01-02
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「お、おっかしいな。書いてある通りの順番で儀式を行ったはずなのになぁ?」
女は分厚い本を片手に眉を八の字にすると独り言ちる。
闇にも溶けそうな限りなく黒に近い群青のローブで覆った全身を、一〇畳一間の部屋で右往左往させている。
目の前の魔法陣は既に儀式を終え、力を失い発光を止めている。
陣の中央に置かれた魔導石はうんともすんとも言わない始末だ。
「本来なら外界の民を召喚できる……予定だったんだけどなぁ。
まずいよ、まずいよ! 素材使っちゃったし、もう一度試すことはできないし……召喚が上手くいかないと店の立ち退きと──っ!」
召喚士、ロウ=フィンキスは歯の根を震わせながら頭を抱えて机に突っ伏す。
暗幕で外界からの光を遮断され、蝋燭の仄かな明かりで照らされた部屋には無造作に魔導書が散乱している。
「どうすればいいの~?」
故郷の森を飛び出し身一つでこのラフールに店を構えておよそ五年。数々の艱難辛苦を共に乗り越えてきたロウの店が今、最大の危機を迎えている。
「まったいなあ~。ほんとにまいったな~──あっ、いらっしゃい!」
ドアベルがチリンと来客を告げる。
ロウが奥から顔を出すと見慣れない風貌の男が既に店内に居た。
人種なのは一目で分かるが甲冑を纏う戦士でもなければ、露店を開く商人でもない。
若干痩躯の体に合わないだぼついた服装に身を纏った青年は店に入るなり怪訝な表情でカウンターに詰め寄る。
三白眼の吊り上がった特徴的な目つきの男は、群青のローブで全身を覆ったロウをじっと見つめた。
「な、なんですか?」
「ちょっとすまねえけどここはフィンキスって奴の店か?」
「ふぃ、フィンキス……なら私ですけど」
「お前がフィンキスか!!! 五件目でやっとこ当たりだ」
青年は腰に手を当てて大きなため息を吐いた。店の場所がわからず、手あたり次第に聞いて回ることで右流辺はようやく目的の店へと辿り着けた。しかしロウには彼がこの店を訪れるまでにどれだけの大冒険があったかなど知る由もない。
「この辺の路地は複雑過ぎだな。もうちっと来る奴のことを考えた立地にしたほうがいいぜ」
「は、はい。すいません……」
──なぜ私が謝らなくちゃいけないんだろう
頭を下げてからロウは不思議に思った。
この人相が若干悪い青年が何を求めてこの店を訪れたのかロウにはまるでわからない。
召喚屋に訪れる客が求める者は様々だが、客の多くは棚に飾ってある出来合いの召喚魔を封じた聖石から選別して買っていくものだ。
しかし青年は店の棚を眺めるでもなければ一直線にロウを見つめて来る。
「俺を元の世界に戻してもらえねえか?」
「モトノセカイニモドシテクレネエカ……? そんな長ったらしい召喚獣なんてうちにあったかな?」
「違う! 俺が居た元の世界に戻りたいんだよ!」
鋭い目つきが血走るように見開きロウを睨む。逆らえば首をキュっと殺られそうだ。
「……とと、とりあえず出来る出来ないは別として理由くらい聞いてあげるよ」
「斯斯然然此此彼是ってわけよ」
召喚石の並ぶ店内の更に奥。ロウが作業場を兼ねた私室。一〇畳一間。トイレと風呂が併設された部屋。
散乱した魔導書や部屋の一角に用意された魔法陣。女らしさなど皆無の部屋で、右流辺とロウは部屋の中央に鎮座する椅子に腰を掛け青年の事情を聞いた。
「なるほど。外界から誰かに召喚されちゃって元の世界に戻りたいってわけね。簡単な話ですね」
「おおっ!」
ふんとロウは胸を張ってみせた。
どことなく頼りないこの召喚士など当てになどしてなかったが右流辺だが、ロウの強気な言葉に思わず感嘆の声が漏れた。
「この若き天才召喚士ことロウ=フィンキスが解決してあげましょう!」
「その方法を早く教えてくれ!」
「その前にせっかく来たんだしお客さん、お茶の一杯でも」
「早く教えてく──」
「まあまあそう焦らなくても」
「早く──」
「こっちに美味しい茶菓子もありますし──」
「早く教えろぉ!」
「あ、あばばば──!!」
こんな右も左もわからない世界なんぞ一刻も早くおさらばしたい右流辺は勢いよくロウの両肩を掴むと前後に激しく振る。
「おお、落ち着いて──────ください──」
意識が吹き飛びそうなほどに揺さぶられたロウは、顔を覆う群青のローブが取れてしまう。
目鼻立ちのしっかりとした顔つきに燃え上がる炎すらも及ばぬ赫赫とした明るい長髪がこぼれる。そして宝玉もかくやの煌びやかな輝きを放つ真紅の瞳。しかし右流辺はそんな鮮やかな髪や顔には一瞥もくれず別の部分に視線が釘付けになっていた。
「耳……だよな」
「あっいたた! な、何するんですか!」
ローブのどこにしまい込まれていたのか頭部から伸びた二つの大きな兎耳。頭髪と異なる白い柔らかな毛に包まれた細長い耳の片方をなんの遠慮もなく好奇心だけで右流辺は引っ張っると連動してロウの体が動く。
「……本物なのか」
喚くロウの耳を離した右流辺は触感を反芻するように何度か空の手を握ってみせる。
「偽物なんてあるわけないじゃないですか! この耳と真っ赤な瞳は誇り高い華兎族の証なんですよっ!」
「カトゾク? まあいいや。そんなことよりどうやったら俺は元の世界に戻れるんだ」
「………………そんなこと」
眉間に皺を作り怒るロウの声などどこ吹く風の右流辺にため息がこぼれた。
さっさと元の世界に返した方が精神衛生上良さそうだとわかったロウはすぐさま怒りを脳の隅に放り投げる。
「えっとですね、あなたを召喚した方が召喚契約を破棄すれば元の世界に戻れますよ」
「召喚契約?」
「召喚魔は召喚者に逆らえないように色々と制約が設けられてるんですよ。例えば勝手に元の世界に戻れないように、とか」
「……………………………………なるほど」
「本当にわかってます?」
頷いた右流辺の頭には明らかにクエスチョンマークが浮かんでいる。一体なにがなるほどなのかロウが説明を求めてしまう。
「全くわかってないぞ」
「……………………でしょうね。とにかくですね、あなたを召喚した方は誰ですか? 召喚された陣のすぐ傍に召喚者が居たはずですよ」
「う~ん」
ロウの言葉に右流辺は記憶を遡る。
思い出すだけで肝の冷える断崖絶壁。陣どころか足場すら満足にない岩場だった。
「召喚した奴か……傍には居なかったな。それどころか陣って呼ばれるものもたぶんなかったな」
「なんかこう薄暗い部屋だったり、いかにも儀式~って感じの雰囲気の場所だったりしませんでした? ちょうどこんな部屋みたいに」
右流辺はぐるりと部屋を見渡す。
暗幕で仕切られ蝋燭の微かな光だけが部屋を照らし出す。
「……こんなところじゃないし、誰一人見当たらない崖だったぞ」
思わぬ返事にロウはローブから出ている白い腕を組んでふんと一つ鼻息を出す。
「……それって考えられる可能性があるとすればよほど未熟な召喚士に召喚されたんじゃないですか?」
「??????」
「つまり、下手くそな方に召喚されたから座標が陣ぴったりに合わずズレたんですよ。
そんな下手くそに召喚されるなんて同情しちゃいます」
芝居がかった仕草で涙ぐむロウは、一刻も早く元の世界に戻りたい右流辺を苛立たせる。
解決策を握っている女じゃなければ、掴み心地の悪くない兎耳を思いっきり引っ張っり回していただろう。
「それじゃあ召喚した奴が誰だかわからねえってことか」
「チッチッチッ。そう焦らないで下さいよ。召喚された──あいだっ!? なな、何するんですか! 離してくださいっ!」
気が付けば右流辺は、元気よく伸びている兎耳を引っ張っていた。
勿体ぶるかのように指を振るロウの仕草がひどく嗜虐心を煽ってきた。
「人間ってのは無意識につい行動しちまうもんなんだ」
「そ、そうなんですか?」
「それが兎耳だとこう、つい、アレしちまうんだよ」
「人間ってみんなそうなんですか?」
「そうだ。俺の世界では特にな」
出鱈目極まりない右流辺の言葉の数々にロウは耳を折り畳むように抑えて身構える。
「人間ってのは恐ろしい種族ですね。深く関わったことが無かったんでちょっと驚きました」
恐ろしい種族と遭遇したロウは右流辺の手が離れると距離を二歩分空けた。彼女に出来る最大の自衛なのだろうが、それしかできないことに情けなさを覚える。
「わかればよろしい。んで、どうやったら召喚した奴が特定できんだ」
「あっ、それなんですけど、召喚された方は体のどこかに縁が刻まれるんですよ。それを見れば誰が召喚したか一目瞭然です」
「エニシ?」
「模様みたいなもんです。一体どんな情けない召喚士がこんな雑な召喚したのか。このネタでゆす──って、なな何脱いでるんですか!!??」
突然衣服を脱ぎ始める右流辺を前にロウはその視界を手で覆い遮る。黒髪から下に広がる肌色の肉体がしっかりと視界に焼き付いてしまっている。
「そら体のどっかにあるなら裸になった方が手っ取り早いだろ。こっちは元の世界に戻ればここで幾ら猥褻物陳列罪に問われてもトンズラできるしな……おっ模様ってこいつのことか」
「え、えっと……」
恐る恐る指と指を開き、隙間からロウは覗くような気持ちで右流辺を見た。
ギリギリだった。既にシャツは脱ぎ、ズボンのウェストに手をかけていたところだった。
模様を見つけるのがほんの少し遅れていれば、シャツを脱いだ勢いと同様にズボンも脱ぎ捨てていただろう。店内に変質者が一人出来上がるところだった。
「これで良いんだろ?」
「あ、あんまり近寄らないで下さいよ!」
「じゃあ見ろよ。じゃないと俺が元の世界に戻れないんだよ」
「み、見ますから。なんで私がこんな目に。傍迷惑な召喚士から思いっきり迷惑料の名目で踏んだ食ってやる」
赤面したままロウは右流辺が指さす脇腹を見た。そこには幾何学模様を組み合わせた円形の刻印が成されている。
紛れもなくそれは召喚者との契約を意味する縁だ。
「これですね」
「じゃあこれで誰が俺を召喚したのか分かる訳だ。あんな場所に呼び出しやがって。元の世界に戻るまでに二、三発は殴っておかないとな。んで、俺を召喚した奴の場所とかわかるのか?」
「えっとですね……ん?……?????」
「なんだよ? まさか分からないってんじゃないだろうな」
梟も驚くほどに首を傾げたロウは僅かに顔を曇らせる。
「いえ、この紋様どっかで見た覚えが……それもごく身近で……あっ!」
何か閃いたかのようにロウは小走りで店内の方へと姿を消す。
そして一呼吸置くうちに羅列されている聖石の一つを手に取り再び小走りで右流辺の前へと駆け寄ってくる。
大した距離でもない往復にも関わらずロウは息を若干荒くする。
「これですよ! これ!!」
そう言ってロウが突き出した聖石には、右流辺の脇腹に刻まれた縁と同様の紋様が刻み込まれている。
「つまり……あれ? もしかしてぇ……私が召喚したんですかね?」
鼻をふんと慣らしたロウの意気揚々とした態度は答えを出す頃には尻すぼみに霧散していた。
恐る恐る覗き込むように右流辺の顔を上目遣いで見ようとしたが、彼女のなけなしの本能がそれを拒否している。
都市暮らしで失われていた野生が、彼女の人生において生死を分けるであろうこの状況に僅かに目を覚ました。
「俺が……わけわからん世界に飛ばされて……崖に召喚されて泣いたことも……」
──年甲斐もなくチビってしまったことも──
「きょ、今日は緊急閉店で~す! お引き取りくださいっ!! ささ、出口はあちらです!」
顔を見れないロウは、何かを噛みしめるように呟く右流辺の背中をぐいっと押すがぴくりとも動かない。
「全部……お前のせいかぁっ!!!」
「あだだだっ────っ!!」
「むがぁぁぁ!!」
僅かに目覚めたロウの野生は、右流辺の怒りの前では無いものと変わらなかった。
怒りに任せて右流辺は、腹立つくらいに元気に伸びた兎耳を両方思いっきり握って前後に揺さぶる。
「でで、でも、召喚したのが私ってことはこんなことしたら帰しませんよ! わわ、私が召喚者なんですからっ!!」
「…………」
荒ぶる右流辺のなかにも言葉を聞き分けられる程度の理性が真砂程度は残っていた。
「そうそう。それじゃあゆっくり耳を離してください……」
「……」
「あの~、離してくれませんか?」
「はよ元の世界に戻せ」
動きこそ止まったがロウの耳を全く離す気が無い右流辺の瞳には怒りだけが満ちている。
危うく死にかけた上に、人知れず若干漏らしてしまったことなど人生において屈辱以外のなにものでもない。
暴力による明確な脅しが右流辺の言葉と視線に込められている。
応えなければ……ロウはその先を考えなかった。およそ自分が思う事より酷い目に会う気がした。
「召喚契約の破棄で元の世界に戻れるはずです」
「さっさと契約破棄しろ」
「りょ、了解です。それじゃあ陣を用意します……から手を離してもらえませんか?」
召喚士。
異界とも外界とも呼ばれる別世界の者と契約し、この世界へと呼び出し使役する者たち。実際のところ召喚するまでが彼等の仕事であり、彼等自身が使役することはあまりない。
召喚した者を使役するには必ず代価が伴い。その代価は一律ではなく、時に命すらも代価として持っていく者もいるとか。更に状況が変われば要求される代価も変動する。時価のようなシステムだ。
名があり実力のある者が召喚すれば、それこそ世界創生に纏わる神々まで呼び出すことが可能だと言われている。
召喚に関わらず、何かしらで高い評価を受けその評判が大陸を超え、大海すらも超えた者達には皆二つ名が設けられる。
──魔の神すらも召喚した『魔神者』
──この大地を築いた神から神具を携わった戦士『天地開闢の徒』
──人智及ばぬ未開の地を切り開く先駆者『死界を歩む者』
過去の栄光から二つ名を冠した『聖録』とは違い、ラフールの一角に軒を並べている一介の召喚士であるロウ=フィンキスにそんな大それたことなどできるはずもなく、もっぱら日常生活を助ける者達を呼び出すことが関の山だ。
昨今では魔導兵器とのシェアの奪い合いで帳簿を眺めて顔を顰める日々だ。
そんなロウが魔法陣を用意している間、手持無沙汰な右流辺は部屋を一瞥してみせる。
「すげえ部屋だな」
そこには山のように積まれた本が柱となって幾つも出来上がっている。
床には魔法陣が丁寧に刻み込まれている。
部屋の隅に追いやられたベッドと机。寝食すらも満足にせずに召喚を真摯に学ぶロウの姿が垣間見える。
「準備できました。
それじゃあ魔法陣の中央に立って下さい。
契約破棄をすればあなたの意志に関わらず元の世界に戻りますから
「ここに立てば良いのか?」
ロウの案内されるままに薄暗い部屋の中央に描かれた魔法陣の上に立つ。
およそ人生で経験したことがないことに僅かに高揚感がわく。
「そうです。それじゃあ契約破棄の詠唱を行いますね」
そう言うとすぐさま転がっている物々しい骨や本などを陣に並べたロウは言葉を唱える。
腐っても店を一人で切り盛りしている召喚士。手際よく陣の発動準備を整える。
薄い桜色の唇からこぼれる言語は紛れもなく呪文であり、右流辺の知るところの言語ではない……はずなのだが、彼女の言っていることが一言一句わかる。
「本日をもって馘首としますので、彼と私の間に有する契約をぶっ壊します。神様もその辺よろしくね」
厳かな雰囲気に包まれ呪文を唱えるロウの姿は真剣そのものにも関わらず言っていることはあまりに砕けた言葉だ。
「契約抹消っ!」
「うぉっ!」
ロウの最後の言葉と共に右流辺の視界を七色の輝きが覆う。
右流辺は見覚えがあった。この世界へと召喚された輝きと全く同種のものだ。
──魔法の溢れた世界なんぞ物語の上で読むだけでじゅうぶんだ。まあ、少し楽しそうだったな。
こんなすぐ帰れるならもう少しくらい観光でもしておくべきだったな。ちょっとだけ心残りだな
未練を僅かに感じながらも右流辺は七色の光に瞑った目を開く。
そこは空を単身で舞うものもいなければ、人類の科学で築き上げられた東京──などではなく、相変わらず黴でも生えそうな陰鬱とした部屋の一室であり、目の前にはやりきった顔で笑顔を浮かべ額の汗を拭っている兎耳の少女がいる。
──帰りてぇ……
「おいっ」
「あれ!!????!! なんでいるんですか?」
「そりゃこっちが聞きてえよ」
「契約抹消! 抹消っ!! マッショー!!!!」
ロウが喉の奥から声を出し叫ぶ。その真紅の大きな瞳には若干の涙すら浮き上がっている。
「ん? なんか文字が出てんな」
叫び疲れて息を切らすロウをよそに右流辺は陣に追加されるように刻まれていく文字を見た。絵とも思える象形文字の羅列。
「これって神方体系の文字ですね。ちょっと待って下さいね。今、辞書持ってきますか──」
「え~っと、なになに……契約が中途半端過ぎてこっちじゃ解除ができねえから、そっちで何とかしろ。バイ神」
「読めるんですか!!!?」
「何となくな。こっちの世界の言葉がどういう訳か分かっちまうんだ。大分ファンキーな言葉に置き換わってる気がするけどな」
柱のようにして積まれている本の題名に使われる文字も多種多様ながら右流辺には理解ができてしまう。
しかし、そんな文字が判別できるかどうかが今の問題を解決してくれるわけではない。
「もしかして転移の福音ってやつですかね」
「なんのことかは知ったこっちゃねえけどどうやったら元の世界に戻れるんだ?」
剣幕を浮かべ問い詰める右流辺に対して僅かに涙を目尻に貯めたロウは両手をバンザイしてみせた。
「なんの真似だ? 帰る呪文其の二とかか?」
「おお、お手上げですぅっ!」
「ああっ! それなら俺はどうしろってんだ!」
「だだ、だって中途半端に契約しちゃったみたいなんですもん! 正規の方法で契約抹消できないし、お手上げですよぉ!」
「お前にお手上げされたら俺もお手上げなんだよぉ! 召喚した奴の責任として何とかしろよ」
元の世界へと戻る唯一の手掛かりとなる、この兎耳の女にお手上げされては右流辺の方こそ泣きたくなってしまう。
「どうにもならないなら兎鍋にして食っちまうぞ!」
「ひいぃぃぃ!!! 召喚契約第弐法条件解除! 執行ッ!!」
「ぬおぉぉ────っ!???!!?」
見えざる力が迫る右流辺の体を吹き飛ばす。
およそ青年として中肉中背の右流辺の体がまるで木の葉の如く空中で一回転し壁に叩きつけられる。
部屋の各所に柱のごとく積みあげられた本が舞い上がり、壁に激突し倒れた右流辺の体の上に落ちて来る。
「………………あれれ? ひょっとして……」
倒れた右流辺を見るとロウは涙の浮かんだ瞳もそのままに口角を持ち上げて笑う。