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ロンリー・ウルフ 02



 塀の下から見上げる女王。

 首を押さえている。

 にっこりと笑う。


「ありがとう。狼さん」


 病的な無邪気さ。

 可憐さ。

 

 彼女の心は甘い夢の中。

 初恋の相手との思い出中。

 十二歳の少女。


 歪んだ純粋さ。

 魔性と魅惑。


 豪華で大きな、

 腐りかけのケーキみたいな、心?


「撃てっ」

「撃てぇっ」


 集中攻撃。

 王様の兵の銃弾の雨。


 貫かれる体。


 命中するたびに痙攣する体。

 弾ける傷口。

 飛び散る肉片。


 血の雨を浴びる女王。


 声なき悲鳴を作っている口。


 水色の空に浮かぶ月。


 天を仰ぎ、狼は静かに吠えた。


「神よ・・・」


 兵士達の驚愕。

 旋律。

 恐怖の表情。


「・・・化け物・・・」


 ロンリー・ウルフの苦笑。

 赤黒く染まった顔。

 穴だらけの服。

 頭から流れた血が、ほほに伝う。

 泣いてるみたいに見える。


 まっすぐ、チェシャ猫を見つめる。


 意を察したのだろうか。

 いつの間にか塀の上。

 シルク・ハットの中から銃。


「開発した薬を飲んだのかい?」


「ああ・・・再生しないうちに、早く殺してくれ・・・」


 チェシャ猫は神妙そうな顔。


「本当にいいのかい?」


 ロンリー・ウルフは微笑。


「あの子を頼む・・・」


「分かった・・・」


 チェシャ猫は一発の銃弾を込めた。

 銀の弾を。


 カチリ・・・


 銃口を突き出す。

 ロンリー・ウルフの額を狙って。


「血液提供者と言えど、女王に危害をくわえれば・・・って?考えたな?」


「あの変わった帽子の男のおかげさ」


「そう・・・君が思うほど、君は孤独じゃなかった気がするよ」

「ああ。私が閉じこもっていただけさ」

「閉じこもるのはもう終わり?」

「そう、終わり・・・」


「体からも?」

「体からも」                                                         


「寂しくなるな」

「体は肥料にでもしてくれ」

「きっと綺麗な花が咲くよ」

「枯れない花が?」

「宝石のように」


 卵男の微笑。


「今度は花に生まれたい・・・」


「誰かに愛でられ、いさぎよく?」


「『神々の黄昏(ラグナロク)』まで眠れたら、それが一番いいんだが・・・」


「いい夢を」


「夢さえ見ない世界へ」


「・・・おやすみ」


「おやすみ・・・」












 ドンッ





















 ゆっくりと、卵男の体が倒れていく。


 眉間に命中した銃弾。

 特別製。

 発射された熱で自らを溶かし、体内に一瞬で広がる免疫不全成分。

 死滅する〝奇病〟。

 破壊される体内組織。


 凝固する血液。

 止まる心臓。

 止まる思考。


 傾く体。


 最後に見えたのは、

 真昼の

 白い、

 崩壊した月・・・


 吸血鬼は背中から芝生の上に落ちた。


 微笑を浮かべて。



「ハンプティ・ダンプティ・・・」


 

 女王は呟く。

 彼の血を浴びた、

 真っ赤な唇で。


 呆然と。


 塀の向こう側に消えた、彼を思って・・・


 彼女は歌った。


「ハンプティ・ダンプティ塀の上・・・」



 ハンプティ・ダンプティ 塀の上



 ハンプティ・ダンプティ 落っこちて



 ハンプティ・ダンプティ 死んじゃった


  

 王様の兵を集めても



 国中の知恵を集めても



 もう もとには戻らない



 もう・・・



 もとには戻らない・・・




「女王陛下・・・」


 チェシャ猫は女王の前に降り立つ。


 彼女の顔は、

 泣いているような、笑っているような。


 『赤ずきん』はほほに手を当てた。

 赤い髪から滴る血。


 幻想から覚める。

 現実を見る。


 目を見開く。


 ハートの女王はこの国に来て初めて、張り裂けんばかりの悲鳴をあげた。










―ロンリー・ウルフ―



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