木陰(モア)06
私はふと、空を見上げる。
星々がこちらを見つめている・・・
いや。
それはこちらの方か・・・
亀裂の入った大きな月の横に、大小の欠片が寄り添っている。
有名な 『双子月』。
似ている形の欠片が対で並んでいて、神話では、月神が一人で産み落とした男女の双子。
その二人は、(今の倫理上考えられないことだが)恋人同士だ。
他の小粒な欠片達も、双子のきょうだいや子供として神話に登場している。
黒い皿の上で叩き砕いたビスケットのように、無数の粉にしか見えないもの全てが、月の一部だ。
清らかな魔性の魅力を放つ月の横、
そしてその近くに・・・青白い星が見えた。
水に満ちた星だと聞くが―・・・
いや。
海水だったか。
私は実際に『海』というものを見たことがない。
彼女も、この世界に住む誰一人として、海を見たことがある人物はいなかった。
どうして塩辛い水の中に生命があるのかは家庭教師に教わった気もするが・・・
忘れてしまった。
人型の電子映像に、生命がどうの、道徳がどうの、と言われるのは好きじゃなかった。
だから、アレが私達の先祖がすんでいた星だ、という以外、ほとんど何も知らない。
向こうの言葉で・・・何と言う名だったか・・・
『ティヌウ』
『キキュー』
『アートゥ』?
うぅん・・・舌が回らない。
あの星の言葉は難しい・・・。
近いうち、この人工星船から派遣船員を選ぶらしい。
政府からの通知が来たら私も召喚されることに―・・・
いや・・・
悪あがきはやめよう。
もう決定したことだ。
それなりの階級を持っている者は、視察派遣で体力仕事は免除されるが、脳内情報感知システム『ケルビナー』が導入された今では、虚弱体質というだけで派遣拒否の理由にはならない。
もちろん『ケルビナー』は戦闘機にも積まれているので、私も緊急時には最新改造されたアレの操縦をして、戦わなくてはならない。
脳内戦闘訓練は成人した男の義務であるし、私も一年前に兵役から戻ってきたばかりだ。
王族筋の親戚も参加する再移住計画を断れば、我が家の評判は地の底どころか、宇宙に投げ出されてしまう。
少なくとも四年は帰ってこれないし、脳に後遺症を残す者もいる危険な旅だ。
訓練中に赤い涙を流しながらもんどりうって、失明した酒飲み仲間。
気絶したまま未だに目をさまさない甥・・・。
そのかわり、功績をあげれば階級が上がる。
家族に莫大な生活援助金が出る。
それゆえに、危険性を知らされていない一般階級の志願者はあとを絶たないという・・・。
どうして彼女は、このタイミングで指輪をくれたのだろう?
偶然か?
それとも、どこからか召喚命令が下ったことを聞いたのだろうか?
しかし・・・
もう、
怖くはない。
彼女の気持ちは分かった。
私はポケットの中から赤いリボンを引き出した。
指にからませ、
ギュッと握りしめ、
細い息をゆっくりと吐く・・・
体の力を抜く。
姿勢を正す。
私はきっと、このリボンを彼女にプレゼントするだろう。
彼女の小指にリボンを巻きながら、
そして照れくさそうに、
将来を約束する言葉をささやくだろう。
ずっと、
ずっと言えなかった・・・
あの愛の言葉を―・・・
私は妙におだやかな気分で、彼女のあとを追った。
灯りはアジサイに隠れて届かないが、彼女の後姿は淡く発光している。
私は恋人の名を呼んだ。
青紫色の花に触れる彼女の指は白く、細い。
彼女はこちらの声に気づき、振り向いて微笑。
私も思わず微笑み返し、
そして、
薄闇の中を、歩き出した。
ー木陰 (モア)ー




