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木陰(モア)04

 

 恋人の家は、格が高いが財産がない。

 私の家は、財産はそれなりに持っているが、中流とも言いがたい貴族の端くれ。

 恋人の家名が欲しいがために、恥も知らずに求婚する者や、見合いを申し出てくる者はあとを絶たない。

 私が本当の気持ちを言えずにいるのは、私もそういう人間だと思われなくないからだ。


 恋人に結婚願望がないことを知っているなら尚更、プロポーズなんてとんでもない。


 中庭にある薄桃色のつぼみが開きだした春頃―。

 一流の家から見合いの話が来て、恋人がそれを断った数日後のこと・・・。

 例の長椅子に足を組んで座り、

「金なんてこれ以上いらん。一生こうやって暮らせればいい・・・」

 と、遠い目でどこかを見つめていた恋人の横顔が思い出される。



 はぁ・・・

 胸が苦しくなってきた・・・。



「行こう」

 恋人はあごで屋内を示す。

「ああ、うん・・・」

 さっさと歩き出していた恋人は急に立ち止まると、振り返って私の瞳を覗き込んだ。

 恋人の澄んだ瞳の中に、私の顔が映っている。

 吸い込まれそう。

 いや・・・吸い込まれたい。

 ドキドキしながらも、何気ないふりをして聞く。

「なに・・・?」

 

 ふと、恋人の手が私のほほに触れる。


「顔色が悪い」

「何でもないよ」

「何でもなくない。何か冷たいものを用意させよう」


 こういう事にはすぐに気づくのに、どうして私の気持ちには気づかないのだろう?

 それとも気づいていて、知らないふりをされているのだろうか・・・?


 恋人の眉間が、困惑と心配で真ん中に寄っている。

「わたしのせいか」

「違うよ。私が虚弱だから・・・」


 恋人の部屋に入ると、使用人が冷たいお茶と甘さ控えめの茶菓子を持って来た。

 見た目が愛らしい。

 恋人は以外と甘党で、食器や小物にはこだわっている。


 開け放たれた大きな窓から、心地よい風がふわりと入って来た。

 明るい場所だと神経に障るので、部屋は薄暗いままにしてもらった。

 まだ昼なので、視野は広い。


 茶を飲みながらしばらくゆったりしていると、具合も良くなってきた。

「顔色がよくなってきたな」

「うん。だいぶ落ち着いた」

「そうか・・・」

「気にしてるの?」

「少し・・・」


 家柄が低いうえに虚弱・・・・・・どうにかならんのか、私の体よ。


「それで、今日はどうした」

「別に・・・何となく・・・」

「ふぅん?」


 ふぅん?何て素っ気無い!

 相槌を打つにも、もうちょといい感じのものがあるだろうに。


 恋人はため息を吐き、組んでいた足を直した。

「まぁ、いいや。ちょうど渡したい物があったんだ」

「渡したい物?」

 恋人は席を立つと別の部屋へと消え、少しすると小箱を持って戻って来た。

「少し早いけど、どうせ手元にいくんだ。問題ないな?」

 恋人は上流貴族なので、よく言えば鷹揚、悪く言えばえらそうなしゃべり方をする。

 渡された長方形の箱と恋人の顔を交互に見た。

「もしかして、誕生日の・・・?」

「それ以外に何が?」

 恋人は向かいに座り直した。

 誕生日が過ぎてから花などが贈られて来ることはあったが、まさか事前にもらえるような日が来ようとは!

 夢には見ても、現実に起こるなんて思わなかった。

 これは夢かもしれない・・・。

「開けても・・・?」

「それは自由だ」

 ならば勝手に開けることにする。

 それにさっき訂正し忘れたが、問題があるかないかは私の判断だろう。

 ・・・・・・まぁ、結果的に何の問題もないのだから、口に出すのはやめてあげよう。

 私はリボンをほどきながらそんなことを考え、蓋を開けた。


 中に入っているのは、クッション材に埋まる風鈴だった。

 どうやら特別に注文した品のようで、傘の部分はワイングラスを逆さまにしたような形だ。

 幾何学模様を描く金色の枠に、擦りガラスのステンドグラスがはまっっている。

 傘の中にある金属の鎖から、蝶が垂れていた。


 優雅だ。


「本物は紙を付けるんだろう?こう―・・・長方形の?」

 恋人は短冊形のジェスチャーをする。

「そう。よく覚えてたね」

「旧型の船の帆みたいな役割なのか?」

「風を受ける、という点では間違っていないだろうけど・・・カザミドリ、的なものかなぁ?」

「あいまいだな」

「近くにありすぎて、深く考えたことなんてなかったんだよ」

 風鈴の頭の突起を持ち上げると、チリリンと涼しげな音が鳴った。


 小さい頃は夏になると、どこからか聞こえてきたものだ・・・。


 セミの鳴き声まで窓の外から聞こえてくるような気がしたが、残念ながらこの国にはセミが生息していない。

 恋人も標本しか見たことがないそうで、あの夏の報せを知らない。

 異国に来て、セミの生息地域が母国だけであるということを知り、驚いたことを思い出す。

 今では母国語の方がカタコトに訛ってしまっているのに気づいて、微笑。


「なつかしいなぁ・・・」


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