くものいと 壱
〈くものいと〉
塔の内部。
僕のひとり言のような声。
「ヘルンから脱出してすぐは、分からないことだらけだったよ」
僕は遠くなつかしく、あの日を見ている。
「外は戦場。殺し合いばかりだと思っていたのに・・・」
教授に向けられた銃口。
「拍子抜け、ってゆうか・・・いや。誰しもが戦ってたよ?殺し合いもあった・・・・・・・・・けど、僕の想像していた世界とのギャプに、落胆したのかな・・・?僕たちの居場所は、僕たちの中にしかないのかなぁって・・・」
浮き出てくる記憶。
「最初に死んだのはアナスだった・・・追っ手に見つかって、敵につっこんで、自爆・・・」
何だか・・・
彼女がうらやましかった。
いさぎよさ。
自我の貫き。
かっこ良すぎるだろう?
仲間守るために死ぬなんて・・・
・・・ため息・・・。
「その次はクナイ」
教授の眉が動く。
動揺の証。
彼女の血は、何色だろう・・・?
「通り魔的なものなのか、それともそれを装った追っ手だったのか・・・今でも分からない」
彼女の最後の姿を思い出す。
「ほとんど即死で・・・痛みはなかったと思う・・・」
「そうか・・・」
「とても綺麗な死に顔だった・・・」
白い顔。
安らかな顔。
濡れている―・・・栗毛の髪。
血で固まって、焦げ茶に見えたっけ・・・
「クナイを守ろうとして、マイ・ヒタは重傷を負った・・・救急車で運ばれて・・・」
僕はあの時のあいつを思い出す。
乾いていく先から溢れる赤。
「理由は分からないけど、病院から抜け出して・・・」
赤い絨毯に波紋。
天の涙・・・?
ぽつぽつぽつぽつ・・・
揺れる血溜まり。
弾ける滴。
あいつは雨を感じていただろうか?
「もしくはさらわれて・・・今も行方が分からない・・・」
走る。
ケトゥと。
まだら模様の地面。
水に侵される地面。
地面の熱が蒸発。
辺りが蒸し暑い。
暖かい雨・・・。
血飛沫みたいに。
教授の意外な言葉。
「彼が行方をくらませたのは事実だが、自分の意思で失踪したようだ・・・」
彼女は先ほどから持っていた、ファイルを示す。
暗がりで色までは分からない。
「これは彼が残した遺品だ」
「い・・・ひん?」
「正確には、遺品かもしれないもの、だが・・・」
教授はファイルを示す。
「見たいか・・・?」
教授はファイルを床に滑らせた。
ファイルは僕の足元へ。
観察。
ためらい。
不安。
期待。
予感。
僕の側に、真実。
残す警戒。
ファイルを拾う。
銃を下げる。
銃を持っている手で、ページをめくる。
1ページ目・・・
茶色く変色し、腐食した紙。
2ページ目から4ページ目。
滲んだ文字の連なり。
5ページ目・・・
なんとか単語と文章が読み取れる。
『お前ら』
『この世界に』
『父の容態が』
『養子に入って』
『の派閥が』
『銃を流す』
『部下が』
『俺が襲名することになりそう』
『酒を浴びるように』
『ヒタ』
『あの時』
『あやまりたい』
『後悔』
『俺は』
『撃たれて』
『クナイごめん・・・』
『変装』
『海に』
『寝てもさめても』
後半部分。
最後の数行が読める。
『久しぶりにヘルンと思わしき場所に来た。
風景がだいぶ違う。
本当にヘルンなのか分からない・・・
うかつに近づけない。』
前ページ、解読不能。
6ページ目から、読めるようになる。
『あの頃の俺達は、バカみたいにはしゃいで生きてたよな。
意味もなく、それが重要なことみたいに必死で生きてた。
生きることに意味も理由も必要なかった。
そのかわり何もなかったけど、
あの頃が一番楽しかった・・・。
あの頃に戻りたい。
お前たちと生きてたあの時に。
もう、
なんだか疲れたよ・・・
最近はずっと、昔の夢を見る。
赤い光とサイレンに追い回されながら、バイクのケツで両手あげてはしゃいでるんだ。
バランス崩して落ちそうになって、バイクが揺れて、悲鳴あげて、体勢持ち直してお前に怒鳴られても、お前の背中に捕まりながら笑ってた・・・。
黒い海とか、
幽霊ビルでビビりながら夜明かしした時とか、
一緒に見たデカくて華やかで毒々しい夜景とか、
煙草のけむり邪魔くさそうにしているお前の横顔とか・・・
そうゆうのを思い出す。
本気で殴り合いのケンカした時とかさ・・・・・・・・・絶交期間、三日ともたなかったけどな。
あの頃はほんと、
楽しかった・・・。
医者に言われた。
あと半年で死ぬって。
まぁ、あと半年は生きれる、って前向きな言い方もできるんだけどな。
色んなもん手に入れたけど、やり残したことがまだある・・・。
お前に会いたい。
どこにいるんだ?
お前と酒が飲みたい。
薄情なヤツだ。
俺が死ぬ時ぐらい側にいやがれ。アホ野郎。
・・・もしかすると、先にのたれ死んでるのか?
だったらもっと、顔変わるぐらい殴っときゃよかった・・・。
アホ。ボケが。
あん時の傷、
まだ腰のとこに残ってるんだ。
半年じゃ消えないだろうな。
だからお前のことも、死ぬまで忘れないと思う。
俺は「あの世」とか「生まれ変わり」とか信じてねぇけど、もしあるんだったらまたお前に会いたい。
またバカしような。
だからお前の近くに生まれていいか?




