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イカレ帽子屋


 〈イカレ帽子屋〉



 レンガの道。

 

 緑の垣根の塀。

 その内側。


 人の気配。

 背の低い塀の内側に視線を送る。


「あら、またお客さんね?」


「誰だい?」


 柵の内側には、大きなテーブル。

 白いテーブルクロス。

 その上には二人分のお茶セット。

 小さな塔みたいな食器に、スコーンやクッキー、ミニケーキがのっている。


 もたれ背の長いイスに行儀の悪い座り方をしている人物。

 その側には大量のメモ用紙と本。

 カラフルな液体の入った試験管たちと、スポイト、ビーカー・・・。


 座っている方の人物が、僕の死角に向かって言う。


「さぁ?誰かしら?見たことないわ・・・兵隊さんじゃない?」

「おかしいな・・・約束の時間にはまだ早いぞ?」


 テーブルの向こう側で、ウサギの耳が動いている。


「いえ・・・僕は通りすがりです。塔に行きたいんですが・・・」


 ひょっこり、とウサギの耳を頭につけた人間が顔を出した。


「・・・お急ぎですか?」


「いえ・・・」


「ではお入りなさいな」


 誘われたので入ってみる。

 テーブルで隠れていた場所には、ガーデニングされた植木鉢と、野菜畑。

 ニンジン、紫キャベツ、トマト、さやえんどう、かぼちゃ。

 アフロヘアーの人間が埋まってる、みたいな緑は、巨大なブロッコリーだった。


 ウサギの耳をつけた二十代半ばの人物が言う。


「今日は千客万来だ」

「まったくね」


 座っていた人物は立ち上がると、読んでいた本を閉じた。

 表紙のタイトルは『薬草学』。


「お茶はいかが?」

「え?あぁ・・・」


 答える前に、すでに準備にとりかかっている。


 細長い道化師帽。

 山吹色で、服もそれに合わせた派手なスーツだ。


「お好きな席にどうぞ」


 ウサギ耳。

 

 たれ目。

 気だるげな印象。

 セクシー。

 もしくは眠そう。

 目の下に泣きぼくろ。


 僕は出口に近い席、左側に座る。


「あの、ここは・・・?」


「ぼくの家」


 ウサギ耳が言う。


「他の人はみんな、イカレ帽子屋って言うけどね」


 ウサギ耳はカゴに入ったニンジンを、室内に持って行く。


「俺はここのお客さん。半分はイソウロウかな?通り名は〝狼男〟もしくは〝狼人間〟よ」


 十代後半か、二十代前半。

 鼻筋の通った、少し危険な香りのする男。

 なまめかしい、そして若さゆえの野性味ある色気が漂っている。


「あなたは・・・見たところ旅人じみているけど・・・?」


「ええ」


「お名前は?」


「・・・・・・・・・・・・・・アリス」

「アリス?」

「ええ」


「寄寓。俺の知り合いにも同じ名前の子がいるわ・・・アリスって・・・女の名前じゃないの?」 


 確かに。

 咄嗟のウソ。

 後悔。

 ウソの上塗り。


「親が女の子が欲しかったんだよ」


 苦しまぎれ。


「ああ・・・〝バニー・ボーイ〟もそうなんだよ」


 納得しちゃったよ・・・。


「さっきのウサギ耳の?」

「そう。ただの〝バニー〟の方が呼ばれるのは多いね。ここの店主に拾われたのさ。その時はもう、あんな喋り方だったね」


「君に言われたくないよ。狼男ウルフマン


 室内からバニーが戻って来る。


 狼男はティーポットから琥珀色の液体をカップにそそいだ。

 湯気が出ているカップを僕へと差し出す。


「お砂糖は?」

「じゃあひとつ」

「俺にも新しいの入れて欲しいな」


 バニーは僕の斜め向かいに座った。


「素敵な帽子だね?〝ひしゃげ帽〟さん?」

「チェシャ猫さんにも同じ風に呼ばれたよ」

「ああ」


 バニーは笑う。


「彼はここの店主の息子だからね。帽子には敏感なんだよ」

「・・・チェシャ猫さんが?」

「そ。いつもフラフラ放浪しては、いつの間にか戻って来る。神出鬼没だよ」


 狼男は言った。


「だから俺達の仕事が増える」


「しかたないさ。置いてもらってる身だし・・・それにここにいれば、時々は弟に会える」



 どうやらアリスとティー・パーティーをしたのは、さきほどの彼、チェシャ猫。


 店の名前からの印象だろうか?

 何故か、ここはどこかしら、誰もがイカレているように思えてきた・・・。


                                              



  ―イカレ帽子屋―     

 


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