ヘルン
〈ヘルン〉
エッグ・シェルの小高い丘。
そこから見えた、灰色の塔。
空を支える柱のような塔・・・
やっとたどり着いた。
近づいてみる。
石造りかと思ったが、違う。
つるりとした表面。
入り口がない。
見上げる。
マジック・ミラーの巨大な窓。
ハシゴでもかけて上れって?
僕は辺りを冷静に見渡す。
整備された道。
森の中だというのに、塔のまわりだけが殺風景だ。
観察。
集中。
外側への意識。
平坦な警戒。
あらゆる角度からの視線。
監視。
監視カメラの存在。
僕はその一つに振り向く。
無表情に。
無感動に。
目だけは挑発的に。
ひしゃげ帽から、もっとも効果的に見える角度。
監視カメラを管理している相手への、反抗と挑発。
「Hey、魔女さん。これじゃあ上がれないよ。窓からロープを垂らして欲しいな?」
〈その必要はない〉
ケーキにナイフを入れる連想。
壁に切り込みが現れる。
静かに扉が開いた。
医療用のエレベーター。
正面に鏡。
光に反射して僕の顔は映らない。
ゆっくりと歩む。
乗り込む。
うっすらと消毒液のかおり。
かおりは記憶の鍵。
過去を誘発する。
記憶が訪れる。
なつかしいな・・・
鏡に僕の顔が映る。
背後の扉が閉まる。
帽子のつばを下げる。
うつむく。
記憶が戻ったことでの、自己嫌悪・・・。
勝手に最上階の表示が点滅。
管理人の操作。
密室の監視。
密室の上昇。
わずかな浮遊感と沈殿感・・・
つばを飲み込む。
ゆるやかなフラッシュ・バック。
裸足の足音。
吐息。
マグ・カップをテーブルに置く音。
ジッパーを開く音。
銃声。
両開きの扉。
扉が開く。
コントロール・ルーム。
円柱形の部屋。
卵男の部屋とは違って、天井は平べったい。
壁に並ぶ監視画面。
約、数十。
その下の操作台。
その操作台は星のような小さな光を放っている。
飾り気のないイス。
遊び心とはかけ離れた、整然とした部屋。
エレベーターのすぐ横からはじまる、パノラマの窓。
部屋の約8分の3、縦幅3メートルほどの窓。
「ようこそ。迷いの森へ」
肉声。
森の管理人。
チェシャ猫の内縁の妻。
アリスの母親。
医者の白衣を着た、熟女。
充分な美人。
大人の色気。
「ブルー・ローズ。この森にしか咲かない花・・・そのにおいで思い出したんだよ・・・」
僕は彼女の目を見る。
たくさんの画面を背後に、たたずむ女。
初めてアリスを見た時の違和感。
話しかけた理由。
呼び止めた理由。
本能の察知・・・
アリスに見た、彼女の面影。
「僕らの楽園にも、青いバラがあった。同じにおいのやつが・・・そしてハンプティ・ダンプティが言っていた。ブルー・ローズはここの固有種だと・・・」
クナイの背景。
光に満ちた壁窓。
外の庭園。
そこに咲く、ブルー・ローズ。
「ここはヘルンなんだね?」
「そうだ」
クナイの遺伝子的な母・・・
彼女の面影・・・
「君たちが脱出したあと、大幅な改装がされた」
「そんなに早く木々は育つの?」
「ここの土の養分は異常なんだ」
イカれ帽子屋のお茶会。
ウルフマンがそんなことを言っていたことを思い出した。
「新しいプロジェクト・・・卵男の血液から、最強の兵士を作る研究?」
「そう。そして脳と精神のね」
バニー・ボーイの言葉を思い出す。
「マッド・ハッター・・・」
「そう。彼の専門だ。再生精神や分離精神のね。つまり、魂と呼ばれているものを引き離したり、別の器に入れたりする研究だ」
内容の理解。
動機の不理解。
「・・・なぜそんなことを?」
「スポンサーは女王だ」
理解。
寒気。
「・・・死んだ王子の・・・呼び寄せ?」
「綺麗な器にね」
「本人はすでに骨でしょ?骨に魂は宿るの?」
「器は用意してあるそうだ・・・王子そっくりな少年を」
〝弟は王宮に仕える小姓〟。
嫌な直感。
「まさか十四歳ぐらいの小姓じゃないよね?」
「なぜ知っている?」
「え?」
「誰から聞いた?」
「本当にそんなことをしているの?」
「そうだ。すでに王宮で生身からの離魂は成功しているらしい」
「まさか・・・そんなことが・・・」
驚愕。
理解不能。
拒絶反応。
「狂ってる・・・」
弟との再会を楽しみにしていたバニー・ボーイ。
女王と管理人への嫌悪感。
不快感。
怒り。
「小姓は死んだの?」
「いや・・・魂が側にないと、体が腐ることが分かっている。仮の器に入っているのだろう・・・」
「半不死身になった兵は、死んでからもヘルンに所有され続けるの?」
「ここで生まれた技術とその関連物質は、ここの所有物だ・・・」
「アリスはあなたの所有物?」
「なに?」
「あなたは親の所有物なの?」
沈黙。
肯定?
否定?
図星?
予想外の質問?
答える気配はない。
「なぜ僕たちを作ったんですか?なぜ僕たちは殺されなくちゃいけなかったのですか?」
「脱出させたはずだ」
「脱出してからも命を狙われた」
「なに?」
「知らなかったの?」
沈黙。
「僕たちの存在は罪ですか?」
「そんなことはない」
「否定してくれるのは、肯定すると僕たちを作ったあなたが、罪人になるからですか?」
「・・・違う」
「・・・・・・・・・・・・」
深呼吸。
冷静に。
冷静に。
なるだけ客観的に。
「僕はこれまで、少なくても二回、記憶喪失になりました・・・」
ため息を吐く。
「一度目はマイ・ヒタが行方不明になってから・・・」
フラッシュ・バック。
胎児の姿勢。
赤い絨毯のような血の上のクナイ。
走る。
振り返る。
倒れているマイ・ヒタ・・・
「二度目はキムに会ったあと・・・滝から落ちた時に・・・」
フラッシュ・バック。
白いコウモリ。
白い傘。
滝。
落下・・・
白い闇に叩きつけられる。
衝撃。
おそらく、気絶。
喪失・・・
精神。
仲間。
記憶。
拒絶。
ふた。
管理人の背景。
モニター。
見知った森の住人。
兵士。
走る少女。
白いローブを着た少女だ。
耳鳴り・・・
「でも僕は・・・さっき全てを思い出しましたよ・・・」
なるべく冷静に。
ささやくように。
否定を許さない質問。
「僕の話・・・聞いてくれますか?〝教授〟?」
―ヘルン―




