表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/103

チェシャ猫



 〈チェシャ猫〉



 やがて二股の道があらわれる。

 塔の頭すら、今は鬱蒼とした木々に隠れて見えない。


「どちらに行くんです?”ひしゃげ帽”さん?」


 二股の道の真ん中にはえている大きな木が、そう言った。


 近づいてみると、木の枝の上に男が一人、寝そべっていた。

 僕より年上の、背の高い中年男。

 甘いマスクと渋い声。

 若い頃は・・・いや。今でも十分、モテることだろう。

 紫と藤色の横縞帽子をかぶっていなければ、もっとモテるだろうに。


「こんなヘンピな所までお散歩かな?”ひしゃげ帽”さん?」


 僕の帽子は、改造されたカウボウ―イ・ハットだ。

 まっすぐかぶっていてもツバが斜めにひしゃげている。

 どうやら僕は、片目の視力だけが極端に弱いようだ。


「いえ、塔に行きたいんですが・・・」

「塔?塔ならあそこさ」


 男は舐めていた棒飴で左を指した。

 丸く平べったい、緑とピンクの渦巻き柄の飴だ。


「どうも」


 左の道へ進もうとする。


「君はどこへ行きたいんだい?」


 立ち止まって木の枝の上の、男を見上げる。


「塔に行って、それから、さ・・・」


「あなたは・・・塔の管理人さんを知っていますか?」

「知っているとも。この森の住人はみんな知り合いさ。広くて狭い世界だからね」


「ここは・・・どこなんです?」


 男は木の枝からぶらりと足を投げ出した。


「迷いの森、分岐路」


「いえ・・・そうじゃなくて・・・この森はどこにあるんですか?」

「〝ここ〟にあるさ」

「いえ・・・地図を見たんですけど、《迷いの森》なんて場所はありませんでした。それは住人の通称ですか?」

「森はそこにあるだけ。名前を付けて呼ぶのはいつも、そこにいる人間か、そこにいない人間だけだ」


「・・・はぁ・・・」


 意味が分からない。


「あなたはこの森の住人なんですよね?どうしてここに?どうやって出入りを?」

「僕は半分ここの住人で、半分は客だ。愛しき者のためにここに来て、出入り口から出ていく」

「出入り口が?」

「もちろん。君は蓋をしたまま中身を出し入れできるかね?」

「できませんね・・・」

「そうとも」


 なんだか人を喰ったような喋り方だ。

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・ん?


「前にどこかでお会いしたことがありませんか?」

「さてねぇ?」


 男は僕をまじまじと見つめる。

 初めて気づく。

 紫色の瞳だ。


「〝会う〟ということをどう定義するか・・・それによっても色々と答えは変わるが・・・君の〝会う〟という認識が直接的会話を意味しているなら、答えは『NO』だ」


 哲学的というか、ヘリクツめいていると言うか。


「あなたを見ているとどうしてか、会ったことがある気がしてくるんです・・・お名前をお聞きしても?」

「チェシャ猫と呼ばれているね」

「じゃあ・・・さっきアリスという少女もここを通ったんですね」

「Myプリンセスか」

「え・・・?彼女は花畑にいる少女と姉妹なんですか?」

「いいや?花畑に誰がいたのかは知らないが、君がアリスと呼ぶ娘は一人っ子さ」

「花畑にいた少女も、自分を姫だと・・・」

「名前とは個人を識別する、またおのれを表現する単語でしかない。例えわたしが〝チェシャ猫〟と誰に呼ばれようとも、例えわたしが『自分は王様だ』と言ったところで、わたしがわたし以外の誰かになるなんてありえないのだよ・・・おわかりかね?」


「・・・・・・・いいお話ですね・・・」


「そうかね」

「はい。感動しました」

「それはよかった」

「ええ・・・では、僕はこれで・・・さようなら〝チェシャ猫〟さん」


 少し帽子を上げて挨拶する。


「ああ・・・またいつか」


 僕はチェシャ猫の最後の呟きを聞くことなく、左の道を進んだ。


 チェシャ猫は軽やかに地面に着地すると、帽子を指先でくるくると回しながら言った。


「近いうちに会えると思うよ・・・〝ひしゃげ帽〟君・・・」

 そしてチェシャ猫は右の道へと消えていった。

                                                  




―チェシャ猫―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ