蝙蝠 bad umbrella 傘 02
「わたしはみなが止めるのも聞かず、外に出るようになりました。昼間に、ひとりで・・・わたしの知らない世界でした。そして夜におびえる人間でなく、太陽の下で笑っている人間を見ました」
白い目を細める。
「かれらに、『人間』と言うもの以外に、別々に名前があるのを知った時、わたしにも自分の名前が欲しい、と思いました。人間に憧れ、人間の鳴き声を真似するようになると、体も大きく、人間に似ていきました・・・」
「あなたは・・・人間とコウモリを半分づつ持っているのですね?狼男や吸血鬼のように?」
「ええ、おそらくは・・・しかし、やはりわたしは何者でもないのです。『裏切り者』を裏切った、というヤツもいますがね。わたしは誰を裏切ったわけじゃない。最初から『同じ』仲間がいなかったんだから」
「考え方が『似ている』仲間はいなかったんですか?」
「『似ている』ということは、つまり『同じではない』という意味なんですよ」
「ひとりは寂しくないですか?」
「あなたはサビシイのですか?」
「どうやらあなたとわたしは『同じじゃない』ようだ」
「けれど、どうして『似ている』と情がわくのでしょうね?」
「さぁ・・・?同じ部分があるからいいのか、自分にはない部分があるからいいのか・・・もしくはその逆」
「似ていると、妙に相手を不快に思うこともある」
洞窟の中から、羽音がしてくる。
白いコウモリは闇の中を見つめた。
「そろそろ出てくる時間だ・・・さぁ、行きましょうか」
「あの世へ?」
「行きたいんですか?」
「できればもう少し先がいいな」
「ならば隣街に行ってからでも遅くはない」
「・・・じゃあ」
「ええ。どうやら気に入られたようですよ」
「それはよかった」
「荷物を持って。靴紐を結びなおした方がいい。洞窟に入ったら、まっすぐ、ただまっすぐ走りなさい。わたしが守りましょう」
少年の姿をしたコウモリは大きな羽を広げ、ふわりと浮いた。
旅人の背中に回り、その首に細い腕をからめる。
ギザギザの羽が旅人を包み、旅人の視界をせばめる。
純白の盾。
前から見ると、旅人から羽がはえたようだ。
旅人は、両手を使わない傘をさしているような気分になった。
耳元から少年の声がした。
「決して後ろを振り返ってはいけない」
「なぜ?」
「約束です。隣街が見えるまで走って下さい」
「・・・・・・・・・分かりました」
「行きましょう・・・」
夜がやって来る。
洞窟から不気味な気配が溢れて来る。
破裂する。
「さぁっっ」
旅人が走り出したのと同時に、コウモリが洞窟から噴き出して来た。
数え切れないほどの、周りに飛び交う黒い影達。
闇が悪意を飛ばしているかのような襲撃。
大音量の羽音と、悲鳴みたいな笑い声。
白い盾に、何かがぶつかる音が絶えない。
松明を掲げているが、明かりは手を伸ばす分しかない。
本能的な、闇への恐怖。
足元の石に気づかず、転ぶ。
「立ってっ」
急降下。
超低空飛行の夜の傀儡が、体に纏わりついてくる。
痛み。
旅人は悲鳴をあげる。
「立ってっ」
脇に腕を差し入れ、ぐいっと持ち上げられる。
闇が襲って来る。
松明をめちゃくちゃに振り回しながら立ち上がり、走り出す。
じわじわと痛みが広がる。
どこかケガをしたらしいが、かまわずに走る。
上り坂が見えてきた。
「走ってっ」
背中の温もりを感じながら、旅人は走り続けた。
どしゃぶりの雨が、傘を叩くような音が煩い。
恐怖と興奮で、走ること以外何も考えられない。
「走ってっ」
前から来るコウモリ達を松明で威嚇しながら、進み続ける。
大きなカーブ。
目の前に鍾乳洞が現れ、頭をぶつけそうになる。
「出口はすぐそこだっ」
いつの間にかコウモリの姿は減り、羽音とは違った、轟音が聞こえてくる。
「あの音はっ?」
「滝だっ」
月光を浴びて銀色に光る、黒き壁。
滝に向かって走り続ける。
「飛べっ」
「えっ?」
旅人は思わず振り返りそうになった。
「振り返るなっ」
「滝壺はどれぐらいの深さなんだっ?」
「いいから飛ぶんだっ」
どん、と背中を押される。
旅人はつんのめり、そのまま黒い壁の向こう側へ、水飛沫を残して消えた。
「さよなら、旅人さん・・・」
白いコウモリはため息を吐いた。
その場に倒れると、ボロボロに裂けた赤黒い羽が震える。
白い肌も、髪も、どろどろに汚れている。
「どうして助けた?」
背後からの声。
闇の中に溶けて、その姿は見えない。
もしくは、その闇全体が一つの意思だった。
「さぁ・・・どうしてだろうねぇ・・・」
強がっているのか、その声はひょうひょうとしている。
「あの人間に上手いこと利用されたか」
「いいや・・・これはわたしの意思だ。わたしだけの」
白いコウモリは滝を見つめ、そして苦笑した。
「わたしは誰にも属さないのさ」
「そうか・・・残念だよ」
白きコウモリは動かなかった。
それは旅人にだったのか。
かつての仲間にだったのか。
それとも、自分にだったのか。
白きコウモリは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「さようなら」
水溜りに転がっていた松明の火が消える。
白い体はいつの間にか、闇の中に消え去っていた。
―蝙蝠 bad umbrella 傘―




