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02-01



 コンクリートに包まれた『東京』と言う都市。

 平均人口密度が異常に高く、高水準の技術によってあらゆるものが洗練されている反面、人が快適に住むと言う点において全く配慮のない街。

 静間右流辺(しずまうるべ)はこの巨大都市に訪れ、早くも三年が経つ。

 高校を辞め、勘当紛いで親元を飛び出し、憧れと多少の路銀だけを鞄に詰め込んでこの街へとやってきた。

 右流辺が住んでいた田舎では見られないほどに全ての路地に舗装が行き届き、田んぼのたの字もない光景に最初は目を丸くした。

 道路の上を跨ぐように交差する立体的な首都高速道路。見るもの全てが新しく刺激的だった。

 しかし生きるということに日々を追われた右流辺は次第にそんな光景をゆっくり楽しんでいる余裕もなくなっていた。

 親に啖呵を切って飛び出してきた手前、すごすごと頭を下げて帰るなどバツが悪いことこの上なし。

 早々に決まったアパレルのアルバイトで日々

口を糊する生活が続いていた。

 口うるさい雇われ店長に小言を言われ、ド派手にピンクのメッシュを入れた後輩と話す仕事場と、動画を眺め休暇の往復だけで、特別な刺激など何一つとして右流辺の前には現れない日々だった。その日常の山積が上京した右流辺の三年を構築していた。

 この街から離れる気もなければ、今の生活を変える気もない右流辺にとっては、この先に続くであろう一年後、二年後もきっと変わらないであろう。そう信じていた。


  □□□


「……ん」

 ゆっくりと目を開いた右流辺は体を起こすと僅かに視界に入ってくる前髪をよけぼやけた視界で辺りを見渡した。

 六畳一間の部屋にトイレ、風呂は共同の築五〇年を超える安普請のアパート。変色した畳や黄ばんだ壁……が広がる光景のはずなのだが、見慣れることのない謎の言語によって記された本がこれでもかと散らかった床。

 本を避けるようにして生まれた僅かな隙間で右流辺は横になって寝ていた。

「……………………はあ」

 自然とため息がこぼれた。この溜息から異世界に召喚された右流辺の一日が始まる。

 寝て起きれば全てが夢だった、で片付いていることを何度も期待し、目を覚ますたびに全て夢ではないことを実感する。

「ん~~……ウルベさぁん……お弁当のおかずは…………にんにくが多い方が……空飛べて~…………」

 本が無造作に散らかっている一間の部屋。その部屋の隅を占領するように鎮座したベッドで涎を垂らしながら寝ている女性を右流辺は寝ぼけ眼で睨む。

 いかなる夢を見ているのか想像もつかない彼女が寝言こぼすたびに鮮やかな赤い髪をかき分けた白い兎耳が揺れる。細く華奢な白い煽情的な肢体が布団からはみだし伸びている。

「男と一つ屋根の下でよくぞまあここまで不用心に寝られるもんだ」

 無警戒ににやにやとだらしない寝顔を枕に擦りつけている、この召喚屋の店主、ロウ=フィルキスはさぞかし幸せな夢の世界に居るのだろう。

「ったく、こいつのせいで元の世界に戻れないってのに」

 事の起こりは彼女が右流辺をこの異世界へと召喚したことからだった。そしてなんやかんやすったもんだの末、右流辺は元の世界に戻ることが出来ず、この魔力満ちた異世界にいまだ留まらざるを得なかった。

 スマートフォンを片手に日がな一日、何の目的もなく無為に過ごしてた元の世界が恋しい。


  □□□



 ──この世界の全容は神すら知らない──


 あらゆる種族が魔力を用いる『魔導』と言う共通の技術体系を使うようになりおよそ幾千年。

 雲海を抜け、広がる霹靂(へきれき)の天空。

 魔素が特別濃く、およそ生物の生存を許さない深海。

 そしてまだ見ぬ異界。多くの種族が魔導を使いこれらへと単身で乗り込むことを可能とした。

 だが、広大な大地の果てを見たものはいまだ一人としていない。

 人々の侵入を拒むが如く猛々しい魔獣(モンスター)が唸りをあげ潜む洞窟。

 己が領空を侵す者全てに敵意を抱き襲い掛かるドラゴンが住まう竜の巣。

 未だ解明できない異端なる技術によって製造された金属人形(ゴーレム)が門番として立ち塞がる遺跡。

 解析不能な言語によって作り出された結界が何者の侵入も拒む聖域。

 他種の侵攻を妨げるような造りとなった多くの場所を人々は十把一絡げに『魔窟(ダンジョン)』と称した。

 そして未知なる魔窟と向き合い、決して退くことなく、勇敢に立ち向かい、その先に輝く富と知識を得て、戻って来た者達には多くの名声が与えられる。

 そこに種族の隔たりはなく、あらゆる者が平等に評価される。

 大規模ギルドを組織し、大人数で一つ一つを慎重に制覇していく者達や、腕試しとして単身で意気揚々と乗り込む者。更には欲に目が(くら)み他人を騙し、出し抜いて未知の技術と名声を得ようとする者。

 多くの思惑がいまだ正体の明かされることのない魔窟を中心に錯綜している。



「何調べてるんですか?」

 椅子に深く腰をかけた右流辺の前には、著者が統一されていない魔術の教本が塔となって積まれている。

 権謀術数渦巻く世界とはほぼ無縁と言っても過言ではない片田舎の街、ラフールの中央通りから更に大きく外れ、およそ迷子にならなければ立ち寄らない細い通路に面した古びた一軒家、『召喚屋』の屋号を掲げ、風呂トイレが併設された一〇畳一間が、元の世界に戻ることのできない右流辺の居場所となっている。

 およそ数日前に廃業と身売りもあわやと言う棺桶に両足と両手を突っ込んだかのような状態のこの店を右流辺は満身創痍ながら救い出した。

「ちょっと知りたいことがあってな」

 店が抱えた借金を返済するために右流辺は、元居た世界では考えられない方法を用いて解決した。

 およそ大々的に編成されたギルドですら手を出せば、分の悪い挑戦となる『神竜の鱗』を手に入れ、換金するという手段だ。

「そんな子供が読むような魔術の基礎教本ばかり集めて。その程度の本で解決する疑問でしたら私が解決してあげますよ。これでも魔術に関しては一家言あるんですから。魔術で悩むなら辞書を開くよりもピタリと当たる、なんて言われたこともあるんですから」

 売れずに閑古鳥が日夜鳴いている召喚屋の店長であるロウ=フィンキスが宝石の如く真紅の瞳を煌々と輝かせながら華奢な胸を自信満々に叩く。

 毎度のことながらロウの自信にはまるで根拠が感じられない。

 右流辺は思わず怪訝な表情になる。

 まず疑問を投げかけて的を得た答えが返ってくるなど微塵も期待が持てない。

「お前がぁ?」

「あっ! 私のこと信じてませんね」

「誤った召喚で俺をこの世界に呼び出した挙句、借金で首が回らなかったお前に、魔術のことで俺が信じられると思うか?」

「そ、それは魔術の知識と関係ないじゃないですか! それはそれ。これはこれ。一度その話は横に置いて、と」

「関係ないのか?」

「……………………」

「おい。黙るなよ」

 右流辺の問い詰めるような言葉に対してロウの視線が天井へと向けられる。

「とと、とにかく、何を調べてるかくらいは教えてください。きっとそこに積んだ本よりは役に立ちますよ」

「……んじゃあ期待しないで聞くけど『神血混合』ってわかるか?」

「……………………」

「……………………」

 右流辺の質問からたっぷり一分の沈黙が二人の間に生まれた。

 長く短いその一分間、二人は顔を見合わせるだけでなんの進展もない。ただきょとんとした表情で固まっていたロウは溜息を一つ吐いて天井を見上げる。

「……今日は良い天気ですね」

 天井から見えない空に現実逃避するロウをよそに右流辺は窓の外を見た。


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