魔女見習いとして

月に一度

森に行くことになりました

森の魔女の家で

色々なことを勉強します

魔女は言います

「魔女はあるがままに従う」

「魔女は魔女を助ける」

「人も草木も動物も区別しない」

「魔女の力は環を保つもの」



ティニーが魔女のお婆さんのもとに

通うようになってから

村のみんなは

口を聞いてくれなくなりました

仲の良かった友達も

ティニーを見かけると

走って逃げてしまいます

みんなが冷たい目をして

ティニーを睨み付けます

ティニーは悲しくなりました



魔女のお婆さんに聞いてみたら

「魔女見習いと話したところで

何にも起きないよ」

と言います

ティニーは皆にその事を伝えました

でもやっぱりみんな

口を聞いてくれません

お母さんだけが

ティニーと話してくれるようになりました

弟はティニーを見ると逃げ出します

お父さんは渋い顔をしたあと

筆談してくれるようになりました



ティニーが魔女の見習いになって

5年の月日が流れました



その年の冬

大きな飢饉が起きました

冬が終わらず寒いまま

植物は育たず薪は取れなくて

空はずっと暗いまま

みんなお腹をすかせています



ティニーの弟が言いました

「姉ちゃん

魔女の力で村を助けてよ」

久しぶりに弟の声を聞いたティニーは

とても驚いて

力強く頷いてしまいました

ティニーはとても困って

魔女のお婆さんに相談しました

なんとか助ける方法はないかと



「天秤が傾くと揺り戻しがおこる」

魔女のお婆さんは言いました

「魔女はあるがままに従う」

そういってティニーに背中を向けました



ティニーはこっそりと

魔女のお婆さんの部屋から

魔法の種を一粒

盗みだしました

手のひらにのるくらいの

ちいさな壺の中に

魔法の種がいくつも

大切にしまわれているのを

ティニーは知っていたのです

魔女のお婆さんは

「これは願いを叶える魔法の種だ

扱いがとても難しいから

決して触ってはいけないよ」

と言っていました

でもティニーは

弟との約束を

守りたかったのです



盗んだ魔法の種を

ティニーは村の広場に埋めました

泉から水をくんで

丁寧にかけました

そして祈りました

どうか村の皆が

お腹をすかせずに

寒さに震えずに

この長い冬を乗り越えられますように



その夜

大きな流れ星が落ちました

青くてキラキラ輝いて

ぞっとするほど美しくて

長く尾をひく流れ星が



次の日

村の広場に

とても大きな木が生えました



青い青い大きな木

可憐な青い花からは甘い甘いみつ

鈴生りの青い実はまんまるとしていて

そのままかじっても

焼いても茹でても美味しくて

パンにすると何日も保存できました

切り落とした太い枝は

すぐにのびてまた元通り

普通の木はしっかり乾かさないと

なかなか火がつかないけど

この青い木の枝は

すぐに薪として使うことができました



「姉ちゃんだ!

姉ちゃんが魔女の力でこの木を育てたんだ!

皆を助けてくれたんだ!」



皆はこの木をティニーの木とよんで

大切に大切に扱いました

ティニーは嬉しくなりました

皆がティニーを見る目が

明るく優しくなったから

話はしないけれど

手を振ったり

笑いかけてくれる人が

たくさんできたから

相変わらずお父さんは

渋い顔をしていたけれど



そういえば

不思議なことに

動物たちは決して

その木に手をつけませんでした



ある日

隣村が助けを求めにきました

青い木の噂を聞いて

自分達にもわけてくれと

ティニーの木は大きいけれど

隣村の皆が充分食べられるほど

大きくはありませんでした

隣村とは交流がさかんで

困ったときは助け合ってきました

お嫁にきた人もたくさんいます

皆は迷いました

ティニーも迷いました



「絶対に秘密にするなら

この木をわけてやろう」

村長は言いました

村の皆はティニーを見つめました

ティニーは小さく頷きました



ティニーは再び

魔法の種を盗みました

瓶に汲んだ泉の水とともに

隣村の村長に渡しました



夜空に流れ星が一筋流れて

隣村にも青い木が生えました

皆は大喜び

お母さんも弟も大喜び

ティニーも嬉しくなりました

でもやっぱり

お父さんは渋い顔をしていました



国が攻めてきました

村は包囲されました

青い木を献上せよ

困っているのは全国民なのだと

青い木の事を

この国の王様が知ってしまったのです



3日後に木を掘り返して王都に運ぶと

王様の使者は言いました

村の皆は困り果てました

青い木の恵みは保存が効くといっても

この冬がいつまで続くか分かりません

それにティニーの木は大きいけれど

そこまで大きくはないのです

隣村の木と合わせたって

国民全部に分けることなど

到底不可能です

持っていかれてしまったら

甘いみつも 美味しいまあるい実も

もう食べることは出来ないでしょう



どうにかならないか

皆がすがるように

ティニーを見つめます

ティニーは下を向いていました

ぎゅっと目をつぶっていました



2日後の夜

ティニーは魔法の種を盗むため

再び魔女のお婆さんの部屋に

忍び込みました

魔法の種の入った壺を

まるごとポケットにいれました

そのとき




「そこでなにをしている」




魔女のお婆さんが

部屋の扉の前に立っていました



魔女のお婆さんは言いました

「何かを特別扱いしてはいけないと

あれほど言ったはず」

「天秤が傾くと揺り戻しがおきる

あんたは責任がとれるのかい」



ティニーは涙を流しました

魔女のお婆さんにひたすら謝りました

ティニーは言いました

「どんな仕打ちでもうけます

覚悟は出来ています

どうかあなたの力で

みんなをお腹いっぱいにさせてください」

泣きながらお願いし続けました

ずっとずっとお願いし続けました



「魔女は魔女を助ける」

魔女のお婆さんはポツリと言いました

「さらにお前はまだ見習いだ

見習いのやったことは師匠にも責任がある」

魔女のお婆さんは

深く深くため息をつきました

そして天を仰ぎました

「ただしこれっきりだ」



「お前は魔女の掟を破った」

「お前は裏切りの魔女となる」

「魔女の仲間には入れない」

「人の世にも混じれない

孤独な裏切りの魔女だ」



そう言うと

魔女のお婆さんは壺を開けて

残っている魔法の種を

勢いよく空中へ蒔きました

強い風が吹き

種はきらきらと輝きながら

空高く飛んでいきました

次の瞬間

真っ暗な夜空一面に

たくさんの流れ星が降り注ぎました



青い木が生える前の夜に見た

あのぞっとするほど美しい

青い青い流れ星が

絶え間なく降り注ぎました



「孤独の魔女よ

お前には災いが訪れるだろう」



魔女のお婆さんはそう言うと

煙のように消えてしまいました

ティニーは突然気が遠くなって

その場に倒れこんでしまいました



ティニーの目が覚めたとき

既にお日様が高く昇っていました

あわてて村に帰ると

村の皆がティニーに罵声を浴びせてきます

村の皆が石を投げてきます

「木は枯れてしまった」

「青い実は腐ってしまった」

「王様の使者は怒って帰っていった」

「村長は殺された」

「どうしてくれる」

「お前のせいだ」

「どうして木を枯らしたんだ」

「この数日一体何をしていたんだ!」



ティニーは訳がわかりません

傷だらけになって家に帰りました

家では家族が

怖い顔をしていました

お母さんは怒り狂ってあらゆる物を壊しました

弟は涙を流しながらきつく睨み付けてきました

お父さんは相変わらず渋い顔をして

決してティニーを見てはくれませんでした



そしてティニーは知りました

あの流れ星の夜から

既に3日がたったこと

王様の使者が木を掘り返さそうとしたら

木はたちどころに枯れてしまったこと

木を生やした者を連れてこいと

王様の使者に言われたが

ティニーを見付けられず

怒った王様の使者が

村長を剣で斬り殺してしまったこと



ティニーは走りました

魔女のお婆さんの家に戻りました

あの夜の流れ星は

願いを叶えてくれなかったのか



魔女のお婆さんはいませんでした

ティニーは待ち続けました

でも魔女のお婆さんは

ずっと帰ってきませんでした



ティニーは魔女のお婆さんの家で

暮らしはじめました

村に 家に帰るのが

怖かったのです



半年後

あの流れ星の夜から半月後に

青い木が国のあちこちに生えたと

ティニーは知りました

こっそりと様子を見に行ったら

もとの場所に青い木が生えていました

ティニーの植えた木よりも

ずっと大きな青い木が



皆が噂をしていました

「ティニーの力だ」

「木を生やすために頑張ってくれていた」

「謝らなければ」

「魔女の機嫌を損ねてはいけない」

「魔女の力は素晴らしい」

「魔女の力は恐ろしい」



ティニーは家に戻りました

魔女の家に

今はティニーの家に

もう村に行こうとは思いませんでした



魔女のお婆さんが消えてから

2年後のある朝

ティニーは机の上に

小さな壺を見つけました

ティニーのものではありません

その壺と机に挟まれるように

メモが置かれていました



〈家のまわりに蒔きなさい〉

〈決して多用しないように〉



ティニーは壺の中に入っていた

小さな丸い種を

ぐるりと家の敷地を囲むように

一粒ずつ丁寧に蒔きました

蒔き終わっても

小さな丸い種は

まだたくさんありました

ティニーは少しだけ迷って

壺に蓋をして

家の棚の奥に大事にしまいこみました

ふとテーブルの上をみると

今度は手紙がおいてありました



〈あと1年だ

1年たったら魔女の仲間入りだ

同時に魔女からの追放だ〉



その夜

真っ赤に輝く流れ星が一筋

星の瞬く夜空を

ゆっくり落ちていきました




半年後

青い木は突然人々を襲いはじめました

青い花のみつを吸い

青い実を食べた人を狙って

根っこを伸ばしはじめたのです

体内に残った青い成分が目印

今度は青い木の番

丸々太った人間を自分の栄養にするのだ

かつて人間が

自分の花を 実を 枝を

奪ったように



ティニーがかつて住んでいた村も

勿論襲われました

お母さんも弟もお父さんも

幼なじみの友達も近所のおばさんも

みんなみんな

青い木に取り込まれていきました

「ティニーたすけて!」

「偉大な魔女ティニーよ!」

「なぜ助けてくれないのか!」

「村を見捨てるのか!」

「恩知らず!」

「裏切り者め!」



ティニーはじっと

森の入り口から

見つめていました

涙を流しながら

静かに静かに見つめていました

「―――――」




ちなみに

ティニーの家は襲われませんでした

あの小さな丸い種を植えたところから

赤くてきらきらした靄が沸いてきて

その靄に触れると

青い木の根は止まってしまうのでした




国中が青い木に襲われて

結局国は滅びてしまいました




ティニーはもうすぐ魔女になります

孤独な魔女になると言われました

けれど

もうすでにひとりぼっちです

見習いのときからずっと孤独です

魔女になったら何か変わるのでしょうか




魔女になる日の朝

夜明けの空に太陽の光が

鋭く差し込んだとき

ティニーの前に

魔女のお婆さんが現れました

ティニーはびっくりしました



〈これは記録〉

〈私はもう存在しない〉

〈そしてこれより〉

〈お前も存在しなくなる〉

〈裏切りの魔女よ〉

〈私の愛弟子よ〉

〈お前に魔女の使命を託そう〉

〈青い種と赤い種〉

〈青い流れ星と赤い流れ星〉

〈理を曲げる種と曲がった理を拒絶する種〉

〈曲がった理も理であるゆえ〉

〈決して元に戻らない〉

〈曲がった理を元の理に近づける〉

〈この種を守り 適切に使うこと〉

〈かつての私の使命〉

〈これよりお前の使命〉

〈私は環に戻るが〉

〈お前は環には戻れない〉



次の瞬間

ティニーはその場から

煙のように消えてしまいました

かつて魔女のお婆さんが

消えたときと同じように




環に帰れないティニーは

今でも使命を守っています

青い種と赤い種を守りながら

時々種を蒔きながら

流れ星を作りながら




あなたも時々

夜空を見上げてみてください

青い流れ星か赤い流れ星を見かけたら

ひとりぼっちなティニーに

話しかけてあげて下さい

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― 新着の感想 ―
[一言] 石河翠さまの割烹からとんできました! その時々の状況に合わせて、ひとりの人を責めたり頼ったりする都合良い人々。人間って悪気なく、そういうことしてしまいがちですよね。 自分はそうはありたくない…
[一言] 悲しい結末ですね。 良かれと思ってしたことが……。 考えさせられるお話でした。
2021/12/21 14:38 退会済み
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