02-05
「もったいぶらずに教えろ!」
「せっつくな。順序立てて話さないとややこしいからな。まずはお前さんと俺様の関係性だが、お前さんが俺様の封印を解いたんだよ。てめえの血を使ってな」
「質問なんですけど、血が魔力の代わりにるってことはやっぱり禁術の類ですか?」
興味本位でロウはぴんと張った兎耳のようにぴっと手をあげる。
「おい。余計な横槍挟むなよ。今は俺の質問に答えてる最中だぞ」
「なるんじゃねえか? 神々との対話に血を用いる方法は古来からあったし。それをお前さん方の言葉を借りるなら『禁術』だな。俺たちは『神血混合』って呼んでる術だ。詳しいことは知らねえけど現に俺様の封印は解けたわけだし。
魔導が技術の枢軸になったこの現代だと例外中の例外にあたるだろうけどな。とはいえ、その方法が出来たのもこいつがどういうわけか俺様の封印を解読できたからだけどな」
「……はえ~。禁術の存在を噂程度には聞いたことありましたけど、こんなふうに目にするのは初めてです」
関心するロウをよそに、ガンドルノアは右流辺を見てにやつく。
「閑話休題だ。お前さんの血で封印を解いてもらったはいいけど、俺様には体が無えからな。封印から飛び出した俺様はお前さんの血と融合して依り代にしたわけだ。
つまり俺様の力を借りたければ、お前さんの血液を代価にすれば使えるぜ」
「血を代価に……」
その言葉は明らかに危険な気配を孕んでいる。
「なに、そう恐れることはねえよ。
大した力しか使わねえならほんのちょこっと血を貰うだけだ」
「大したねえ……この間の洞窟を半壊させたやつは?」
「二回使ったら即死くらいだな」
「ろくでもねえ燃費の悪さだな」
「アパロアの魔導障壁をぶち破る特別なやつだからな。普段使いするようなもんじゃねえよ」
神竜の鱗を手に入れる際に右流辺がガンドルノアから血を代価に放った『星破の轟炎』。
あらゆる魔術を遮る千元導竜の障壁を焼き壊し、アパロアが棲まう洞窟に巨大な穴を一つ開けた熱線砲。凡そ人智及ぶ領域の魔導を遥かに超越した力。
「例えばだが、こいつを──よっと。ほれ」
軽く破いた紙片の端を右流辺にガンドルノアは渡す。
まるで読めない行動に右流辺はただ次の言葉を待ちながら
渡された紙片を指先で摘まむようにして持つ。
「そいつを燃やしてみな」
「これをか?」
「なに、難しく考えるな。『燃やす』『破壊する』そう言う衝動に俺様の力は結びつくからな」
半信半疑の表情が拭えないまま右流辺は指先に摘まんだ紙片を見た。
ふっと一息吐けば飛んでいきそうなそれを双眸で睨みつける。
幼い頃に自分に特別な能力がある妄想などをしていたが、そう言った月並みな思春期を通り過ぎた今、ガンドルノアの言葉を信じ思い込むことに僅かながら気恥ずかしを覚える。
「………………も、燃えろ! うぉっ!」
意を決した右流辺の声と共に握っていた紙片が塵芥を残すことなく紅蓮の炎に包まれ消滅する。
「どうだ。この程度の炎なら別に千も万も使おうとも体調に影響なんて出ねえよ。
ただし、力を大きくすればその分、代価の血も増えるからな。それだけは肝に銘じておけ」
「ってことは右流辺さんは神竜に匹敵する力を二回は使えるってことですか?」
「……話し聞いてたか? 二回使えば俺が死ぬんだぞ」
「聞いてましたよ。だから命を捨てれば二回使えるってことですよね。話しはちゃんと聞いてますよ」
「……………………」
薄い胸板をふんと張ってみせたロウに対して右流辺は怪訝な表情を向けた。
浅慮に二回使うことを前提に物事に取り組みそうで右流辺からしてみれば油断がならない。
「とはいえ、俺様もお前さんにそう早くくたばってもらっちゃ困るわけだ。
こっちもやってもらわないといけないことがあるんだからな。つまり、お前さんが元の世界に戻る手伝いをする代償に、俺様の望みも叶えてもらわないとな」
「……の、望みってなんだよ?」
太古の神を名乗るガンドルノアの『望み』。いかなる無理難題が飛び出そうとも決して不思議な話ではない。
元の世界に戻るためにどれだけのことを強いられるのか想像もつかない。
「俺様の望みは──」
──カランコロン
「ん?」
来客を告げるために下げられたカウベルが扉が開くと同時に滑らかな音を店内、そして奥にいる三人の耳まで届ける。
「どなたかいるか?」
ベルの音に続くように野太い声が更に聞こえてくる。
「客だな」
予期しなかった横槍に息を吐いた右流辺はロウを見た。
「一応、営業中……なのか」
不安になりながら男は再び外に出て扉を見た。
扉に掛けられた木の札に手作り感満載の丸まった書き文字で『営業中』と書かれているが、店内に入れば閑古鳥が鳴いている。
決して広くない店内には既に召喚魔の封じられた魔導石が商品としてずらりと並べられている。
若干埃を被った魔導石を手に取って男は繁々とそれを眺めた。
大規模ギルド直営の召喚屋などと比べれば品揃えも悪く、おまけに店内も決して綺麗とは表現できない。更に言えば、店員が居ない。
交通の要となる王都から魔導特急車『弾丸の軌跡』に揺られおよそ丸二日かかる片田舎の街には妙にしっくりと来る店内だ。
「この土地柄あってこの店ってやつかね?」
競争率の高い土地のような今日を生き抜く熱気と活気などこの店には無く、ただただ、日がな一日漫然と茶を啜る老人のよう穏やかな空気が漂っている。
「はは、はい! いら、いらっ、いらっしゃいませっ! 何をお探しですか?」
慌ただしく奥から飛び出してきたのは、召喚士としての正装となる群青色のローブに身を包んだ妙齢の女性だ。
フードを被り忘れた女性の頭からは、彼女のどこか抜けた性格を表したかのように無駄に元気な真っ白な兎耳が、彼女の赫赫とした長髪をかきわけるようにして伸びている。
店の雰囲気とは裏腹に、どこかそそっかしい印象を覚える。
「ああ、突然失礼。ここの店員さん?」
男が店員のロウを見るように、ロウもまた目の前の男を見た。
──でかい……そして熊……
端的に明確に男の身体的特徴をとらえた言葉が迷いなくロウの頭に浮かび上がる。
客として訪れた男はロウが普段見ている男性像よりも頭二つ分大きい。
それこそ若干見上げなければならないほどに。
そして何よりも注視してしまうのは、その容貌。
天然の鎧とでも言うかのようなブラウンの毛が全身を覆い、その上から黒無地の作務衣を着た男の顔は紛れもなく熊であり、笑みを浮かべると鋭い牙が覗く。
相手に敵意はなくともロウは本能的に毛が逆立ち防衛本能が警鐘を鳴らす。だが、それに怯んでいてはこの世界で客商売など成り立たない。
ロウは唾をぎゅっと飲み込んでから熊男の顔を見上げる。
「な、なにかお探しですか?」
僅かに上ずった声を察したかのように男は更に笑顔を濃くするが、それでもロウの本能的な恐怖を拭うことはできない。
一体自分がどんな表情を浮かべているのか。ロウにはそれすらもわからないなかで精一杯口角を持ち上げる。
「すまねえけど、じつは召喚魔を買いに来たわけじゃねえんだよ」
「……お客さんじゃないんですか?」
ばつの悪い熊男の言葉にロウは意図せずして強張った力が肩から抜けていくと同時に大きなため息を吐いてみせる。
久方ぶりの客と思えば『客でない』と言われれば、店長として張り切ったロウが気落ちするのもやむない話しだ。
「あ~、いやすまねえ。ちょっと探してるモノか人がいるんだ」
「はあ。探し物ならうちに来るよりも相談所がありますけど、案内しましょうか?」
「いやいや、それには及ばねえ」
熊男は笑みを浮かべたまま首を振ってみせた。
鋼のような毛に纏わりつく新緑の香りがロウの鼻孔をくすぐる。
不思議な男だ。
野趣あふれた容貌に反してどこか落ち着きがあり垢ぬけた雰囲気を纏っている。ロウが知る限りの客は、損得勘定の算盤の玉を常に弾いている商人か、小さな商店と知ってか居丈高となって交渉してくる戦士達ばかりだ。