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02-09



「な、なあ。神竜の鱗を取ったのが俺ってすぐバレるかなぁ?」

「アパロアの巣なんで探索魔法とか一切使えませんし、よほど特殊な力を持った人が探索に出向かなければ大丈夫……かなあ。さっき来た景総さんみたいに身体に由来する探索能力とか禁術とかだとさすがにすぐにバレると思いますけど。ってかバレてませんでした?」

「……気のせいだ」

「絶対バレてましたよね」

「……それは白昼夢だ。夢だ。幻だ!」

 勢いだけで押し切るかのように右流辺の声が次第に大きくなる。悪あがき、と言うことは叫んでいる右流辺自身が一番良く分かっている。

「とと、とにかく、俺たちに出来ることを頭を捻って考えるしかないな。

 ここに今後の行動方針を決める会議を開廷する!

 提案がある者は挙手でっ!」

「はいっ」

「ん、ロウくん!」

 右流辺はかけてない眼鏡を直すような所作と共に、元気にぴんと手を挙げたロウを指さす。

 意外だった。この無能と思っていた兎から真っ先に意見が飛び出すなんて。どうやら評価を上げなければならないな。右流辺ポイントプラス一〇点だ。

「私は関係ないんで考える必要ないですよね」

「……」

「俺様も世事には疎いから考えの足しにならんだろ」

 それに続くようにガンドルノアも吐くように言葉をこぼす。

「………………」

 二人が早々に脱落した会議。

 残される右流辺一人。


 ──なんて役に立たない奴らだ……マイナス二〇〇右流辺ポイント。そんで閉廷っ!──


  □□□


「いやいや。こりゃあ豪華な屋敷だ。

 ここまで立派な天空家屋なんて都市部の有力な貴族くらいのもんで、なかなか見られないもんだ」

 窓から一望できるラフールの街並みはまるでミニチュアのように小さく整っている。

 広大な土地を切り拓きあらゆる文化と技術を受け入れ肥大化する都市部に比べに、どこか統一感が漂う街並みは額に入れて飾りたくもなるものだ。

 この街を仕切るビザーチの美的価値観も影響してるとかしてないとか。

「都市とは違ってこちらに個人の領空権と言う概念はありませんからね。好きな場所に天空家屋を建てられるんですよ」

 初対面の挨拶もひとしきりに終わった景総は窓から見える風景を前に子供のように喜ぶ。その態度にビザーチはわずかに苛立ちを覚えるように鋭く尖った爪の先で机を断続的に小突く。

 その机には景総の土産である茶葉と以前ビザーチの元へと届いた封書が丁寧に並べられている。

 そして部屋の入口には二人の男が呻き声をこぼしながら積まれている。

 見るからに野卑を積み上げたかのような一角の男が二人。

「そこで転がっているのも手土産か何かですか?」

 冷たい視線が床に転がる男達を見下す。

 決して華奢な体つきでない男。むしろ筋肉隆々と言えるほどの二人重なり倒れてる姿は暑苦しく、見苦しく、ビザーチの美意識からすれば醜悪この上ない光景だ。部屋に飾るオブジェとしては不快極まりないものだ。

 男達は気を失いながらも断続的に呻き声と命乞いをこぼしている。さぞや恐ろしい光景を記憶に刻んだことであろう。

「いやなに、街でちっと無法に暴れてる増上慢が居たからな。小突いたけど、後処理が面倒だから運んできただけよ。ここの治安維持ってやつはあんたがやってるんだろうし」

「やれやれ。またですか」

 礼節を知らず、郷に従うこともできない生粋のはぐれ者が街で、暗躍することもできずに暴れまわっている。

 このラフールで荒事を処理しているビザーチとしては見慣れた光景ではあるが、ここ数日で拿捕された者は例にみないほどの数に上っている。

「こいつらはいつものところへ」

「はい」

 手短なビザーチの言葉に対して部屋の脇で構えていた屈強な男が、二人を担ぎ上げそのまま部屋を出ていく。

 見苦しいものが消えたビザーチは、相変わらず外を眺めている熊男を睨みつける。

「さて、こっちの話しをしましょうか」

「おお。もう届いてたか」

 苛立つように机上を指で小突いた先には赤茶けた封書が置かれている。

 初対面でありながら景総の巨躯に恐れることなく明確な敵意を持ち睨みつけてくる蛇顔の男を見た。

 表と裏。

 両極端な二つな顔を持ち商売を営む商才恵まれた男。このラフールを拠点として幾多もの魔導船による流通を行う青ギルド『レトウィ』のギルドマスター、ビザーチ=アングリモ。初対面だが景総も遠方に居ながらその名を度々聞いていた。更に言えばレトウィによって扱われる商品の世話にもなっている。

 この地方でのみ取れる魔導素材や武具素材の流通を一手に引き受け、若くして海千山千を相手にのしあがった傑物だ。

「あなたのギルドからの封筒。これはどういうことですか?」

「どういうことも見ての通りよ。

 他人の玄関を跨ぐのに許可なく訪れれば不法侵入者扱いになるからな。事前に行きますよって挨拶を送ったわけだ。俺なりの気遣いってやつかな。

 中身にきちんと書いてあったろ?

 うちのギルド流の気遣いってところだな」

「私が聞いているのは手紙の内容ではなく、なぜこんな片田舎の街にあなたのような遠方の赤ギルドがわざわざ。

 出向く用件なんてありはしないでしょ」

「そう毛嫌いしないでくれよ」

 ビザーチは明らかな敵意を緩めることなく熊男の景総を睨みつける。

 赤ギルドの中でも、拠点が辺境の地、かつ少数ゆえに活動の仔細が一切把握できない赤ギルド『日出(ひのいで)』。そして目の前の熊男はそのギルドマスターであり、戦闘において動けば前例無き戦果を確実に挙げている。

 時折英雄と名乗りあげても遜色ない戦果をこそ挙げるが、いかなる思惑があるのか景総を含めたギルドメンバーのほとんどが表舞台に顔を出さず、息を殺すように生きている。ビザーチからすれば全く魂胆の読めない兵器が平然と街を練り歩くことと同義語だ。自分の膝元であるこの街で兵器が徘徊するという状況はビザーチからすれば枕を高くして眠ることもできない。

 一刻も早くこの街から消えてほしいのが本音であり、それをまるで隠さずに視線に孕ませる。

 景総も視線の意味を理解している。だが──

「あんたも分かってんだろ。遠方の地からわざわざ飛び出してこなきゃいけないようなことが起きちまったんだろ」

「神竜の鱗……噂の賞金首の件ですか?」

 既に街中が件の噂で持ち切りであり、表立った騒ぎも少なくないうえに、水面下では大規模ギルドによる不穏な動きすら見られる。

「俺が最初に単身討伐する神竜だったのにどこかの誰かが一足先に頭の上を越えて行きやがった」

 ──『単騎による神竜討伐』

 正確に言い表すならば『単騎による神竜の鱗の取得』。あらゆる名声をものにした精鋭のなかでもそれを可能としている者は今この世にいない。

 天の頂きに君臨する竜のなかでも魔力を超越した力と知性を持つ者達を十把一絡げに『神竜』と呼ぶ。

 神竜の討伐。それは戦闘を活動の枢軸とする赤ギルドに身を置く者、誰しもが抱く目標であり頂きだ。

 それを可能とした者がいるとすれば、赤ギルドのマスターである景総も決してその存在を無視することはできない。

 その力はあらゆるギルド間に築かれた均衡を容易に破壊するに十分足るものだ。

「単身、と決まったわけではないですよ」

「残念だけどな、ありゃ一人の仕業だ」

 景総には疑わない根拠があった。

 神竜の巣を覗き、匂いを嗅いだ。

 最も直近で濃い破壊の匂いはたった一つしかなかった。

 決して混じることのない巨大な熱を伴う破壊の匂い。

 火薬でもなければ魔力でもない謎の力が神竜から鱗を奪い取っている事実に滾る反面、出遅れたことに悔しさを覚える。

「もうどなたかは特定されているんですか?」

「おっと。そうは大事なことをすらすらと語る口は持っちゃいねえ」

「何も知らないのでは」

「そいつはどうかな」

 遥か東方の地に住まう戦闘ギルド『日出』の存在をビザーチも噂程度には聞いている。

 所属している人数は片手で数えられる程度ながら、戦闘において比肩するものなしとまで噂されるほどだ。

 口さがない噂ばかり流れるなかで、彼らへの評価は右を見ても左を見ても比べようがないほどに高い。若干眉唾のような噂もあるが、そういったものが市井に流れるほど神格化されている。

「その鼻がよく利くと風の噂に聞いてましてね」

「どこで聞いたか知らねえけど噂は噂よ。真偽のほどは定かじゃねえもんだ」

 景総。戦闘ギルドに居る者は一度はその名を聞いている。

 あらゆる討伐を単身で達成し、戦士として最強の称号である『天覇』を持つ男であり、それだけの存在がこの街に──そして噂の討伐者に興味を持って出向いたことにビザーチは再び頭痛を覚える。

「私としてはこんな乱痴気騒ぎをいつまでもこの街で行われて、こちらの商売にも影響が出るので、皆さまには丁寧かつ早急に掲げた旗を畳んでお帰りいただきたいものです。あなたも含めて」

「…………」

 一望できるラフールの街並みは景総の眼から見ても美しい。それは総石畳で整えられた大通りや、快晴の空と混じるような明るい配色の建造物だけではない。その街に生きる人々の柔らかい笑顔と活気こそ、景総がこの街に感じる美しさそのものであり、見えないところで横行し始めている殺意の混じった無法が表層化したとき、その『美しさ』は儚くも霧散してしまうだろう。それは遥か遠方から来た景総としても望まないことだ。

「この街の住人じゃないが、この状況を看過できるほど人の心が無いわけじゃないからな」

「ではお帰り願えますか?」

「俺はこの街に迷惑をかけるつもりで来てないけどな。さっきの無法者達と違って」

「あなたにその気がなくとも、あなた、もしくは日出を信奉する者達がここへ来ればそれこそ迷惑千万なものなので」

 大規模ではないが、戦闘ギルドの雄としてその名を馳せた日出のギルドマスターが来ている。

 それは、帰属意識だけが強い凡下がこの街へと来る理由になりかねない。門を叩きたい者が門前市を成すほどのギルドであり、そのマスターともなれば媚びを売りに来るものが後を絶たない。

「生粋の商人も損得勘定の頭のなかにしっかりと人の心を持ってるんだな。そんなふうに街の治安を考えてる姿を見てると、噂に聞いた血も涙もない商人とは思えないな」

 商売人としてあらゆる硬軟使い分けるビザーチの裏の姿は噂にも出回っている。

 噂程度ではあるが、人々の目につかない商売の裏側では合法非合法問わず強引な方法で時に商売敵を蹴落とすともいわれている。そして敵対した者にはいかなる冷酷な手段も用いると。その男が、街の治安を気にしている姿は景総からしてみれば噂とだいぶ異なる姿だ。

「この街は私の商売の拠点となっている街です。そこで厄介事が起きるのは直接的でないにしろ、私の商売に良くも悪くも波風を立てる結果になりかねないんですよ」

「………………よしっ!」

 不意の沈黙を破るように景総は、自分の膝を叩き椅子から腰を上げた。

 ブラウンの毛に埋もれてしまいそうな(つぶ)らな瞳を煌々と輝かせてビザーチを見た。

「俺としては今回の件に関してはもそっと知られずに動くつもりだったが、いっちょ手を貸してやるよ。

 こんなこと言うのも口幅ったいけど、うちのギルドが動いたことも、この騒ぎを起こす一因になってかもしれないしな」

「それは間違いないですね」

「それの贖罪って訳じゃないけどよぉ、この一件を全部解決してやろうか?」

「出来るならやってみてほしいものですね」

 賞金稼ぎの動きが過熱化している昨今の状況にビザーチですら二の足を踏んでいたところに、景総の一言だ。

 いくら最強を持つ戦士とは言え、たかが一介の戦士がこの状況を前に一体何ができると言うのか。まさか武力を以てしてこの街を殲滅する、などと言う物騒な発想は──たぶん無いと思いたい。

「それには協力者があんたともう数名必要だな」

「協力者? 数名?」

「ああ。まあ気長に待ってな。俺がちょちょっと解決してやるよ」

 意味深に笑う景総の言葉にビザーチは首を傾げてみせた。

 あらゆるギルドが、頂きへの特急券となる賞金首を探すこの状況でどれだけのことが目の前にいる熊男に出来るのか。

 商売に回している頭を使ってもビザーチには皆目見当がつかない。


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