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01-11


  ◇◆◇


 およそ魔導と言う技術が世を席巻する以前。 この世の理を容易に覆す力を持った創世の神々とあらゆる手段を用いて民達は交渉を行っていた。様々な触媒を用いり、そこに決まった法則や秩序などない。

 種族が違えば時に己の親族の首を差し出し、時に街一つを襲う災厄すらも容認し、自らに束縛を課すことで神々との交渉が行われてきた。

 しかし倫理、利便性、汎用性に優れた魔力を社会は選び、それを主体とする『魔導』が技術として確立され、交渉手段の全てが魔導に取って代わることとなった。

 魔力を要さずに行える無秩序の導術の殆どは時間経過とともに口伝する者は消え、長い魔導の歴史の裏へとその姿を消した。

 故に魔導以外の方法で交渉を行ってきた神々とは実質『断交』を意味し、多くの神々を切り捨て、魔導で交渉できる神にのみ全てを委ねたその瞬間が『魔導の夜明け』となった。

 長い時間のなかで魔導に存在価値を奪われた数多くの導術は十把一絡げに『禁術』とカテゴライズされた。



 紅き輝きを放つ文字群から形成された陣。

 踊るような文字が緻密に組みあがり、陣から一つの型へと昇華されていく。

「血導術で呼び出されるなんて久方ぶりだ。

 神族の封印式を解けるなんてどこのどいつだ?」

 数多の文字を細胞として形を成したのは額に銀色に輝く一角を持つ、アパロアに負けず劣らずの巨躯を持つ赤鬼であり、その瞳なき白目に右流辺が移る。

 大鬼の全身から内包された熱が漏れ、壁を通じ刻まれた千元導竜の魔導言語を焼き払われていく。

 アパロアの扱う魔導結界に匹敵し、超え、凌駕すら見せる(エネルギー)。小さき太陽を秘めたかのようなその赤鬼の巨躯に右流辺はぼやけた視界を向けた。

「………………」

 ──ああ、そうだよ。俺が呼んだんだ。

 既に意識が朦朧とし満足に声を吐くことすらできない右流辺の思考を読み取るように大鬼が笑う。

 歪な笑みからこぼれる鋭い牙。

「まさか人間風情の小さな体で血導術を使ったのか。ははははっ! とんだ阿呆(あほう)がいたもんだな。

 お前さん程度の血液量で、億の熱で三度大地を焼き払う俺様を呼び出せば、五秒もたずに全身の血液が抜かれミイラになるぞ」

 ──じゃ、じゃあ死なない程度に力を貸してくれよ。あの竜から鱗を奪うんだ

「なぁに? 竜だぁ……」

 右流辺の声にならない声に大鬼が視線を動かした先には、白き滑らかな鱗によって全身を輝かせる神竜『千元導竜アパロア』が鎮座している。

 突然現れた大鬼に驚く素振りも見せず、ただ事実だけを把握するように見つめている。

「……久しぶりだな。竜の餓鬼ぃ」

「神々に封印されて幾星霜と経つあなたとこうして邂逅するとは。灼皇鬼(ガンドルノア)

 溶岩を煮詰めたような剛腕を持つ一角の大鬼。その姿にアパロアは見覚えがあった。

 遡れば万年以上も過去の話しになるが、まだ神々がこの世に存在していた時代に、他の生物を拒絶する焦土を作り出し自らの存在を誇示した大鬼。

 ──『皇灼鬼(ガンドルノア)』──

 己が持つ能力をなんら遠慮することなく気の向くままに振り回す。他の神から疎まれていた存在。

「確かにな。まさか血導術なんて方法でこの世に呼び出されるなんて思ってもいなかったぜ。おまけに俺様と対話する術まで持ってるなんてな。

 だけど残念だが今の俺様は意識だけだ。とてもっじゃないがお前と戦うことなんてできない身だ。

 ったくよお、魂と体をわざわざ分けて封印するなんて面倒なことしやがる」

 忌々し気にガンドルノアは呟いてみせた。

 秩序を乱し、己のあるがままに振るう大鬼は、遥か悠久の彼方に神々の力でもってして魂を一冊の本に封印された。

 規律だ、秩序だと鬱陶しい言葉を喚き散らすだけの神を屠ってきたガンドルノアとしては、封印されたという事実が屈辱だ。

「だからこそ──」

 大鬼の視線が再び虫の息の右流辺へと向けられる。

「俺様は戦えねえから代わりお前さんに(ちから)を授けてやるよ。代価として血を失うからその重体で撃って生き残れる保証はねえけど、あいつの鱗の一枚くらい剥ぎ取ってくれるだろうよ」

 ──術……

「ほんの一端だけだが今のお前には十分過ぎる力だろうよ。ただなあ、例え一端でも使い方を誤ればお前の体は灰塵と化すぞ」

 ──んな物騒な力を預けるなよ

「物騒になるかどうかはお前次第だ。

 神血混合(しんけつこんごう)っ!」

 大鬼は陽気な声と共に再び体を構成していた文字へと姿を変える。

 小躍りしている無数の文字が頁に戻るでもなく、右流辺の指先へと集中する。

 ──血と文字が……

 右流辺の鮮血と皇灼鬼(ガンドルノア)の文字が融合していく。

 文字の混じり合った血液が指先に集まると同時に右手の人差し指から第二関節を包み込んでいく。

 ──指輪……

 鬼が生み出す業炎と右流辺の血液を煮詰めて形成されたかのような熱を秘めた深緋(こぎひ)の指輪。人差し指に輝く宝石のような指輪を右流辺はゆっくりと持ち上げ──

「自らの死を代価に灼皇鬼の力を私に試すか」

「し……死なないために…………力を使ってやらあっ!!」

 僅かに声を出せば肺に激痛が走るなかで右流辺は人差し指でアパロアを指すと笑みを浮かべる。

 ──大鬼……俺を殺すなよ……

 右流辺の想いに対して「知ったことか」と他人事のように笑って答える皇灼鬼の姿が目に浮かぶ。


 ──『星破の轟炎(ヨフィーテラ)』──


「むっ!」

 太陽の輝きを凝縮した赤き閃光。

 この世の天地の理を凌駕し破壊する皇灼鬼が持つ力の一端。

 人が扱うにおよそ不釣り合いな閃光はアパロアの構築した魔導言語を一文字と残さず壊滅させ、その白い鱗を焦がし、魔窟を貫き星空を紅き閃光が駆け抜ける。

「ど……どうだ…………」

 指先一つ満足に動かない右流辺が腕が落ち、そのまま視界が暗闇に染まる。


  ◇◆◇


「う、うるべさ~ん……どど、どこ、どこですか~」

 目尻にたっぷりと涙を浮かべたロウは岩伝いに不安な足取りで進んでいく。

 右流辺が洞窟の奥へと潜ってからおよそ一時間が経ち、それでもあの青年は戻ってくることはなかった。

 十中八九で青年は死んでいるだろう。

 ただ、突然だった。

 この魔窟全体を揺らすような震動と共に全域を支配していたアパロアの魔導言語が消えた。

「いい、いざというとき、わたわた、私だけでも」

 帰還用魔導陣(リパート)が秘められた魔晶石を手に握りしめてロウは洞窟の奥へと歩んでいく。

 異界から来た青年。

 決して礼儀正しいわけでもなければ、優しいわけでもない。おまけに魔力まで持たない『クズ』と形容しても差し支えの無い青年だが、何かがロウに『もしかして』と思わせる。

「ううるべ────ひぁっ!!!」

 ゆっくりと歩むロウの爪先にごつんと不明物体(何か)が当たる。その感触は明確に岩などではない。

 恐る恐るロウが視線を足元に向ければ、額からこぼれた鮮血で顔を汚した右流辺が倒れている。

「じょじょ、成仏してくだくだくださいっ!!! わたた、私を恨まないでください!!」

「勝手に……ころす……な……」

「いい、生きてたんですか!!?」

「お前の……喧しい声で三途の河を追い返されてきたんだよ」

 意識が戻った右流辺の目の前に鼻水と涙でぐしゃぐしゃなロウの顔がある。目覚ましとしては若干ショッキングな映像だ。

「ほほ、ほんとに良かったです!!」

「いでででで──っ!!」

 涙が尽きない顔を押し付けるように抱き着くロウに右流辺は悲鳴にも近い声をあげる。

「すす、すいません!」

「ったく……ん?」

 激痛に身もだえする右流辺はかろうじて声を捻り出した。その手に何かがしっかと握りこまれている。それをおもむろに持ち上げてみせた。

「そそそ、それって──」

 右流辺がその手に持っていた白色(はくしょく)の鱗。それを見るなりロウは言葉を失う。

 鮮血に決して汚れることのない白き輝きを放つ鱗。

 実物を見たこともないロウですらその鱗から放たれる神々しい魔力に目が点になる。

「すすsss────」

「その様子だとこいつが目的の鱗みたいだな。どうやら死ななくて済みそうだな」

 ロウの言葉にならない声が魔窟内に響き渡るなかで右流辺は小さくピースしてみせる。その指先に真紅の指輪を輝かせ。


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