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01-07

「死ぬのか」

「はいっ! 死にますよ」

「……おいっ!」

「ふぐっ!!」

 ぐいっと身を乗り出したロウの頬を右流辺は両手で思いっきり挟む。頬に触れた掌からはほんのりと熱が伝わってくる。

「死んで花実が咲くもんかよ!」

「いひゃいですっ!

「生きるための方法を探しててなんで自殺の手段を探してんだよ! この無能兎ぃ!!!」

 両手で挟み込んだロウの顔へ盛大に唾を飛ばしながら右流辺は叫ぶ。

 死なないための方法だというのに、なぜこのような提案が出て来るのか。

 きっとロウの頭を開いても大して使われてない錆びれた小さな脳みそが音をたてて転がってるに違いないだろう。

「ぺぺっ! ツバ汚いですよっ! そそ、それにきちんとした方法なんですよっ!」

 両手から逃れたロウは頬に、顔に飛んだ唾を払拭する。

「どこが? なにが? わかりやすく説明してくれ。さもなきゃ次は両手で挟むだけじゃすまないかもしれん」

「な、なにする気ですか?」

「いや、人間と言うのはときおり、感情がアレして……コレになる日があるんだ。そのスイッチがお前の返答いかんで深いところまで入ってしまうかもしれないという可能性を示唆しているだけだ」

「人間って……結構大変なんですね」

「大変だぞ」

 しみじみと頷くロウに対して右流辺も腕を組んで縦に首を頷かせる。

 他種族の生態などロウが知る由もなく、右流辺の話しで聞く『人間』はちょっと変なところがある。

「んで、そのほぼ死ぬ問題がなんでウルトラな解決策になるんだ?」

 とりあえず一度落ち着きを見せるように右流辺は椅子に腰を下ろすと足を組む。

 清聴の姿勢を見せるが、返答いかんではやはり頬を両手で挟む程度では済まないことも起きるかもしれない。

 そんな予感をひしひしと感じてるロウはどこか不安げに口を開く。

「ひ、一人が命がけで特攻したら神竜の鱗が一枚は手に入れられると思うんですよ」

「なるほど……」

「だからこそ右流辺さんが時限式高等破壊魔導の印を背負って特攻して、爆破でこぼれた鱗をどさくさ紛れに私がゲット。どうですか? この神も思いつかないであろう連携の妙案! 私のこと尊敬してくれても良いんですよ」

 ふんと胸を張るロウに対して右流辺は腕を組んだまま天井を見上げる。

 ロウの言葉通りならば確かに神竜の鱗が手に入る。だが──

「それってよお……爆弾みたいなのを持って俺が突撃するってことだよな」

「もちろんそうですよ。私が死んだら鱗を取る人居なくなっちゃいますから」

「……突っ込んだ俺はどうなるんだ?」

「それはもちろん……………………………………」

「おい」

 さっきまで満面の笑みを浮かべていたロウが何かに気が付いたかのように次第に冷や汗がその顔に浮かんでくる。

 しまいには目が泳ぎ、あらぬ方向を見ている。虚空を見つめる猫を彷彿とさせる。

「いや~……か、考えてみてくださいよ!」

「この状況で切り返す言葉がなんかあんのか?」

「よ、よ~く考えて下さいよ! このままだと二人とも死んじゃうかもしれないんですよ! そこを、ほら。一人の犠牲でもう一人は生き残れるんですよ! 二人死ぬより、一人の犠牲で済む方が素晴らしくないですか? ねえ??」

「………………」

「あ、あれ?」

 正当化させようと必死のロウの言葉に頷くでもなければその首を横に振るでもなく、右流辺はただ顔を見つめてきた。

 怒りをまき散らす右流辺も恐ろしいが、黙りこくりただ見つめて来る右流辺は更に怖かったロウは再び冷や汗が浮かんでくる。

 生物としての本能だろう。

 未来が見えるわけじゃないがロウにははっきりとわかる。この先に待つ光景が決して自分の愉快な方向のものでないことを。

「…………俺がさあ」

「は、はい」

 黙っていた右流辺はおもむろに口を開く。その喋りはこれまでに見せたことがないほどに淡々としたものだ。

「こんな知らない世界に突然呼び出されて、右も左もわからないまま困り果てることになった元凶がいるんだよ」

 ──しょんべんもちびったし

「……は、はい」

 話しがどこへ向かうかもわからないなかでロウはただ恐る恐る右流辺の言葉に頷いてみせた。

「そいつはさあ、むかつくほどの笑顔で俺にこう言うんだ。

『君が不幸になったのは私のせいだ。そのうえで私を助けるために死んでくれ』ってな」

「………………そ、空が今日は綺麗ですね~」

 静かに語る右流辺の言葉には語るほどに力がこもっていく。

 雲行きが怪しくなってきたことを察したロウの眼が再び泳ぎ、虚空を見つめる。

 薄暗い部屋からは見えもしない晴空(せいくう)に助けを求めるかのようにロウは呟く。

「俺の答えを教えてやるよ」

「…………あんまり聞きたくないんですけど」

 恐れるロウの前で右流辺を思いっきり息を吸い胸を膨らませる。

「てめえも巻き添えにして絶対に死んでやるっ!!」

「あわわわーー──────っっ」

 薄暗い部屋に似つかしくないほどの胴間声が響き渡る。

 可聴域を超えかけた衝撃波に近い声が、ロウのぴんと張った純白の兎耳を直撃する。

 咄嗟に耳を両手で抑えたにも関わらず右流辺の声は防御することができない。


 およそ一分の沈黙の後に右流辺はもう一度深呼吸をしてみせると、机から身を乗り出す。

「……っとまあ俺の意見を述べたところで一つ聞きたい事があんだけどよ」

「…………な、なんですか?」

 さきほどの大声がいまだに耳鳴りとして残るロウは片耳を抑えながら右流辺の言葉を聞く。

「その神竜の鱗ってのがあれば万事解決な訳だろ。そいつから生存して持ち帰るってなるとどれくらい難しいんだ?」

 ロウの言う『神竜の鱗』がどれほどのものか右流辺には具体的なところではいまだ想像がつかない。

「えっと……ちょっと待って下さい。

 確か……この辺に………………あった──わわっ!」

 おもむろに立ち上がったロウは小走りで、柱のように積み上げられた数々の本から一冊を抜き取る。当然のごとく積み上げられた本は崩れ、床へと散らかる。

「そ、掃除はあとでしますから…………と、とにかく、この本を見て下さい。探訪禄ってやつなんですけど、これに目的の神竜の情報がまあ分かる範囲で書かれてますね」

 そう言って目録から目的の頁を開いたロウはずいっと本を前に出す。右流辺が見るに丁度良い位置だ。

「なになに……………………」



 その内容を理解すればするほど右流辺の眉間に深い皺が出来る。

 他の神竜とは違い、目的となる神竜はお手軽日帰りツアーで行ける場所に生息しているが故に、実力試し、一攫千金、はたまた生態調査などで行くものが後を絶たない。

 そのなかで、鱗を奪取し、無事に帰路へと着いた者は片手で数えても指が余るほどの団体(ギルド)しかいないと記載され、その下には神竜の仔細にわたる情報が書き記されている。

 ──『千元導竜アパロア』──

 件の神竜の名前であり、魔窟に出来た巨大な空間に住みつき、千に万にも及ぶ呪術を自在に操り、対魔導戦においていかなるものも無効化できる力を持つ神竜。

 およそ一〇〇人規模で組織された団体(ギルド)が壊滅に追い込まれたと言う事例が報告されることも珍しいことではない。

「なあ」

「はい?」

「このアパロアって竜は魔導が一切効かないって書いてあるぞ」

「そ~……みたいですね」

「俺が魔導の爆弾持っていったところで効かないんじゃないのか」

「………………言われてみればそうですね。いや~、やる前に気が付いてよかった、よかった。やってたら犬死(いぬじに)でしたね。あははは」

「………………」

 ロウの思慮の浅さに右流辺は思わず閉口する。こんな考えで今日(こんにち)までよく店を経営できたものだと右流辺は感心と呆れが同居したため息をこぼす。

「じゃあアパロアから鱗を奪う案は無しですね。

 ああ~……成功すればせっかく『聖録』になるチャンスだったんですけどね」

「セイロク?」

「誰も成し得たことのない偉業を遂げた方に与えられる称号みたいなもんですね。

 二人で神竜の、それも千元導竜アパロアから鱗を取ってきたとなったら前例なし。前代未聞ですからね」

「前代未聞か………………」

 男なら誰しもその言葉に胸が躍る。

 命を懸ける必要性さえなければ右流辺は昂る感情のまま走り出していただろう。

 前代未聞の事を成し得て、周囲から羨望の眼差しで見つめられる。そんな姿を妄想してしまう。よからぬ妄想と共に鼻の下が伸びる。

「どうせこのまま行っても私の巻き添えで死ぬなら、一縷の可能性に賭けてみませんか?」

「…………」

 腹立たしいが確かにロウの言葉通りだ。

 このまま時が過ぎるのを待てど決して元の世界に戻れるわけではない。それどころか真っ暗闇の未来が広がるだけだ。

「……確かにな。こんな状況で万事が上手くいくような解決策は出るとは思えないし、命の一つくらい賭けるしかないのかもな。

 オールオアナッシングか」

 全てを失うか、全てを得るか。二つに一つ。

 そして時間が経てば否が応でも全てが失われるならば前に進むのみだ。

「おっ! やる気になりましたか?」

「やる気になるしかねえだろ。さてと──」

「あれ? どこか行くんですか?」

 不意に立ち上がった右流辺は体を思いっきり伸ばす。

「刻限まで時間はまだ相当あるんだし、色々とこの街のことを調べないとな。

 そのアパロアって竜のこともな。

 幸いなことに調べるだけなら俺の転移の福音(エストール)が役に立つだろ」

 わからないことだらけのこんな世界で、何の知識もなく命を賭けるような真似はできない。

「ところでよお……」

「はい?」

「ベッドは俺の寝る場所な。お前は床で寝ろ。この本が散らかった床でな」

 突き立てた親指をひっくり返し右流辺は床を指さす。

「わ、私の店兼家なんですけど……」

「そんなことは知らん」

「じゃあ、今知ってください」

「知ってもそこは俺のベッドだ!」

 額を突き合わせて右流辺とロウは睨みあう。

 たった一つのベッド。体は二つ。譲り合いの精神を欠片も持ち合わせてない二人。

 言い合いで事が片付くはずもなかった。しかし決着に要した時間は僅か二分。

 痺れを切らして力ずくでベッドを奪おうとした右流辺に対して召喚契約第弐法条件解除による執行(エウスパージェ)

 再び宙で縦に一回転した右流辺が本の床で意識を失い、そこが右流辺のベッドとなった。




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