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02-04



「あーだこーだでてんやわんや。すったもんだの末でこうなってる訳よ」

 ここまでの経緯を右流辺が覚えてる限りのことを、右流辺なりに懇切丁寧に伝えた。だいぶ割愛されている部分もあるが、概ね説明できたと右流辺自身は自負している。

 その説明にのめり込んでいくロウの目は次第に点になっていった。

「ってことは何ですか? あの魔導書に封印されてたのが太古の神様の……」

「まあ、俺様。ガンドルノアって訳よ」

「今……かか、神様と私は話してるんですか?」

 感極まるようにロウは声が上ずる。

 この世界を創生した数多居る神の一柱が今、目の前に居る。それは魔導に携わる者であれば、憧れであり垂涎の状況(シチュエーション)だ。召喚士の端くれのロウは、心の準備ができてないことが視線によく表れている。

 まるで理解できない光景に右に左にとその真紅の大きな瞳が動く。

「召喚される場合はお前さんらが俺様の言葉に合わせるのが通例だけど、今回は俺様がお前らの言葉に合わせてやる」

「ずいぶんと上から目線だな。見た目はガキのくせに」

 右流辺が少年の頭に手を乗せるが、ガンドルノアは、嫌な顔を見せずに冷静にその乗せられた手を払う。

「まあそういうわけだ。だいたいわかったか?」

「う~ん………………………………なるほど」

 唸り声、そして長い沈黙の後にロウは重々しく頷いてみせた。

「だいたいの事情はわかったか?」

「たぶん九割くらいわかんないですけど、凄い状況だってことはわかりましたっ!」

「そこまでわかれば上出来だな」

 満面の笑顔を浮かべたロウに、右流辺とガンドルノアは顔を見合わせる。

 とりあえず蚊帳の外に居てもらおうと言うことが目と目で通じ合った。

「……とにかくだ、ちょうどよかった。お前に聞きたいことがごまんとあるんだ。けどその前に服でも来たらどうなんだ。

 いくら子供だからってあんま裸でうろつかれるってのは、こっちに特殊な性癖が無い限りは気分の良い話しじゃないんでな」

「なんだよ。お前さんの子供の頃の姿だし見慣れたもんだろ」

「はっ? 俺の子供の頃?」

「そうだよ。気づいてなかったのか?

「…………………………」

 ──確かに俺だな。角以外は

 胡坐をくんだまま膝に肘を突いて頬杖をつくガンドルノアを右流辺はじまじと見た。

 信じられない話しだが、確かに目の前にいるのは幼き頃の静間右流辺そのものだ。どこか覚える郷愁の念の正体がはっきりとした。

 畑で顔を泥に塗れさせ、無邪気に走り回ってた頃の右流辺そのものだ。

 筋肉の影もなく脇腹には肋骨の影が浮かび、めりはりのない丸みを帯びた未成長の肢体。

 ぱっと見て年の頃は小学生低学年のものだ。

「右流辺さんの小さな頃………………ツルツルオチンチン」

 話しに入り込めないロウは、目の前で裸体を恥ずかしがることもなく、むしろ自信に満ちた面構えを持つ少年を隅々まで見る。

 今でこそ多少目つきも悪く、世俗に塗れた狡猾さが垣間見える顔立ちだが、幼少期の右流辺はただただ幼く、ロウからすれば愛玩動物のような可愛らしさの塊だった。

「時の流れとは無情ですね。誰がこんな未来を想像したでしょう。って言うか右流辺さんって結構美少年だったんですね」

 成長と言う単語が含んだ残酷さにロウは涙すら流したくなる。

「うるせえな。そ、それよりも俺の姿ならますますいつまでも裸でいるんじゃねえよ。ほらよ。それでも巻いておけ」

 右流辺は近くに転がっていた布をガンドルノアに投げつける。

 他人の裸ですら気分はよくないが、少年とは言え自身の裸体と言えばより気分が悪くなる。

 相手が大鬼であることなど忘れつい叱咤にも近い声が突いて出る。

「貴様の体の中から世界を覗かせてもらってたおかげで多少の社会通念は形成できたからな。服と言うやつだろ。

 よっと。これでいいだろ」

 投げられた大き目の布で体を覆うように巻いたガンドルノアが少年にあまり似つかわしくない笑みを浮かべる。

 体こそ幼少期の右流辺だが、中に居るのは間違いなくガンドルノアだと、作り出される表情から嫌でも思い知らされる。

「お前には聞きたいことがある」

「なんだよ?」

「なんで俺のガキの頃の姿をしてんだよ。

 この間は獣も避けて歩くような化け物の姿をしてたじゃねえか」

「化け物とは心外だな。あれは俺の本来の姿だ。とは言っても今は体は()えから、実体のない幽体(ゴースト)みたいなもんだけどな」

 瀕死の右流辺が千元導竜アパロアを前に、最後の希望を込めて魔導書から呼び出されたガンドルノアの姿はこの世のあらゆるものを焼き尽くす熱を放つ大鬼であり、右流辺の幼少期の姿を借りたものとは似ても似つかない。

「姿を変えてまで、俺の恰好になってる理由は?」」

「簡単なことだ。

 お前さんの記憶から一番仔細掴める体を借りただけだ。

 別にお前さんの記憶のなかではっきりした奴なんてろくにいなかったしな。

 もう少し他人に興味を持った方がいいんじゃねえのか?」

「余計なお世話だ。お前こそ人に説教かませるほど付き合いが上手いとは思えないけどな。昔暴れまわってたとかなんとか」

「弱い生物は群れになって生きる。俺様は(つえ)えから付き合いなんて必要ねえわけよ。付き合いは弱者が生き抜くための渡世術だろ。なあ弱者くん」

「……あー言えばこう言う。大鬼ってのは口がよく回るもんだな」

「頭が回るから口も回るってだけよ」

 幼少期の右流辺と今の右流辺が顔を突き合わせる。

 元の世界に居た両親が見れば卒倒しそうな光景だ。

「とにかく、姿についてはわかった。他にも聞きたいことが山ほどあるんだ」

「隠すことはないから答えるのは構わないけど、いちいち質問を小出しにされるのは面倒だな。

 聞きたいことを箇条書きにしてくれよ」

「いいだろ。ロウ、ペンっ!」

「えっと……この辺に……あった。ほいどうぞ」

「ん」

 右流辺はペンを受け取ると聞きたいことを勢いよく紙に綴っていく。

 この世界に無理やり召喚されて七転八倒の日々だったが、元の世界に戻る切っ掛けが掴めるかもしれない。そう思うとペンを握る手に自然と力が入る。


「ほらよ!」

「ふむ。俺様にもペンをくれ」

「あ、どうぞ」

 小間使いのように立ち回るロウからペンを受け取ったガンドルノアは額をペン先でかきながら文面を一瞥してみせた。

「どれ……言葉的にはここは『が』じゃなくて『は』が正しいな。あと、ここの言葉は誤用してるぞ」

「あっ、ほんとだ! ったく、国語は苦手なんだよ」

「右流辺さんって見た目通り文章書くの苦手そうですね」

「見た目通り……」

 添削として指示が書かれた部分を見ると右流辺は苦笑いを浮かべ、元の文を二重線で消し正しい文に直す……手が止まる。

「じゃなくてっ!!! 誰が添削しろなんて言ったよ。質問に答えろって言ってんだよ」

「うるさい奴だな。見辛い文章だから直してやろうと思ったのに。

 どれどれ……ったく要点のわかりづらい文章だな。

 ざっくり要約すると……元の世界に戻る手段を知ってるか。

 俺様の力をまた使えるのか。

 体から出ていけ。

 この姿をやめろ。と言ったところか」

 右流辺の無駄が多い文章の中からガンドルノアは要点だけを手早く読み取り確認する。

 とてもじゃないが、太古の世界で神々とがっぷり四つに組んで暴れまわった大鬼とは思えないほど丁寧だ。

 後半に至っては文章などではなく右流辺の率直な感想が綴られているだけであり、要点も糞もなかった。

「凄くわかりやすいですね」

「そんじゃ答えてやるよ」

「ごくり……」

 右流辺とロウは一つ唾を呑み込みガンドルノアの言葉を待つ。

 ひょっとしたらひょっとして、などと言う淡い希望が緊張感として空間に張り詰める。

「お前さんらの話しをこいつの体の中で聞いてた限りだと、元の世界に戻る手段を俺様は………………………………」

「溜めるなっ!」

 まるでクイズ番組の司会のように答えを出し渋るガンドルノアに右流辺が怒鳴る。

「持ってない」

「…………だと思ったよぉ!!」

 淡い希望が一刀両断されたと同時に右流辺はがっくりと肩を落とす。

 『戻れる』か『戻れない』かの答えしかない。その二つのどちらが来ることも予想していたが、それでも項垂れた右流辺から長いため息がこぼれる。

「元気出してくださいよ。きっと召喚契約を解いて元の世界に戻る手段がきっとありますよ」

 項垂れた右流辺の肩をロウが撫でる。

 元凶である女がまるで他人事のように慰めてくる。この兎は右流辺の人生のなかで人の神経を逆撫ですることにかけては五本の指に入る。

「ただし、元の世界に戻る手段を知らない訳じゃない」

「へっ……ほ、本当か!?」

「そう食いつくな。こっちとしてもお前さんを元の世界に戻すことに協力してやらないこともない」

 ぐいっと寄せる右流辺の顔を暑苦しそうに押しのけたガンドルノアは膝を立てて座る。

 巻いた布から白く細い未発達な四肢だけが伸びる。

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