表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/103

ヨトギバナシ 四



 隣のふすまを開けると、布団が一組敷かれている。



 若い畳の匂い。

 香の香り。


 掛け布をはがす小さな音。


 旅人はそこに座り、上着を脱ぐ。


 氷菊がふすまを閉めると、部屋が薄暗くなった。


 斜め上からの視線・・・。


 緊張・・・?

 高ぶり・・・?

 感傷・・・?

 刹那、

 切なさ。

 なつかしさ・・・?


 疑問。

 猜疑心。


 しゅるりと着物がはだける。

 しなやかな線が印象的な氷菊の体―・・・。


 蜃気楼?

 幻想?

 逆光。


 静かに、ゆっくりと・・・氷菊が旅人の上にかぶさる。


 ヒザに置かれた片手。

 近づく顔。

 唇・・・

 閉じていく瞳。


 相手の求めているものが、肉体ではないことの直感。


 くちづけ。


 自由。

 解放。

 もしくは束縛。


 肩に添えられた手が、旅人を押し倒してゆく・・・


 背中のふとんの感触。


 他人の体温・・・


 馬乗り。


 肩首の側に、きたえられた氷菊の両腕が置かれる。

 横髪がたれ、その髪先が旅人のほほをくすぐった。


 薄闇の中。

 宴会の音色。

 氷菊の瞳・・・。


 香とタバコのかおりが染み付いている着物。

 もしくは髪。

 もしくは体・・・。

 近すぎて分からない。


 無表情を装う氷菊の瞳から、一粒の涙が落ちた。


 旅人の肩で弾ける。



「・・・やめようか・・・」



 理由なき胸のしめつけと、わずかな罪悪感と、孤独感・・・

 わいてくる・・・

 愛情?

 いや。

 親愛の情・・・

 信頼の情。


 氷菊の、両腕の刺青。


 彼の左腕に触れる。


 人名らしきものが四つ、一列に並んでいる。


 その一番下に Hita の文字。



「〝カーリー〟・・・?」



「そうだよ」


「あの手紙の差出人ですね?」


「・・・・・・・・・死んだよ。〝画家〟のあとを追って・・・」


「画家?」


「ケトゥさ」


 彼の左腕の一番上に、Ketoo という名前が刻まれていた。


 氷菊の体を押しのけ、隣に追いやる。

 腕枕を促すと、素直に頭を乗せてきた。


「・・・・・・・・・・本当に何も覚えていないのか?」



 疑問の胎動。



「僕は・・・誰なんですか?」


 氷菊のまっすぐな視線。

 数秒の沈黙。


 ・・・視線をはずす。



「いや・・・きっと人違いだろう・・・」



 相手の嘘。

 嘘による相手の利益の計算。

 分析。


 結果=やさしい嘘。


 なぜ?

 答え=思いやり?


 氷菊=知人の可能性あり。しかし彼はわたしを思いやり、過去の話をしようとしない・・・。


 おおかた正解だという、根拠のない確信。

 妙な安心感。

 奇妙な信頼感。


 他人からの干渉を避けている。

 一方で、

 それを切に求め、

 必要としている二人・・・。


 同じにおい。

 同じ穴のムジナ。

 同じ闇。

 同じ種類の光を渇望。

 その 理解・・・


「この名前の人たちは・・・あなたのヒタ?」


「ヒタはカーリーだけ」


 氷菊は両腕を、そこに彫られた名前を抱いた。


「わたしの家族さ」


「みんな?」

「みんな」

「きょうだいか何か?」

「繋がっているのは血じゃない・・・」


「その家族は・・・近くに?」


「いいや・・・

 アナスは使命自害・・・

 クナイは殺害・・・

 ケトゥは自殺・・・

 マイ・ヒタはその後追い・・・

 テフは子供を産んだときの合併症で死んだ・・・

 ユア・ヒタは・・・・・・行方不明だ」


 〝君の〟ヒタ? 


「ヒタとはどういう意味?」


 心なしか小声。

 ささやくような。


「対さ。ペア。パートナー」


 顔を上げる。

 彼の〝家族〟の名前。 


「僕かもしれない名前もあるんですか?」


「あるよ」


 仄かな期待。

 わずかな不安。

 限りない渇望。


「・・・・・・・・・見ても?」


 彼が拒否も抵抗もしないので、旅人はゆっくりと、氷菊の腕をなぞった・・・。


 出てきていないのは三つの名前。


「さっきわたしを呼んだ名はありませんね・・・?」


「あれは君にそっくりな子の愛称さ。わたしはずっと、君をそう呼んでいた」


 軽い混乱。

 陶酔。


 酒のせいか

 彼のせいか・・・


「どれが僕の名前なんですか・・・?」


 からまる視線。

 ニヒルな笑み。

 淡い胸の痛み。

 残酷な愛情。


 腕の重みが移動。

 氷菊は視線をそらし、目をつぶった・・・


 たぬき寝入り。


 どうやら〝答え〟をくれる気はないらしい。


 その額に額をコツンと当てる。

 まぶたに軽くキス。


 旅人はしかたなく、眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ