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最終章の予感 後編


 丸いテーブルの上の帽子。

 中からチェシャ猫が出てくる。


「二回目の地震でかなりねじれた。このままじゃあ、君はここから出られないよ」


「やぁ、チェシャ猫。ずいぶん派手な登場ね」


「やぁ、ウルフマン・・・お悔やみ申し上げる。実は―」

「聞いたよ」

「そうか。どうするね?」

「兎とここを出る」

「なら私が出してあげよう」


 チェシャ猫はテーブルに座ると、足を組んだ。

 僕を見る。


「私は父と妻とマイ・プリンセスを連れて逃げようと思うんだが・・・君はどうするね?」


「誰に言ってるの?」


 不思議そうな姉さん。

 どうやら幽霊というものが見えないらしい。


「君の弟君さ」


「えっ?」


「すまん・・・」


 いつの間にかマスターの登場。

 隣にはアリス。


「何がすまん、なの?」


 マスターの説明。


 地下に降りようとする姉さん

 止めるマスターとアリス

 振り切る姉さん

 追うウルフマン

 地下に降りる僕


 悲鳴・・・


 姉さんは気絶。


 もともと体が弱くて・・・

 寝込んだ・・・


 どん底の気分・・・

 今までの中で最上級レベルの最低最悪。



「父の失態は息子が引き継ぐことにしよう」



 すでに夜。

 満月に一番近い日。


 チェシャ猫は黒い煙草を吸っていた。



「良い知らせが三つある。一つは兵隊がここまで来ることはない、ということ」


「なぜ?」


「時空が歪んでいるから、さ。迷いの森の真骨頂だね」


「じゃあ逃げなくても・・・」


「悪い知らせ一つめ。この森は近いうち消える。時空に押しつぶされてね」


「みんな死ぬの?僕は?」


「未知数・・・・・・良い知らせ二つめ。ユア・パパとバニーは数日で回復するだろう」


「本当っ?」


「ああ・・・・・・良い知らせ三つめ」


 チェシャ猫が煙を吐くと、ハート型が宙に浮いた。


「君がこの結界から出る方法が二つある」


 期待

 希望

 一筋の光と、不安少々。


 ハート型の煙が静かに溶けた。


「ひとつは成仏すること」

「できないよ」


「うむ・・・二つめは別の器を手に入れ、物質になること、だ」


「体はもうないよ」


「君の好きなものでいい。帽子でもティー・カップでも・・・私が時空を移動させられるのは物質だけなんだ」


「器が壊れたら?」


「もちろん・・・再び死ぬ。なに。また新たな体に入れてあげよう」


「・・・少し・・・考えさせて・・・」


 チェシャ猫は予知していたかのように肩をすくめる。


「期限は一週間だ」



 そう・・・

 それから僕はずっと、屋根の上にいた。


 体がないから眠くもないし、お腹もすかない・・・


 ぐるぐると考え込んでいるうちに、六日目の夜―・・・


 月影に立つ少女の黒い影。


「見て。傘がなくても飛べるわ」


「アリス・・・今は話したい気分じゃないんだ」


「旅人さんが起きたことも?」


「ほんとにっ?」


「ええ・・・でも・・・片目を失明したらしいわ・・・」


 その時

 アリスの周りには、

 光る妖精がたくさんいたっけ・・・


 僕はその時決めたんだ。


 森を出ようって。



「僕を本にして」


「お安いご用さ」


 チェシャ猫は姉さんの本棚から一冊を取り出すと、表紙をゆっくりと撫でた。


 本を斜めにする。


 パラ・・・パラパラ・・・


 文字がシリアルみたいに滑り落ちて、雪解けのように床で消えた・・・。


 チェシャ猫の笑顔・・・


「さぁ・・・おいで・・・」


 そうして少年は、一冊の本になりましたとさ・・・


 めでたし めでたし。






 ・・・って、めでたくないよっっっ。



―最終章の予感―




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