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02-11



「質問ですっ!」

「はい、嬢ちゃん」

「普通の人が鱗を手に入れても周りが納得しないんじゃないですか?」

 ──それよっ!

 右流辺も声にこそ出さないがロウの質問に心の中で勢いよく同意してみせる。

 自分で言うのも口はばったいものがあるが、前代未聞の偉業だからこそのこの騒ぎが起きているのであって、そこいらの奴が手に入れても騒ぎの鎮静化に繋がるビジョンがまるで見えない。

「普通か……これでも赤ギルドのマスターだけどな」

「赤ギルドのマスターなんてごまんといますし、そんな方が神竜の鱗を取ってきたなんて言っても殺気立ってる周りの方が素直に信用しないと思いますよ。私だったら絶対にしませんし」

「たかが赤ギルドのマスターか……そう言えば俺があんた方に渡した名刺って何書いてあるか知ってるか?」

「……右流辺さんは……読みましたよね?」

「こっち向くなよ。名前だけなら」

 気まずい顔でロウが右流辺を見た。右流辺は読んだのは名前くらいのものだが、ロウに至ってはそれすら読まずにポケットにしまい込んだまま存在を忘れていた。

「俺がマスターをしてる赤ギルドの名前だけど『日出(ひのいで)』って言うんだよ」

「ヒノイデ?」

「す、すいません。ちょっとギルド名が聞き取れなかったんですけど、今──」

「耳がデカい割に可聴域が狭いな。ヒノイデだってよ」

 ロウの眼が次第に大きく見開かれる。

 まるで信じられないものでも見るかのような視線に対して景総はにこやかな笑みを浮かべる。

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ! よっと」

 おもむろにロウはローブのなかに手を突っ込むと、遥か昔に見かけた公衆電話に置かれている電話帳よろしくの分厚い本を取り出す。

 ──どこに入ってたんだ? それ……

 そんな右流辺の疑問をよそに取り出した本を机に置くとロウはばっと開く。

「なんだその本?」

「御存じないんですか!?」

「存じ上げません。っでなんだその本」

「今年度決定版このギルドが凄い、って言う本ですよ。知らないんですか!?」

「知らねえよ」

 名前を聞けばますます信じられないものでも見るかのような右流辺の冷め切った視線。さきほどとはまるで違い、呆れが多分に含まれている。その視線などまるで意に介さずにロウは開かれた本を右から左へと一瞥して頁を捲っていく。

「ありとあらゆるギルドを網羅してるし、凄い細かいところまで取材してて、この業界だとかなりの信頼筋が定期発行してる本ですよ」

 そこには様々なギルドの名が記されている。相変わらず見たこともない文字の羅列だが右流辺にはその意味がなぜか理解できる。

 この異界へと訪れた際に右流辺に与えられた異能『転移の福音(エストール)』はあらゆる言語を理解できるものであり、この辞書のように分厚い本を読むことで久しぶりの活躍と言える。この程度の活躍しか見せない自分の能力に、声こそ出さないが悲観してしまう。

「あっ、ありました。この特集ページです」

「えっと……ベスト凄いギルド賞受賞の『日出』か」

 覗き込む右流辺はそのページに書いてあることを考えなく見たままに口に出す。

「どれどれ……総人数は五人ほど。主な活動拠点は遥か遠方にあたる島国であり、戦闘を主とする赤ギルドでありながらその活動の仔細は一切が謎に包まれている……凄い細かいところまで取材って言う割には謎なんだな」

「それだけ謎ってことですよ」

 ──解答としてそれは良いのか?

「と、とにかく、ちゃちゃ入れないで読んでくださいよ」

「へいへい。えっと一度人前で動けば前例のない戦果を挙げる。へえすげえギルドなんだな」

「ギルドも凄いですけど、ここ見てくださいよ」

 ロウが不健康に思えるほど白い指で頁の片隅を差す。

「えっと、なになに……遠方に居を構える日出のなかでも刀一振りで猛者を統べるギルドマスター、景総の接触に我々は成功した……なんかこの辺から文体が怪しくなってねえか」

「そんな細かいことはどうでもいいですから続きっ!」

 右流辺の微かな疑問などロウの勢いに気おされ吹き飛んでしまう。

「あ、ああ。多額の賞金をかけられながらも無敗にして最強の名を持つギルドマスターの姿はこれだ……誰?」

 ピンボケした写真が頁の片隅を占有するように張り出されている。

 判別がつくかつかないの微妙な境界で輪郭がぼやけている。

 右流辺は細目でそのピンボケした写真をじっと見つめるが顔はやはりわからない。

「そりゃ俺の写真だな。ちょっと写りが悪いけどな」

「賞金首だったんだですね」

「別段、悪いことをしてるつもりはないが、どうも仕事とかでぶつかって恨みを買うこともあってな。

 仕事で出来た諍いなんてどれも大したもんじゃないが、ごくたまに根に持つ奴がいるもんだ。そういう奴らはいくら言っても牽強付会なもんで、歪んだ恨み節をいつまでも言ってくる。

 写真に限っては撮れてたのがこれしかなかったとかって話しだ。その辺は編集にでも聞いてくれ」

「無敵で最強ですよ!」

 何に興奮してるのか全くわからないロウが鼻息をふんと鳴らしてみせる。

「凄くないですか!? 負けなしですよ!」

「うるせえな。他人の勝ち負けに興味なんてねえよ。んで無敵で最強のお人が神竜の鱗を手にしたと喧伝すりゃあ周りも納得する、ってわけなうえに、あなたの伝説が一つ増える……って青写真を描いてるんだ」

 だいたいのことは右流辺も把握できた。

 このどこか胡散臭い熊男が如何なる算段を以てこの状況の収拾に臨むのかと思い聞いてみれば、ロウの様子を見ている限り、その肩書を利用すれば『まあ無理ではなさそう』くらいのところまでは来ている。

「まあそうだな」

「この世界について全くわかってないけど、この頭の軽い兎を見てる限り無理ではなさそうな話しに思えたかな。んで、なんで自分のところにその計画を教えに来たんですか?

 その計画に自分はキャスティングされてないのに」

「一応の確認よ。前例無い手柄だからな。

 功名心に駆られて、俺がやりました、なんていきなり横から出てこられて計画の邪魔をされてもこっちが迷惑するからな。大人しくしといってくれって念を押しに来ただけよ」

「そんな、自分みたいな非力な人間が、神竜の鱗を手に入れた、なんて言ったところで誰も信じないのに………………ひょっとしてまだ自分が神竜の鱗を取ったってまだ疑ってます?」

「もちろん」

 景総はにこやかな笑みを浮かべて答えてみせたことに右流辺は僅かに顔を顰める

 これだけ根も葉もない噂が流布しているなかで、自分の鼻だけを信じ、決して周囲に惑わされずに疑いの眼を逸らすことない。右流辺としては厄介極まりない。

 ブラウンの剛毛の更に先端で黒光りした景総の鼻を右流辺は憎らしく睨みつける。

「そういうわけで途中で邪魔されても困るからな。それなりにこっちも手間がかかってるから」

「功名心ねえ。こっちとしてはこの件が片付くなら願ったり叶ったりですから。手柄一つ見逃すだけでこの件が終わるならどうぞどうぞってな具合で」

 右流辺としては一刻も早くこの台風が通り過ぎることを願うばかりだ。

 殺伐とした空気に包まれた街でいつ厄介事に巻き込まれるかわからない。おまけに元の世界に戻る手がかりを探ることも捗らない、この一〇畳一間の陰気な部屋で頭の軽い兎とどつき漫才を行う日々となってしまう。

「……単騎神竜の撃破」

「ん?」

 ぽつりと景総が呟く。

「前例のない戦果だけに、達成者には想像もつかないほどの名誉や金が転がりこんでくるぞ。それこそ左うちわが約束されるくらいには。なんなら今回のことで個人で『聖録(せいろく)』が貰えるかもな」

「セイロク? ってなんだ?」

「えっとですね聖録って言うのはですね、簡単に言うと誰も成し遂げたことのない凄いことをしたときに貰える称号ですね」

 疑問符を浮かべる右流辺に対してロウは意気揚々とした様で人差し指をたてて語る。

「赤ギルドだと主に誰も成し得てない討伐を達成したり、青ギルドなら未開地における流通ルートの確保とか、緑ギルドなら新しい魔術回路の開発とか。

 基本はギルド単位で貰う称号なんですけど、突出した才を持ってる個人にもごく稀に与えられることがありますね」

「ノーベル化学賞みたいだな」

「まあそれはよくわからないですけど、それが貰えるとそりゃもう引っ張りダコで、なんなら事によってはパテント代とかだけでも生きていけるようになりますね」

 元居た世界に類似したものは多様にあり、右流辺の生活とはまるで無関係なところでそう言った言葉が飛び交っているのを見たことはある。

 人によっては不労所得とかそういう言葉で語っている人も多々居た。

「そんな名声が貰える機会だ。それを蹴っ飛ばすなんてことが出来るのか?」

 確認するように念を押す景総の瞳を右流辺は見つめ返す。

 右流辺の一挙手一投足、瞳の動きから指先に至るまでそれらの動きを逃さぬかのように、幾多もの屍を積み上げた景総の瞳が鋭く光る。


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