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02-08



「……なんだこりゃ?」

 置かれた石を右流辺は指先でつつき転がす。

 灰色にくすんでこそいるが、眼を凝らせば、その奥に潜む暗紫色が見える。

 表面には幾何学な紋様が刻み込まれ明らかに人工的に作られたものだ。

 この世界でよく見る一般的な魔導回路であり、魔力を扱う者ならば誰しも見慣れた紋様だ。

「これ魔導新聞ですね。それも随時更新版の最新タイプ。ちょっと高いから私は持ってないですけど」

「なるほど。サブスク制の新聞か」

「えっと、よくわかんないですけどたぶんそれですね。こうやって魔力を少し……えい」

 気の抜けた声でロウが石を小突くと同時に表面を走る紋様に虹色の輝きが生まれ、光が集積され、中に詰まった情報を宙に映し出す。

 ぼやけた文字が次第に鮮明なものとなり、様々な内容が所狭しとひしめき合うタブロイド判。それは右流辺の良く知る新聞と同一のフォーマットで作られている。

「へえ。まさしく新聞だ。

 えっとなになに…………」

「私も……どれどれ…………」

 異界の新聞に如何なる内容が報道されているのか右流辺は好奇心を躍らせながら読むが、その一字一字を見るたびに二人の顔が青白くなっていく。まるで揃って生気でも紙面に奪われるかのような。

「け……懸賞金……」

「神竜の鱗を手にした者の身柄確保に一〇万ギル。有益な情報の提供者には一〇〇〇ギル」

「最近巷で話題になってる『賞金首』だね」

「一〇万ギル……てどのくらいだ?」

「一〇万ギルって言うと、この間市場に出回った神竜の鱗が五つ分くらいの金額ですね。ちなみにそこのしなびたキャベツ一つでだいたい一ギルです」

「………………オーマイガー」

 右流辺は笑うことも泣くこともできない。

 どこかでこういった厄介事を起こす原因になることを自身がしていたことはわかっていたが、それがこうして目の前に確実な形で表れた今、脳の活動がぴたりと停止する。

「えっと……一〇万ギルあれば、店を都市の方に移してそれから……なんなら情報だけでも一〇〇〇ギル貰えるなら……明日の晩御飯はステーキで……」

「……なにをこそこそと算盤の珠を弾いているか」

「あいたっ!」

 良からぬことを企てるロウの頭を小突いた後に右流辺は景総を睨む。

 さぞや予想外の事にも関わらず動揺以上に怨嗟を込めた視線。

「その様子だと、世間のことはあまり知らないみたいだな。

 巷で話題と言うだけであって多くのギルドが一攫千金を求めてこの『賞金首狩り』に乗り出して来てますね。そしてその大半が既に神竜の鱗がこの街から市場に流れたことを掴んでる。

 近いうちにこの街を無法合法問わない大々的な人狩りが行われるかもな」

 右流辺の転がってほしくない方向へと事態が転がっていることが嫌でもわかる。

 調べた限りで単身で神竜の鱗を手にした者は居ない。そして大規模ギルドですら挑戦できず手をこまねいてしまうことを満身創痍ながら遂げてしまった。

 そうなれば世間から多少の注目を受ける事態になるのも無理はない。

 ──読みが甘かったなあ……

 しかし右流辺の予測を大きく外れていた。

 これほどまでに世間が注目するとは思っていなかった。そして、まさか街一つに中世の魔女狩りじみたことを行うなどとは考えもしなかった。

「さてと」

「あれ? もう帰るんですか?」

 不意に立ち上がった景総をロウは見上げる。

 胡坐をかいていてもわかるが、立ち上がれば更にその巨躯が顕著なものとなる。

「なに、茶も飲み終えたしこの後も予定がある。それにあんた方はこの神竜の鱗に関して無関係なんだろ?」

「あ、ああ……」

 力なく頷く右流辺に対して景総は微笑みを一つ送ると背を向ける。

 明らかな確信をもってここを訪れながら、その後ろ姿には無理強いはしない余裕が見て取れた。

「当面はこの街に居るんで、賞金首の手がかりを掴めたらいつでも声かけてくれ。その記事の倍額は払う。こっちとしては神竜の鱗を手に入れた奴に興味津々だからな」

 そう科白(せりふ)を残した景総は背を丸め潜るようにして部屋を出ていく。

 客の入出を告げるカウベルだけが木霊する部屋で右流辺は頭を抱えて机にふさぎ込む。



「っで、どうするんですか?」

「どうしよう……いやまじで」

 およそ数分の沈黙の後に出たロウの一言に対して右流辺は今にも泣きだしそうな声で頭を抱えたまま机に突っ伏す。

 頭を左右上下に回してもなんら解決策が思いつかない。断崖絶壁に召喚された時以来の絶望が右流辺のなかに渦巻いている。

「降参しましょうよ」

「降参って?」

「大人しく一〇万ギルになりません? もちろん私が捕まえたことにして」 

「変なこと言うのはこの口か?? ん?」

「いだだだぁっ! 冗談ですよ! 冗談」

「冗談ならせめて笑えることを言えっ!」

 力の限り右流辺はロウの頬を引っ張る。

 きめ細かい肌が、癖になりそうな柔らかさを見せつけるように伸びるが、引っ張られるロウ本人としてはたまったものではない。

「でで、でもそんなこと言ったってどうするんですか!?」

 引っ張られた頬を摩りながらロウが涙目で叫ぶ。

 ──確かにどうすればいいのやら

「逃げる……ってのは? 幸い顔は割れてないわけだし」

「景総さんじゃないですけど、ああいう探索能力を持った人たちから逃げ切ることができますかね? 実際にここを特定してきた訳ですし。

 それに金額が金額ですからちょっとでも疑いをかけられたらかなり強引な手段で迫られるんじゃないですか?」

 この世界にどれだけの異能力が溢れているか右流辺にはわからない。だが、少なくとも景総のような特殊な能力を持つ者がいることは今の状況に絶望を与える。

「俺様の力を使えばそんな奴ら物の数にはならんよ」

「……その力が今、この厄介事を呼び込んでる自覚はあるのか?」

「俺様は力を貸すだけだからな。何に使って、どう言うことになるかまでは責任とれねえな」

「むぐっ! そ、その通りでござい」

 横になり、鼻をほじりながら応えるガンドルノアの非の打ち所のない正論をぶつけられた右流辺は黙るしかない。

 力を借りたのも右流辺自身が望んだことであり、事実ガンドルノアには何の非もない。だが、それをわかっていたとしても文句の一つもこぼしたくなる。

「だが、実際問題、この先、お前さん方に隠棲じみた生活を送られてもこっちとしては目的を果たしづらくなるからな」

「あ、そう言えば、ガンドルノアさんの目的ってまだ聞いてませんでしたね」

「そう言えばそうだったな」

 タイミング悪く、話しの腰を折るような形で景総が店へと訪れてしまい、すっかり忘れていた右流辺は手をぽんと叩いてみせる。

 古代の神が一介の、それも特別非力な青年に一体何を望むのか。

 右流辺自身見当もつかない。

 一つ言えることは相変わらず良い予感がしない。

「なに、簡単なことよ。

 俺様の体を探してほしいんだよ」

「カラダ……かわいいカラダがあるじゃないですか」

 ロウはじっくりとガンドルノアの全身を見た。それは紛れもなく実体であり、触れることも出来れば撫でることも出来る。まごうことなき『体』だ。

「残念だがこいつは俺様自身の体じゃなねえからな。こいつの記憶から引っ張り出した仮初のもんに過ぎねえ。

 ずいぶん昔に怒りに任せて大暴れした結果、体と魂を二つに分離されて封印されたんだよ。ったく、寄ってたかって人を悪者にしやがって」

 ──人じゃないだろ

 その言葉を右流辺は発することなく呑み込みガンドルノアの続きに耳を傾ける。

「俺様の体があれば、こいつとの神血混合も解くことができるわけよ」

「その体って、この間の魔導書みたいなのに封印されてるんですか?」

「いんや。どんな方法で封印されたかはさっぱりだし、そこに用いられた封印術もさっぱりだ。

 そこに都合よく、俺様のような偉大なる神族とも対話ができ、あらゆる言語を理解できるって言う転移の福音を持ったお前さんが現れたわけだ。渡りに船だと思ったわけよ」

 幼い顔つきには似合わない笑みを浮かべたガンドルノアは興味半分に耳を傾けている右流辺を指さす。

 魔導が技術として人々の手に渡る以前の遥か昔に運用されていた秘術を用いた封印など、現代の魔術師には紐解くどころか、場合によっては呪いを受け絶命しかねない代物もある。それをこの、頼りない青年が紐解きガンドルノアの魂を、自らの血を触媒に再びこの世に解き放った。

「お前さんが元の世界に戻る手伝いをしてやる代わりに俺様の体を探し出してほしいわけよ。

 そのためにも人が多く居る場所で山ほど情報を仕入れないといけないだろ。ひっそり山奥で余生を送るなんてことはしてもらっちゃ困るわけだ」

「なるほどな。俺も元の世界に戻るための情報がとにかく沢山必要だ。

 その辺は利害が一致してるな」

「でも、外を歩けば賞金稼ぎがうようよですよ」

「……………………」

 恐ろしいほど重い沈黙が右流辺を一瞬にして包み込む。

 忘れてはいないが忘れたかった現実が背中にのしかかってくる。埼玉生まれの青年が一体どんな人生を歩めば『賞金首』などと呼ばれる立場になり得るだろうか。

 右流辺は泣き出しそうな気持ちをぐっと抑え込む。気を抜けば、ここまで大層な人生など送ってこなかった青年の背中には、あまりに重すぎる現実に潰されてしまうから。



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