ヨトギバナシ 五
―翌日―
昼前。
氷菊が障子を開けると、旅人は顔をしかめた。
朝日が目にしみる・・・。
夜の街だけあって、夕べの喧騒が嘘のように静か。
スズメの鳴き声が聞こえる。
「〝おそよう〟ございます」
氷菊の皮肉。
「・・・早いな・・・」
「客より遅く寝て、客より早く起きる。それが売れっ子の当然の秘訣でして」
心地よいだるさ。
髪をかきあげる。
「・・・売れてるんだ?」
「銀猫に向かっていう言葉ですか?」
「銀ネコ?」
「これでもナンバー・ツーでして」
「じゃあワンは〝金ネコ〟か」
「さようで」
開け放たれた障子の向こうから、新鮮な空気。
氷菊は外を見て、目を細める。
「あの時の朝日をおぼえてる・・・?」
「あさひ・・・?」
頭痛。
フラッシュ・バック。
海に映る朝焼け。
にわかに部屋の外が騒がしくなる。
乱暴に階段をあがる音。
何かを叫んでいる。
それを留めようとする声・・・雰囲気。
廊下を進んでくる。
警戒。
怒気と殺気をはらんだ気配が近づいてくる。
とっさに氷菊が寝室のふすまを閉める。
「ここにいろ」
嫌な予感が強まる。
何かが、起こる。
「お待ちをっ・・・どうかお静まり下さいっ」
「うるせぇっっ」
目の前のものではない、別のふすまが乱暴に開く音。
出入り口のふすまだ。
「ひょうぎくっっ」
殺気の乱入。
「おやおや・・・どうなすったんです?そんな物騒なもの持ち出して」
氷菊のひょうひょうとした声。
それに比例して、この場が危険であることを悟る。
「てめぇ、昨日は一日中俺の呼び出しに応じなかったなっ。誰の相手をしてやがったっ?またアイツかっっ?」
「はて・・・何のことです?」
「とぼけるなっっ。てめぇは俺のもんだっっ。買い取りの予約だってしてんだぞっ。なのにてめぇ、他の男にうつつぬかしやがってっっ」
氷菊の冷たい声。
「あなたのお金が溜まるまで、働くな、と?この体で〝おまんま〟食ってるんですよ。それじゃあ、あんまりだ」
「そこに昨日の相手がいるのかっ」
「お客さん、困りますよっ」
店の者の声。
どうやら男にしがみついているようだ。
「うるせえええぇぇぇぇっっっ」
「うわぁ」
若い男の悲鳴。
転倒?
思わず目の前のふすまを開け放つ。
それと同時、氷菊に刀を振り上げた大男が見える。
僕は訓練されたような鮮やかな動きで、銃の引き金を引いている。
一瞬早く、氷菊の足蹴りが刀を宙に飛ばしているが、コントロールが間に合わなかった。
男の頭に穴。
それでも男はゾンビのように旅人に手を伸ばす。
恐るべき執念。
真っ黒な嫉妬の炎を宿した目・・・
氷菊は咄嗟に、刀を拾って男に振り下ろした。
赤い飛沫が天井まで上がり、氷菊の全身を染める。
大男はゆっくりと、床に崩れ落ちた・・・。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
空間の停止。
息をするのも忘れ、
驚愕の表情のまま動かない者たち。
いや。
動けない者たち。
「ぎゃいやあぁぁぁぁぁっっ」
獣のような、雑用係りの少年の悲鳴。
時が動き出す。
氷菊が先手を打つ。
「お役人を呼んどくれっ。それに医者もっ」
弾かれたように走り出す店の者。
腰を抜かして動けない雑用係り。
返り血を浴びた氷菊。
呆然と立ち尽くす旅人―・・・
「逃げろ・・・」
妙に落ち着きはらった氷菊の声。
視線を合わせる。
「今のうちに・・・」
氷菊は引き出しから札束を取り出し、旅人に突き出した。
まだ思考力の戻らない旅人は、それを受け取る。
やっと口が動く。
「・・・一緒に―・・・」
氷菊が苦笑。
今にも泣きそうな笑顔だった。
「行けないよ・・・わたしはもう、長くはないだろうから・・・」
旅人はゆっくりと目を見開いた。
「ヒタが死んだあとから、薬をはじめた・・・この仕事についたのも、もとはそのためさ」
痛々しい、微笑。
「笑っておくれよ」
と言っているような、
孤独を抱く、
闇を知っている者の瞳色・・・。
氷菊はわずかな荷物を押し付けると、
旅人の腕をひっぱり、
障子の外を示した。
瓦屋根の二階部分。
足場。
「行って・・・」
手すりをまたぎ、旅人は振り返る。
思考能力の回復。
自己主張。
「一緒に行こう」
大きくかぶりを振る氷菊。
「・・・生きろっ・・・」
「あっ・・・あっ・・・ひ、人殺しっ・・・人殺しが逃げますっっ」
混乱した少年の叫び。
廊下の死角から複数の足音。
隣家の者達も騒ぎを聞きつけ、道に出てきた。
氷菊が旅人の体をぐいぐいと押し付ける。
「早く行けっ。また閉じ込められたいのかっ・・・」
「でもっ・・・」
旅人の抵抗。
やっとつかみかけた記憶のかけら。
〝家族〟かもしれない存在―・・・。
「昨日の話は嘘だっ・・・からかっただけさっ。早くおいきっ」
からまる腕。
氷菊と旅人の、押し引き。
「わたしは薬のせいで幻を語るっ・・・昔の記憶なんてほとんどないっ」
「なら、なぜかばうっ?」
廊下を走ってくる音。
「ホシはここかっ?」
「行けっっ」
全力で押された旅人の体が、外に傾いた。
フラッシュ・バック。
行くのかい・・・?
マイ・ヒタに会いに行く前のこと。
フラッシュ・バック。
黒い長袖。
赤い髪の隣。
皮肉屋。
朝日。
あの時の朝日をおぼえてる・・・?
部屋に到着する役人。
渋派手な着物が振り返り、旅人を隠す。
傾く視界。
口が勝手に叫ぶ。
「キムっ・・・」
旅人は見た。
驚きに目を見開く氷菊の顔を。
希望のさした目を。
彼の心からの笑顔を―・・・・。
無傷で地面に着地。
すぐさま二階をふりあおぐ。
死角。
氷菊の・・・キムの叫び声。
「山に行けっ。隣街までの近道があるっっ」
「キムっ・・・」
「ちょっと、そこのあんた。何があったんだい?」
振り向く。
道に集まりだした野次馬たち。
店の者に気づかれる。
「おいっ」
旅人は身をひるがえす。
「おいっ、まてっ。人殺しっっ」
驚いた人々。
危機回避能力が使えるようだ。
道が開く。
帽子をかぶりなおし、旅人は騒然となる歓楽街を走り出した。
生きるために。
生きるための、
答えを
手に入れるために・・・
疾走する旅人は、昼の歓楽街、そのどこかへと・・・
姿を消したのだった。
―ヨトギバナシ―
隣街への近道・・・
旅人はこのあと、
白いコウモリに出会うんだね。
なんだか
色んなものがリンクしてるな・・・
次は―・・・・・・
うん?
また・・・?




