02-12
「もしも俺が名乗ってその功績を貰えるなら、興味ないと言えば嘘になるけど。どうせ元の世界に戻る身だしな。
そりゃ、女にモテて、食うものに困らない生活ができたら良いもんだとは思うなあ」
「ずいぶんと正直だな」
内心をあけすけに語る右流辺に景総は莞爾と笑ってみせた。
ギルドを運営するマスターとして人心を理解することは必須だ。仮にそれが日出のような少数精鋭のギルドだとしても。
日出へ入る者の中には野心を企てる者もいれば、突き抜けた暴力性を隠すことなく振るう者もいる。賢い奴ほどその本心を隠すような美辞麗句な建て前がすらすらとこぼれ出るものだが、目の前の青年はただただ素直に偽りのない言葉で語る。
──考える力がないのか、はたまたそう思わせることを計算してるのか
残念ながら後者だ。
右流辺としては海千山千を相手にしているような男にたいして腹芸を出来る胆力などあろうはずもない。
「金があれば元の世界に戻る方法を手に入れやすくなるのもわかる」
元の世界へと戻る手段を探すために用いる金銭があれば手段も格段に増す。それは右流辺も十二分にわかっているが──
「仮に周りが俺の言葉を信じて聖録って称号を貰えたとしても、あんたみたいに有名人になって賞金かけられたら、それ以上に行動が制限されかねないしな。ただでさえ非力な一般人なもんで」
「もう賞金首だったりして」
「……おほん! 心当たりはごぜえません。とにかく、俺は無関係ってことで一つよろしく」
「よし。交渉成立だな」
「一応言っとくけど、神竜の鱗は俺じゃないですよ」
「わかった。わかった。そういうことにしといてやるよ。ほれ」
「おわっ!」
不意に景総から投げつけられたものを右流辺は慌てて手に取ってみせた。
掌に収まっているものは──
「……金貨?」
形は間違いなくこの街で流通している金貨と同様のものだが、レリーフが異なる。
金貨の中央で特徴的な二本の刀が交差している。それは紛れもなく右流辺が知る『日本刀』そのものだ。
「あんた、元の世界に戻りたいって言うし、出来る限りの協力はしてやるよ。無くさないようにしっかり持っておけ。うちのギルドで作った特別製のコインだ。
元の世界に戻る手がかりを掴んだらその金貨を通じて連絡するから」
「携帯電話みたいなもんか。この金貨」
掌を余すほどに小さな金貨をまじまじと見た。
ボタンらしいものもなければスピーカーもない。スマートフォンとは似ても似つかない形だ。
「っと、お嬢ちゃんにもせっかくだからこいつをやるよ」
作務衣の内側に何かを取り出した景総は握ったものをロウへと投げる。
「この……溢れそうなくらいの雷の魔素が流れてる角って……ひょっとしてマドガの角ですか?」
目で見えるほどの紫電を纏う特徴的な捻じ曲がった白銀の角。無理やり折られたかのような跡が目立つその角を手に握りしめたロウが感極まるように震えている。
「召喚屋だしお嬢ちゃんなら使えるだろ。持って帰ったところで大した金にならないし、お邪魔した代金ってことで」
「いい、いいんですか!? こんなもの貰って」
召喚屋として様々な素材を用いて異界の者と交渉を行うロウからすれば、手に持ったその白銀の角は、海を越えた遥か遠方の大陸に住まう雷獣のものであり、このラフールまで流通することなど滅多にない召喚用の素材だ。
このラフールで手に入れるとなれば多額の依頼料を支払い緑ギルドに確保し届けてもらわなければならない。
その代物が今自分の手元にあることがロウは信じられないでいた。
「いいってことよ。行きがけに手に入れたもんだからな。さてと仕上げに行ってくるか。そんじゃ邪魔したな」
立ち上がった景総は振り向くこともせずにそのまま部屋を出ていくとカウベルを鳴らして店からも出ていく。
「う、右流辺さん! マドガの角もらっちゃいました!」
「そんなに高いものなかのか?」
白銀の角を握りしめて無邪気な子供のように喜ぶロウは、夢じゃないかと自分の頬をつねる。
「高いってよりは珍しいものですね。これがあればきっと今までにない召喚魔獣も呼び出せるはずでっ!」
「ふあぁぁ~……長話は終わったのか」
ベッドの上で横になったままぴくりとも動かなかったガンドルノアがおもむろに起き上る。
いつの間にか纏っていた布団を横によけると寝ぼけ眼を擦る。
結局のところこのラフールを舞台とした賞金首騒動を収められるかどうかは全てあの熊男次第だ。
「あいつが元の世界に戻る手がかりを見つけてくれたら万事解決なんだがな」
受け取った金貨を見つめながら右流辺は呟く。
現実とは総じてうまくいかないことが多い。それだけに期待半分不安半分だが、その半分の期待くらいは妄想をしてしまう。
いつかこの金貨から携帯電話のように声が聞こえ、元の世界に戻れることを。
□□□
「二枚目の神竜の鱗が出たぞぉっ!」
賞金首の根も葉もない噂に右往左往をしている無法者達の間をその言葉が稲妻のように駆け抜けた。
「本当か!? その話!」
「本当だ。今朝顔役のビザーチが二枚目の神竜の鱗を公開買い付けしてたぜ」
「だ、誰がやったんだ!? 持ってきたのはどこのギルドの奴だ?」
神竜の鱗の行方など誰一人興味が無い。
彼らの頭にあることは『賞金首』となっている正体不明の存在だ。
幾ら調べても実体が全く掴めない。まるで幽体のような存在の賞金首を探すことに疲弊していた者達の耳目をひきつける。
「まさかまた正体不明じゃねえだろうな!」
「いや、今度ははっきりしたぜ」
「誰だよ。もったいぶらずに教えやがれ」
「日出のギルドマスター、景総だ! 一枚目の神竜の鱗もあいつが手に入れたらしいぞ」
「げっ! あの野郎かよ」
それが嘘だなんて誰一人、疑う余地なく信じてしまう。
最強にして無敗。現代において『天覇』の字すら持ち合わせた遠方の地に住まう戦士。
多額の賞金をかけられながらも今もって捕らえられることなく、日の下を闊歩できる存在であり、その賞金額は右肩上がりを見せている戦士。
「ってことはあいつを捕まえねえと賞金が手に入らねえじゃねえか。やめだやめだ。やってらんねえよ」
「あいつを捕まるなら、神獣でも捕まえてた方がまだ割りの良い仕事になるぜ」
無法者達のなかでも腕自慢でふるってきた者達は景総の名を聞いた途端に踵を返す。
「大した効果ですね。日出……いや景総と言う名前は」
二枚目の神竜の鱗。その事実が街を駆け巡り一日と経たずにまるで潮が引くように賞金首騒動に駆り出した人々の姿が消えていた。
ビザーチとしてはこれほど事がとんとん拍子に運ぶことに目の前にいる熊男の炯眼に僅かに畏怖を覚える。
「そうかい」
褒めた言葉に対して糠に釘を打つように景総は窓の外を眺め気のない返事をする。
まるでこうなることは当然であるかのように、喜ぶでも驚くでもなく。
「しかしこの贋物もじつに良くできてますね。遠目で見た限りでは全く区別がつかないほどに」
「殆どのやつはそもそも本物を見たことがないってのが救いになってるな。わかる奴が見たらわかっちまうもんだ」
二枚目の神竜の鱗は、衆人に見せつけるように公の場で多数の視線に晒されるなかで売買が行われた。そしてそれが贋物だと異を唱える者は一人として現れなかった。
「噂を流し、贋物を用意し、多くのことをあなたにしてもらいました。こちらからも何か一つくらいお礼をしたいところですが──」
「それには及ばねえよ。こっちとしては大きな収穫があったからな」
景総の言葉にビザーチが首を傾げた。
この最強の二つ名を冠した男が言う『収穫』が一体何を指しているのか。それはビザーチも口には出さないが察しはついている。
──本当の賞金首の存在──
今、ビザーチの手元に残る神竜の鱗は精巧な贋物だが、一枚目は間違いなく本物でありこの騒ぎを起こした張本人がいまだこの世界のどこかに居ることになる。
そしてビザーチが抱える調査団ですら見つけられなかったその存在に目の前の熊男はたぶん辿り着いている。
現時点では最強の名を持つ景総ですら踏破することのできないであろう『神竜の単騎討伐』を可能にした存在。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なにか? 収穫の内容については言わないぞ」
「神竜の単騎討伐、自分なら出来ると思いますか?」
ビザーチの質問に気のない顔で外の景色を眺めていた景総の眉に皺が寄る。
現時点で考えうる最強の戦士でもその答えには逡巡が生まれる。
その答えをビザーチはただ待った。
「……………………いや無理だな」
約五分ほどの長い沈黙の末に景総は答えた。
単純にして明快な答え。その答えを出すために千も万もの戦いを想定してみせた。
決め手となる一太刀が想像のなかで贔屓に見ても届かない。
「そうですか」
ビザーチもその答えが予想できていたかのようにただ静かに答える。
景総はそのまま喋りだすことはなかったが、僅かながらの笑みを浮かべてラフールの景色を一望する。
賞金首の騒動が収まった街に居るであろう、頭の悪そうな青年を思い浮かべて。