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ヨトギバナシ 参



 氷菊の口調が変わったことに気づく。

 

 頭の中のザワザワと、胸の中がザワザワとしてくる。


 なぜ・・・


 この男とは、以前・・・どこかで―・・・


「どこに・・・って?」


「〝あれから〟だよ」

「・・・あれから・・・?」


「・・・・・・」


 氷菊は苦痛に耐えるような目で、切なそうに、旅人を見つめた。


「  」


 誰かの名前。


「・・・え・・・・・・?」


 氷菊は薄く開いた口を閉じ、

 視線を落とした。


 黒うるしの小箱の引き出しを引き、紙を取り出す。

 どうやら手紙のようだ。

 指にはさんだそれを、旅人に差し出す。


 受け取る。


 観察・・・。


 何度も何度も広げ、丁寧に折りたたんだ気配。


 ・・・・・・手紙を開ける。


 〈パズル〉


 と言う題名のついたポエムと、遺書めいた内容。


 差出人=ヒタ。

 宛先人=ヒタ。


「・・・自分で自分に?」



 氷菊からの観察。



「見覚えは・・・?」



 当惑。



「・・・・・・・・・・・・わからない・・・」



 本心。



「僕は・・・記憶喪失なんです。自分の名前も・・・過去の全てを・・・」


「・・・失った?」


「・・・・・・はい」


 旅人は氷菊を見つめた。

 渋派手な羽織。

 手入れの行き届いた髪。

 扇子を広げ、自分を扇ぐ。

 うねる龍の柄・・・


 刺すような頭痛。

 思わず顔をしかめる。

 数秒で止む。


 疾風、飛翔。

 

 目の前でキャッチ。


 扇子だ・・・。


「君は・・・片目が悪いんだね・・・?」



「僕のこと・・・・・・何か・・・・・・・・・知っているんですか?」


 沈黙。

 ためらいが見て取れる。


 思考。

 計算?

 高速分析。


「・・・・・・・・・・わからないな・・・」


 氷菊は苦笑した。


「何て言ったらいいのか・・・わからない・・・」


 雑用係りの少年が料理を運んでくる。

 ・・・さがる。


「召し上がれ?」


 久しぶりのまともな食事が目の前に。


 毒物的なものの混入・・・

 可能性=なきにしもあらず。

 背に腹はかえられない。



 〝何のために生き延びる・・・?〟



 理由=・・・不明。


 死にたくないから と 生きるために生きる は、イコール?


 心境=どうでもいい。


 殺されたくはない。

 死ななければラッキー。

 僕の中で、死ぬ、イコール怖い、ではない。


 食事と酒をいただく。

 金はない。


 料金の〝かわり〟の要求確率=かなり高し。


 覚悟を決める。


 趣味ではないが・・・

 背に腹はかえられない。



「マイ・ヒタ・・・」



 氷菊のつぶやき。


 疑問。


「ヒタ、とは・・・?」


「カーリーさ」


 それ以上氷菊が説明しようとしないので、旅人は食事を続けた。



 座敷の方から、宴会の喧騒が聞こえる。

 氷菊は障子を開け、その下の段に座る。


 ・・・三日月。


 一夜の幻想に溺れる男達を、高みの見物。

 毎夜続く現実を生きる女達を、皮肉に笑っているような姿。


 そう見えるのは、わたしの心が歪み、しおれているからなのか?

 それでも闇に浮かぶあの月を見て感傷できるわたしはまだ、

 少しばかり余裕があるのだろうかね・・・?



 氷菊はまた、片ヒザを立てて座っている。



 クセ、なのかな・・・?



「・・・僕を知っているんですか?」



 氷菊が振り向く。

 横髪がゆれる。



「添い寝しえくれたら答えてあげよう」


 見つめ合う。


「・・・いいですよ・・・」


 からかうような態度の氷菊の方が、意外そうに瞬いた。


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