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01-12


 魔窟に突如として開かれた空間。アパロアの障壁が構築した住処であり静謐に包まれた空間。一時とは言えその障壁が崩された。

 千元導竜アパロアはその巨体をゆっくりと丸める。

 まるでそれを待っていたかのように持ち主無き灰色の本がゆっくりと開かれる。

「いいのか? ずいぶんと呆気なく鱗を渡しちまって」

「まだ居たのか」

 開いた頁から文字が躍り出し再び大鬼の形を成す。だが、さきほどの畏怖すら覚える巨体などではなく、まるで人間を模したかのような大きさだ。霧のように不安定に揺らぎ形を保てない姿はまるで、力の残滓と言った姿だ。

「もう大部分はあのガキと融合しちまったから喋る程度しか残ってねえけどな。

 俺様の術を撃った途端に気絶しやがったから、てっきり食って、この辺に転がる骨にしちまうと思ってたぞ」

「鱗に関しては健闘賞と言ったところだ。

 まさか人間風情が神々の施した封印を解いてあなたを呼び出し、そのうえで一端とは言え力を使ったんだ。

 褒められこそすれ貶されるものでもあるまいに。それに今は多くの種族、魔術と言う力を得た代償に失った、我々と交渉する力を持っているんだ。

 本心を言えばつまらないことで死んでほしくはないと思ったまでさ」

「ずいぶんと肩入れするじゃないか」

「それはお互い様だ。

 召喚者が死なないよう見た目に似合わず随分と器用に力を調整してたじゃないか」

「まあな。神血混合なんて慣れないことをさせやがって。その分はしっかり俺様のために動いてもらうさ」

 大鬼が口を開けて豪快な笑い声を響かせる。


  ◇◆◇


  ◇◆◇


「これで文句はないだろ!」

「でしょ!」

「ふむ…………」

 長机の上に陳列された大量の素材。

 それを大男達が手分けして数を確認し、帳簿に仔細まで記入していく。

 その忙しい光景を前に右流辺とロウは腕を組み、勝ち誇った顔でふんと鼻息を鳴らしてみせる。

「どうだっ!!」

「た、確かに全ての素材がありますね」

「そうですか。では契約に則った形で破棄という事でよろしいですね?」

「はは、はい! お願いします!」

「ではさっそく──」

 依頼主であるビザーチの言葉にさっきまでの勝ち誇った顔は消え、情けない声でロウは前に出る。

 契約を破棄することは信じられないほど手軽なものだった。

 時間にして一分も掛からず、互いの魔導印が刻まれた契約書は鮮やかな蒼の炎に包まれ燃え尽き宙に消えた。

「私としては破棄は残念ですが、これだけの素材が頂ければ十分。

 それにしてもどうやってこんなに素材を買いそろえたのか気になるところですね。あなた方のお店の売れ行きでは難しい話しだと思いますけど。

 そう言えばご存知ですか?」

「なんだよ?」

「最近、よその市場でアパロアの鱗が市場に出回ったんですよ。一体どこの誰が取ってきたのでしょうかね」

 ビザーチの金色の瞳がまるで獲物を見るように右流辺を見つめて来る。

 ここではないどこか別の街で市場を騒然とさせたたった一つの『神竜の鱗』。そのことがこの街で商売を手広く行っているビザーチの耳に入らないはずもない。

「大がかりなギルドの動きもなかったところを見ると、取ってきた方達は少人数で動ける精鋭なんでしょうね」

 神竜の鱗の取得と言えば、本来ならば一〇〇人規模のギルドが動く話しだ。

 この街の事ならば裏路地を這うネズミの数まで把握してると言われるほどのビザーチですら関知できないほど小規模の動き。

「なにを隠そうこの──もご──っ!!」

「いや~、そんな優秀な奴がいるんだな! 是非会ってみたいもんだ。それじゃあ契約破棄も終わったみたいだしこっちも忙しいんで」

 満面の笑みで語ろうとするロウの口を無理やり封じた右流辺は、ビザーチに言葉を挟ませる隙間もなく口早に語って館と出口となる転移用魔導陣に立ち、姿を消す。

「まあいずれわかるでしょう」

 ビザーチの二又に分かれた舌が不気味に動く。



「ムググ────なな、なにすんですか!!」

 ビザーチの館へと続く移動用魔導陣が置かれた広場を出るなり、ロウは右流辺の手を振りほどいて叫ぶ。

「なにを自信満々に鱗のことを語ろうとしてんだよ!」

 互いの呼吸が交わるほどに寄せてきたロウの顔に右流辺は額を突き合わす。

「だだ、だって、自慢の一つもしたいじゃないですか! うう、鱗をたったふ、二人で取ってこれたんですよ! 奇跡みたいな話しなんですよ!」

「いいか、その少ない頭をフルに回転させて考えろよ」

「な、なにをですか?」

「もしもお前がだ、神竜の鱗なんてものをたった二人で取れる奴を見つけたらどうする?」

「えっと……仕事を依頼したりしたいですね」

 少ない脳みそを動かしてロウを考えてみる。

 二人で神竜の鱗を得ることができる人材ともなれば、あらゆるギルドから引く手あまたになり、仕事も困ることがない。それどころか好待遇で大手ギルドに迎えられる姿すら思い浮かぶ。

 ましてや『聖録』として二つ名を得ても何もおかしくはない。

 行く未来は順風満帆だ。

「幸せな頭してるな。まったく気楽な奴だな」

「なな、なにがですか!?」

「人並外れた強い力ってのは強引にでも欲しがる奴が出てくるもんなんだよ。

 欲しかったり、疎ましく思ったり。

 そういう感情から生まれる厄介事に巻き込まれるのは目に見えてんだよ」

 真紅の指輪を眺めつつ右流辺は呟く。

 神竜の鱗を売る際も右流辺は、自らの存在を秘匿するように売ることをしていた。

 出る杭打たれる。元の世界に戻ると言う目的がある今、右流辺には変なことに巻き込まれ回り道してる時間などない。

「元の世界に戻る俺にはそういう奴等に構ってる余裕はないわけよ」

 当面の面倒事が片付いた右流辺にはやっと『元の世界へと戻る』と言う一大関心事に着手できる。

「じゃ、じゃあ当面は……」

「普段通りだな。まあ鱗の件は夢オチとでも思っておくんだな」

「そんな……もう一枚くらい取ってきて懐事情に余裕を作るって言うのはどうですか?」

 面倒事が片付いたとは言え、ロウの召喚屋は相も変わらず黒字と赤字の間で揺れる天秤のような営業だ。

 欲の皮の突っ張った兎を前に右流辺は露骨に眉間に皺を寄せる。

「……俺がもう一回……アレをやんのか?」

「一回も二回も変わらないですよね。ねっ」

 一度死にかけているにも関わらず右流辺に対して何の配慮もなくロウは莞爾とした笑みを浮かべる。

 一度は生死の境をさ迷い、亡くなっている祖父母の姿まで見えた右流辺だ。

「………………そうだな。もう一度くらい行くか」

「ほ、ほんとですか!? 次に鱗を手に入れたら買いたい召喚道具を色々と──」

 神竜の鱗で得た金は、契約反故のために要する素材の購入費で大半消えた。もう一度となれば、ロウの頭のなかには手に入れたい道具が次から次へと無尽蔵に浮かんでくる。

「そのためにもまたお前の協力が必須だな」

「な、なんですか急に!!?? あらたまって……」

 俯いた右流辺がロウの肩を握る。

 互いにどちらが欠けても鱗を持ち帰ることはできなかった。

 ロウから言わせれば、今回に限っては『相方』と称しても過言ではない働きを互いにしたと自負している。

「そりゃ私がいないと転移用魔導陣とか使えせんけどけど……いや~、そんなに頼りにされちゃうなんて。えへへへ」

「いや。もっとお前には重大な役割があるよ」

「へっ??」

「次はてめえを神竜の盾にしてなっ!

  腰抜かしてた奴がなにが『もう一度』だっ!! 買い物感覚で語りやがって! ふざけんじゃねえ!!!」

「あばばば────っ!!」

「てめえとの召喚契約がしっかり切れたら、てめえを神竜の生餌にしてやるよ!」

 ロウの体を思いっきり前後に揺さぶる右流辺の桐間声がラフールの街に響き渡る。

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