ヘンゼル and グレーテル
〈ヘンゼル and グレーテル〉
荒い息。
肺が痛い。
せきが詰まり、さらにせき。
うしろを振り返る。
いない。
失速・・・
「「はぁはぁはぁはぁ」」
重なる声。
少年は隣を見る。
倒れこんでいるアリス。
一年中敷かれた落ち葉の上に転がっているアリス。
「何とかまいたみたいね」
「そうだね・・・」
無言。
喋る余裕もない。
近くにあった岩に手を突いて座る。
ヌルリ・・・
「ッ・・・・?」
左手を上げる。
グチャ・・・と、糸を引いて指の間を伝う、半透明なジェル状の何か。
岩が動く。
岩だと思っていた何かが。
「アリス・・・アリス・・・・」
アリスが寝返り。
紫色の瞳がだんだんと見開かれる。
「それ・・・」
プリンス・ページはゆっくりと移動する。
なるだけ相手を刺激しないように。
木の葉と体がすれる音。
アリスは目を見開いたまま、ゆっくりと立ち上がる。
女装少年はうしろを振り向いた。
巨大なカエル。
黒いイボを持った
岩ガエル。
「これってまさか・・・」
「人食いガエルッッ」
二人は走り出した。
カエルの向きと反対の方向へ。
本能が逃げろと叫んでいる。
カエルが向きを変え、大口を開ける。
プリンス・ページはアリスを突き飛ばす。
カエルの赤い舌がしなやかに伸び、無表情な少年の胴体に巻きついた。
バスケットが飛ぶ。
転ぶ少年。
〝うわあああああっっ〟
「うわああああああ」
少年の体がカエルの口の中へと引きずり込まれていく。
「キャアアアアアアッ」
アリスの高い悲鳴。
体が反転。
カエルの顔が見える。
食べられるっ。
死を実感した瞬間―・・・。
切断された舌。
側に人影。
振りかざされた魔法の杖。
真っ白なローブに身を包んだ男。
「アブラカタブ~ラッ」
魔法使いは杖をスイング。
空高く飛んでいく。
二百キロはこえる岩ガエル。
ゴルフボールのように空高く。
「ん~~・・・」
遠い目の上に手をかざす魔法使い。
起き上がろうとする少年。
かけよるアリス。
心配そうに。
立ちはだかる魔法使い。
杖を肩にのせる。
「危なかったねぇ」
渋い声。
フードの中からのぞく、甘いマスク。
「まぁっ、チェシャ猫さんっ」
「ハァイ、myプリンセス・・・と・・・?」
目が合う。
チェシャ猫の眉がひそまる。
すぐに、サディスティックな笑み。
「おやおや・・・可愛らしいお嬢さん・・・・」
まずいっ。バレてるっ。
アリスはチェシャ猫に抱きつく。
「どこに行ってたの?」
「飴がきれちゃってねぇ」
チェシャ猫はアリスを抱きしめる。
頭を撫でながら、少年に視線を送る。
妖しい瞳。
「・・・君はどこに行きたいのかな?連れて行ってあげよう」
「・・・え?」
警戒。
逃げる準備。
手探りでバスケットを片手に。
「myプリンセスを助けてくれたお礼さ。見逃してあげよう」
「・・・・・・」
チェシャ猫はアリスのほほを指先で撫でる。
はにかむアリス。
「色んなお菓子を調達してきたからね」
「どれぐらい?」
「家が作れるくらいさ。ビスケットをレンガにして、ホイップ・クリームでくっつけよう」
「じゃあ板チョコのドアにしてね?」
「窓はステンドグラスにしようか?」
「ほんとに飴がお好きね?」
「あとで分けてあげよう」
「どうせすぐになくなるんでしょう?」
「飴は溶けて消えるものさ」
チェシャ猫は少年を見る。
面白げに目を細める。
「行き先は決まったかな?」
悩んでも仕方ない。
覚悟を決める。
「・・・エッグ・シェルまで・・・」
「お安いご用さ。こちらに来て、来て」
ひるむ。
ためらい。
わずかな警戒。
弾む言葉、軽快。
「早く、早くっ」
近寄る。
彼らの数歩手前まで到着。
「世界はたくさんのかけらでできている・・・」
急なめまい。
景色が歪む。
横に引き伸ばされる画面。
真ん中に圧縮。
水飴になった気分。
わずかな違和感。
立ちくらみ・・・。
「到着♪」
「・・・・・・え?」
気がつくと呆然。
カエルの舌が消失。
いや・・・
落ち葉の絨毯は白いタイルに。
広い空。
木々が遠ざかっている?
いや・・・
ここは・・・
うしろを振り向く。
透明な卵の殻、半分。
巨大なドーム。
目的地。
チェシャ猫は杖を振るう。
「チチン・プイプイ♪」
わずかに増えた
バスケットの重み。
ふたを開ける。
わさわさとかさばる緑色。
「これは・・・?」
「サラダ菜さ。ここの獣はどうしてかそれが嫌いでね。帰り道のお守りをプレゼントだ」
チェシャ猫=雲のように掴み所のない男。
精密な巣を編み上げ、飛び込んでくる虫を待つ蜘蛛を連想させる男。
水飴。
マーブル模様。
渦巻きのイメージ。
「・・・ありがとう」
彼の口元が上がる。
突然、バサリ。
「わ」
白い闇。
頭にかけられた白いローブ。
少年はそれを振り払い、チェシャ猫と少女を見た。
いや・・・
チェシャ猫と少女がいた場所を見た。
「・・・え?」
そこには誰もいない。
風が吹いているだけ。
そよ風が言う。
イタズラっぽい声。
渋く甘い声。
「それもプレゼントだ・・・」
少年は辺りを見渡す。
やはり
二人の姿はどこにもなかった・・・。
―ヘンゼル and グレーテル―




