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01-05



「まだ本が要るんですか? 子供向けの快楽文書(リトア)にまで手を出して。それもわざわざ本で買うなんて」

 この魔力溢れる世界とは異なる世界の服に身を包む青年、静間右流辺(しずまうるべ)が抱えた木箱から、従者のように着いてくるロウ=フィルキスは本を一冊取り出すとしげしげと見つめる。

 黒に近い濃い群青のローブを纒い、明るく緊張感のない笑みを浮かべたロウは長い緋色の髪を揺らす。特徴的な白くピンと張った兎耳はまるで周囲の物音を拾うかのようにときおり不規則に揺れる。

 ロウが手に取った一冊は寝る前の子供に読んで聞かすものだ。誰もが一度は聞いたことがある冒険活劇であり、今の二人に必要なものか甚だ疑わしいものだ。

「魔晶石で買えば良いのに」

 何よりも倍以上の価格のする本で購入していることにロウは口を尖らせて不満をこぼす。

 同じ情報量を得るならば明らかに魔晶石の方が安価であり、入手手段も容易だ。

 財布役となったロウとしては台所事情厳しい昨今に無駄な金を使う余裕などない。

「俺が魔力が無いことを一番知ってるんだろ」

 魔晶石を起動させ、中に秘められた情報を紐解くことすら魔力のない右流辺には出来ない。

『魔力が(ゼロ)

 この魔導技術が発達した世界において何をするにも支障が付いて回るという端的な言葉であり、本来ならばあり得ないことだ。

「そう言えばそうでしたね」

 緊張感のないロウは、ぴんと伸ばした人差し指を形の良い顎にあてて唸る。

「おい。わかってるよな?」

「なな、何がですか!?」

 木箱を抱えた右流辺の顔が僅かに剣幕を浮かべロウへにじり寄る。本来ならば若干幼さが顔にあるが『美人』と言っても間違いのないロウだが、今の右流辺はそんなことが目に入る余裕もない。

 とっさに身構えて後退するロウ相手に右流辺は追いかけるでもなく大きなため息を吐いてみせた。

「目的のものを手に入れるために俺は本を読んで手段を調べる。お前は言われた道具をそろえる。それが出来なかったときはあの蛇野郎に剥製にされて部屋に飾られちまうぞ」

「ひっ!」

 ビザーチの体中を舐め回すような視線を放つ金色の瞳をロウは思い出すと身の毛がよだつ。

 召喚契約だかよくわからないもので、無能召喚士のロウと一蓮托生の運命となったことに右流辺はやりきれない思いばかりが湧いてくる。

 この状況を脱し、生き残るためには数日前に二人で無い知恵を絞って決めた『目的』を果たすしかなかった。



  □□□



 ──およそ一週間前──

「ここに書いてある素材を……どうやって集めるんですか?」

「それを今から考えるんだろ」

 右流辺は、ロウの契約相手である商人ビザーチへお宅訪問したうえで契約内容を確認した。

 そこには刻限までに特定の素材を渡すことでこの契約を互いの了承のもとで破棄することが可能だとわかった。

 問題は素材の量だ。

「一つ一つは大したことなさそうですけど、なにせこの量ですからね」

 契約書の写しを右流辺が雑に翻訳したメモを見てロウの顔は曇る一方だ。そこに書かれた素材はどれも希少性の低いものばかりで、資金さえあればこの(ラフール)で一日走り回れば十分に揃えられる。

 ──そう。資金があれば……

 ロウ曰く、これらの素材を全て集めることはこの店二軒は容易に建てられる金額だとか。

「単純に素材を買う金が無いってことか」

「そ、そうですね」

 見事なほどに先立つものがない。

 素寒貧でこの世界へ召喚された右流辺はもちろん、こんな閑散とした通りで召喚屋を営んでいるロウもこの件に至っては手も足も出ない。

「この店のもん、全部投げ売りで幾らくらいになるんだ?」

「じょ、冗談ですよね?」

「自分の命がかかってるときに冗談言えるほど余裕のある奴に俺が見えるか? なあ?」

「…………見えませんね」

「店一つ売って命が助かるなら安いもんだろ。っで、幾らになるんだ?」

「えっと、仮に店の商品が全部適正価格で売れたとしても……えっと……たぶん、この素材の半分までしか調達できませんよ……ん~、お手上げっ!」

 召喚のために使われる薄暗い部屋で右流辺は頭を抱えた。

 灰色の鱗紋様を全身に持ち、金色の瞳をぎらつかせた蛇商人、ビザーチに泣き脅しなどまず通じないだろう。逆に泣いた奴を更に泣かしてそれを肴に酒を飲んでそうな性格だ。


「ったく都合の良い解決策なんて浮かんでこねえな。ヒック……」

「ほんとれすねえ~」

 二人して空になった酒瓶を抱え薄暗い部屋で途方に暮れていた。

 解決策が一つ思いつけばそれに対して問題点が即座に三つも四つもあがってしまう。

 その繰り返しに疲れた二人が手に取ったものは床に転がっていたロウが飲みかけていた酒瓶だ。

 異世界の酒は妙な味だった。日本酒ともウィスキーとも違う。不味いとも美味いとも判別がつかない。ただ酔うことは出来る。右流辺はただ現実から逃げるようにそれを身体に入れた。

 靄がかかったような意識で右流辺は積み上げられた数々の本の一冊を手に取る。

 魔導技術の基礎教本であることは題名で一目瞭然だ。本を開き頁をめくれば、その内容がすらすらと頭に入ってくる。

 特に努力する必要もなく、理解せずとも頭に内容が入ってくる。

 ──これが俺の転移の福音(エストール)とか言う奴か……

 元の世界に居た時は本など微塵も興味がわかない媒体だった。文字の羅列を見るだけで知恵熱が起こり、脳みそが拒絶信号を出す始末だ。

 しかし、この世界に来てから不思議と文字の羅列を読むことに苦を感じずにいた。それどころか、読んだことが意識せずとも記憶できる。

「まあだからと言って、今の状況を解決はできねえな」

 持っていた本を空の酒瓶と共に床に投げ捨てた右流辺は目の前で、机に突っ伏したままぴくりとも動かない召喚士のロウを見た。

 もう少しこいつが有能だったら、などとありもしない願望が浮かぶ。

 せめて自分だけでも元の世界に戻れればと、都合の良いことを考えてしまう。

「どうにかなんねえかな~。この状況をひっくり返せるような一攫千金みたいな話し」

「……ん~、イッカクセンキン……」

 寝ているか起きているかもわからないロウがおもむろに机から顔を離す。口角からこぼれそうな涎を拭きながら据わった瞳で右流辺を見た。

 だらしない顔つきだがそれでもまだ美人と呼べるくらいの体裁は保っている。

「………………!!! あ、あります!」

「と、突然どうした? 頭がおかしくなったか」

 右流辺の言葉通り突然だった。さっきまで脱力しきっていたロウは机を叩くとぐいっと体を乗り出し、据わった真紅の瞳が輝きをともして右流辺を映す。

「ありあり、ありましたよ! この状況をひっくり返す一発逆転のスーパー金稼ぎが──」

「酔っぱらった奴の譫言(うわごと)だろうけど一応聞いてやるよ」

「いや、こここれは凄いんですよ! 今までの問題点を全て解決してくれるんですよ!」

 まだ若干酔いが感じられる紅潮した顔でロウは落ち着きない動きとともにますます顔が近づく。

「っで、そのウルトラな金稼ぎってなんだよ?」

「神竜の鱗です」

「……ん?」

 ふんと鼻息を鳴らしたロウがやりきったような顔をするが、右流辺からすればそれが何なのかまるでわからない。


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