悪人
新しい街についた旅人の私は、露店や屋台が立ち並ぶ、賑やかな通りを歩いていた。
多くの人でごった返していて、暑苦しいが活気がある。
私はこういった、旅情を感じる素朴な風景が好きだ。
「このクソガキ……! おい、泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!」
そのとき、屋台にいっぱいのりんごを積んで売っていた、露天商の男が叫ぶ。
屋台の方からは、一人の少年がするすると雑踏をくぐり抜け、こちらへと走ってくるのが見えた。
年の頃は、十にも満たないぐらいか。
薄汚れた格好をしていて、衣服も襤褸である。
少年は腹を出し、服のすそを持ち上げたものを袋代わりにして、たくさんのりんごを運んでいた。
「どけよ! 邪魔だおっさん!」
少年は私をよけて、その横を通りすぎようとする。
私はとっさに少年の腕をつかんで、彼を引きとめた。
少年は私に捕まり、たくさんのりんごが地面に転がり落ちた。
「何すんだよ、おっさん! 放せよ!」
少年は暴れ、わめく。
私は少年の腕をつかんだまま、彼に質問する。
「少年、どうしてりんごを盗んだりしたんだ」
「食うもんがねぇからに決まってんだろ! 妹が病気なんだ! いいもん食わせてやらねぇと……!」
「親はどうした」
「そんなもんいねぇよ! 俺が捕まったら妹が……! 放せっつってんだろ!」
「なるほど」
そこにりんご売りの男がやってきた。
男は私に頭を下げる。
「ありがとう旅の人、助かったよ。──おらクソガキ、こっちに来い! 売り物のりんごをこんなにしやがって。ただじゃおかねぇ」
「待ってくれ店主。このりんごの代金は、私が払おう。ここは私に免じて、この子を見逃してやってはくれないか」
私は男に、りんごの代金より多めの銀貨を手渡した。
男は目を丸くして、次には「へぇ、旦那がそう言うなら」と引き下がって、屋台の方へと戻っていった。
私は地面に落ちたりんごを拾いつつ、少年に言う。
「少年、キミに事情があるのは分かった。だが盗みは悪いことだ。金輪際、こんなことはするんじゃないぞ」
私はそう言って、少年にりんごを渡してやる。
だが少年は、私を睨みつけてきた。
「はあ? バカじゃねぇの!? じゃあ俺たちに、飢えて死ねって言うのかよ!」
「…………」
どうやらこの少年は、私に助けてもらった恩を分かっていないらしい。
少々腹が立ったが、私も大人だ。
ひとまず我慢して、優しく諭してやることにした。
「盗みなんてせずに、まっとうな仕事をしてお金を稼ぎなさい」
「そんなもんねぇよバカ! 俺みたいなスラムのガキを雇ってくれるやつなんかいるもんか!」
「チッ……。だったら妹の体を風俗で売るなり何なり、いくらでもやりようはあるだろう。人生はつらく苦しいことだってある。逃げていてはダメだ」
「……っ! ふざけんなクソが! あんたたち大人は、いつもそうやって──」
「そろそろ聞き分けなさい。温厚な私も怒るぞ」
私は少年を殴り、倒れたところで、腹に思いきり蹴りを入れた。
少年は胃液をげぇげぇと吐き出しながら、芋虫のようになってもだえ苦しんだ。
「……やれやれ。子供だろうと、悪事を働くやつはやはりダメだな。性根が腐っている」
私は少年を見なかったことにして、その場から立ち去った。
世の中を良くするというのは、斯様に難しいものである。