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02-07

 

「っとまあ俺の自己紹介は以上で、次はお三方の紹介を聞かせていただけないかね。実に気になるお三方の……」

 景総の優しい笑みの奥に不気味な光を宿している。それは誰にでもなく、右流辺に向けられたものであり、右流辺もまた向けられた視線に寒いものが走る。

 ビザーチと向き合ったときに覚える服越しに肌を舐められるような感触と同質の相手の奥の奥まで見透かすような鋭さ孕んだ視線。

 隠し事が多すぎるし、決して口が上手いわけでもない。実に勘弁してほしいところだが、そうも言えない状況だ。

「ロウ=フィンキスです。ここで召喚屋の店長をしてます。好きなものはララメの兜焼き。嫌いなものは右流辺さん」

 逼迫(ひっぱく)している右流辺をよそにロウは呑気な自己紹介で口火を切る

「ロウさんですか。よろしく」

「よろしくお願いします!」

 無駄に張り切った声でロウは差し出された手を無警戒にぎゅっと握り返す。

 さきほどまで突然頭を嗅いできた相手になんの警戒心もない屈託ない笑みをみせる。この能天気さが、短所でもあり長所でもあるような気がしないでもない。

 右流辺からしたら、こんな物騒な世界でこれだけ楽観的な性格で今日まで五体満足でやってこれたことが不思議でならない。

「俺様はガンドルノアだ」

「以上?」

「以上だ。聞かれれば答えるが俺様からすれば名前を知ってれば十分だろ」

「ガンドルノアちゃんか」

 まるで子供をあやすようなぎゅっと優しく手を握ってくる景総の態度にガンドルノアは僅かに顔を曇らせるがそれすらも愛らしさの裏に隠れてしまう。

 神々の間にその名を轟かした大鬼だが、いまやその威厳など微塵もない。

「そして……」

「右流辺。静間右流辺です」

「名前だけ?」

「以上。えっと……名前を知ってれば十分じゃないですか……だったけか?」

「俺様に聞くな」

 ガンドルノアの口上をそのまま思い出す右流辺はどこか間が抜けた青年そのものだった。

 赤ギルドに籍を置く景総は様々な修羅場を潜り、その数だけ様々な者達を目で見てきた。しかし縦に見ても横に見てもしがない貧弱な青年にしか見えない。故に違和感を拭うことができない。

 この世界を渡り歩くには何かしらの力を誇示する必要があるが、青年にはその影が一切見当たらない。それを微塵も見せないことなど、往々にして出来ることではない。

 純粋に力と呼べるものを持っていない者か、よほどの熟練者だ。だが景総の直感は、この青年はそのどちらにも該当しないと告げている。

 何かを隠していることは一目瞭然だが、いかなる問い掛けをすれば素直に話してもらえるか。

「右流辺さんは異界から召喚された人なんでっ──」

「余計なこと言うな」

「むがっ!?」

 あえて口に出さなかったことをロウがすらすらと口走る。

 思わず右流辺はロウの口を防ぐ。

 ──猿ぐつわでも噛ましておけばよかった

 どこか煽情的な絵面が思い浮かぶがそれはそれ。目の前の熊男がロウの言葉に円らな瞳を輝かせる。

「へえ……異界からか。それは是非とも事情を聞いてみたいもんだね」

 ──手遅れだわ

 どの情報を出し、どの情報を隠すべきか右流辺にも判断がついてない状態で事は大きく前進した。

「……説明が面倒ですからそれなりに割愛しますよ」




「──────ってわけです」

「なるほど。異界から召喚されて転移の福音(エストール)を貰った上に元の世界に戻れなくなってこの嬢ちゃんの召喚屋で世話になってると……ふむ」

 聞かされた情報を吟味するかのように、右流辺の説明を反芻しながら景総は顎に手を当て頷いてみせる。

 全てを包み隠さずに話すようなことはなく、神竜の鱗はもちろんガンドルノアとの関係性も秘匿したままだ。

 第三者に晒すにはあまりに危険な手札(カード)だけに右流辺はいまだ出しどころがわからないでいた。

 話したことも、結果として良かったのか悪かったのか。その判別もつかないだけに内心は早鐘を打つような鼓動が止まらない。

「こっちとしては元の世界に戻りたいわけだし、何か方法があるなら是非知りたいんですけど……」

「残念ながら俺は魔導に聡くはないからその辺はさっぱりだな」

 期待はしていなかった。

 右流辺自身も調べれば調べるほど、元の世界に戻れない召喚などこの世界に存在しないと言う情報だけが目に付いた。

 召喚の基本は合意の主従契約であり、召喚された側が拒否した場合はすぐさま元の世界に戻される、と言う『絶対の形式』が破壊された今の現状はあまりに異常だ。

「それじゃあこっちの話しはここまでで、次はこちらから質問してもいいですか?」

「ん? どうぞ」

 その言葉を予想していたかのように熊男の景総は微笑んで見せる。しかし右流辺には熊の笑顔も怒り顔も区別などつくはずもない。幼少期に行ったことのある動物園でも主役となるライオンや虎に夢中だっただけに、おざなりにしてきた熊など知る由もなく。

「どうして自分が神竜の鱗を取ったと思ったんですか?」

「おや」

「いや……その……別に、自分が神竜の鱗を手に入れたわけじゃないけど、その……変な噂が流れて勘違いされるのも困る話しで。

 一応根拠を聞いとこうと思って。あるんですよね」

 右流辺の歯切れの悪い言葉に景総は思わず失笑をこぼしそうになる。

 誤魔化すにしてもあまりに下手で演技であり、相手の腹を探り交渉事を行うことなどとてもできそうにない青年だ。海千山千の者達を相手にすればすぐに食われてしまうだろう。

 そしてあまりに捻りのない直球的な問いに景総もまた腹の探り合いをするのが馬鹿らしくなっていた。

 深謀遠慮が交錯し合うギルドの世界とは全く無縁で、呑気だがどこか目の離せない青年に強い興味がわく。

「根拠か……そっちと同様に説明するの若干難航しそうな気がするけど、端的に言うなら俺の鼻だね」

「鼻……」

 右流辺とロウはまじまじと、黒光りする景総の鼻を見つめた。その横で話しに全く興味のないガンドルノアがベッドで横たわり、小さな口を派手に開げ欠伸をしてみせる。

「あまり人には話さないけど、まあこっちから来たしそれでだんまりってのもあんまりな話だ。

 この鼻は様々な破壊の匂いを嗅ぎ分けられるんだよ」

「破壊の匂い?」

 ロウと右流辺。二人して腕を組み首を傾げる。

「衝撃嗅覚ってもんで……そうだなあ………実例を見てもらうのが手っ取り早いんだが………………数日前にここらでなんか割らなかったか。ちょうどこの足元辺りで」

 おもむろに熊男は座っている席の足元を指さす。

「あっ! 三日前くらいに右流辺さんが落としてお皿を割っちゃいましたよね」

「まあこういう特技だな。

 言い表すなら、如何なる力が放たれたか。それによって何が破壊されたかを嗅ぎ分けられるんだよ。

 例えば特徴的な魔導で破壊すれば使った術者を特定することも難しくないし、破壊した術が炎なのか氷なのか、威力はどの程度のものなのか。日が浅ければそれこそ魔導陣の特定まで。そう言った破壊に関わる全ての情報が特定できる」

「便利……なのか?」

「どうなんでしょうね。あんまり羨ましくは思えないですけど」

 日常生活のなかでその力をどう発揮するか二人して天井を仰いで想像してみるが、まるでピンとくるものが思い当たらない。

 せいぜい今見せた食器を壊した犯人を特定するとか、ちょっとした探偵ごっこくらいが二人の想像力の限界だった。

「要は神竜の巣で使われた力が放つすっごい特徴的な匂い。それを探ってここまで来たわけですか」

「御明察。そっちの兄ちゃんが一際強くその匂いを纏ってるわけ」

 右流辺は思わず自分の服の匂いを嗅ぐ。

 臭いような臭くないような……そんな不安を思い起こされる匂いだ。

「既存の火薬でもなければ魔導でもない。今までに嗅いだことのない炎の匂いだ。あまりに異質だから追いかけるのに大した苦労はなかったな。んで、一体どんな力を使ったんだか?」

 横になってたガンドルノアの言葉に景総は大きく頷いてみせる。

「そりゃ俺様の力を使える奴なんて今はこいつ以外はこの世にいねえからな」

「おいっ! なに勝手なこと言ってんだよ。

 すまんないね。このガキたまに訳わからんこと言うんでどうか気にしないで──」

「誰がガキだ。今はお前さんの過去の姿をやむなく借りてるだけだ。俺様が本当の姿を出したらなあ──っ」

「右流辺さんも子供の右流辺さんも喧嘩はやめてくださいよ。ただでさえ狭い部屋なのに」

 角と顔を突き合わせいがみ合う二人の間にロウが仲裁として入る。

 広くない部屋なのは確かだ。四人、それも一人は人並み外れた巨躯だ。

 既に部屋には座るどころか立ちですら人ひとり入る隙間など満足に残ってない。

「そちらのお子ちゃまの言うことが出鱈目なら本人の口から弁明をお聞きしたいところだが話してもらえるのかな?」

「……………………」

 沈黙を貫き通す右流辺の前に景総は相も変わらない笑みを浮かべている。

 既に口の軽いガンドルノアのおかげで深まった疑いを晴らすことができるかどうか。それでも右流辺としては認めずに諦めてくれると言う都合の良い一縷の望みを抱いていた。

「…………出会った即日に自分のことをペラペラと喋るようなことは出来まいか。もう一杯お茶を頂いたらお(いとま)しますかな」

「あっ。私もおかわりで」

 茶を再び注ぐ景総がにこやかにロウの空になった器にも茶を注ぐ。

 淹れてから時間も経つが茶はもうもうと湯気を立ち昇らせている。

「では一つ。茶請け代わりの四方山話でもしようか」

「なに話すんですか? 面白い話ですか?」

 景総の言葉に一にも二にもなく飛びついたのはロウであり、右流辺はいまだ怪訝な表情が剥がれない。

 ガンドルノアに至っては再び興味をなくすかのように尻を向けて横になる。

「今、巷で話題のお話ですね」

「わぁっ! 普段買い出しくらいにしか出かけないし、らあんまり世間のこととかわからないし、別の地方でどんなことが流行ってるのか是非聞きたいです」

「ではこちらを──」

 そう言って景総は再び市松模様の巾着袋を作務衣から取り出すと、紐を緩め中からビー玉ほどの大きさしかない石を取り出し机に置く。


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