<1-4>1度目は偶然、2度目も偶然、3度目以降は必然
あれから1日が早くも経過していた、僕の能力の技術は相変わらずだ、未だ何も見ずに既製品のぬいぐるみを作るのは至難の業であった。何度も何度も、同じような日々を重ねて1週間が経とうとしている。僕はあの夢では何も会得していなかった、そう実感させられる1週間であり、偉大なる進歩が出来た1週間でもあった。
1週間という時間はかかってしまったが、何種類ものぬいぐるみをきれいな状態で作ることができるようになった。
自分の課題点を見つけ、次に生かし、できたところはしっかり伸ばす、それの繰り返し作業の賜物である。
「おお……。出来た、出来たよ!」
僕は感動してそんな声を上げた。
これでようやく、能力の基礎力の底上げになったことだろう、僕は安堵の表情を浮かべて後ろに倒れた。
「お疲れ様、一つ言いたいことがあるとするなら、遅すぎ。とだけ言っておくかな? それでも頑張ったからね、偉い偉い」
一瞬、春花の顔が険しくなったように見えたが、気の所為だろう春花は優しい顔で横になった僕の頭を持ち上げて、膝枕の状態で僕の頭を撫でた。
「試験まであと、約3週間。明日から高校が開始して練習の時間は格段に減る。だからねコーマ、あとたった3週間しかないのよ?」
言っていることは確かに鬼だった。
こんなことをしている場合ではない、と僕は立ち上がろうとする。
「あれ? 私の膝枕そんなに嫌だった?」
だが、春花は僕の頭を押さえつけ、そうとても悲しそうに告げた。いや、そんなことあるわけないだろ! と心から僕は告げた、本心からの言葉は意外と伝わるものだ。すぐに機嫌をなおして偉い偉い。と頭を撫でる春花の名前を僕は呼んだ。
「どうしたの? コーマ」
「付与魔術ってのは分かる、エンチャントのことだから。だけど、死霊術ってなんだ?」
ずっと前から思っていた些細な質問を投げかけた。
ぬいぐるみのことで1週間頭がいっぱいになっていたが、今はそれが晴れてそんなことを聞けるようになれた。
「死霊術っていうのは、簡単に彼らを操る力? とでも言うのかな? 本当は〝魂や精神を操る能力〟なんだけれど、そのおかげで私とコーマは一緒にいる訳だし」
「どういうことだ?」
「私とコーマの魂を縫いつけたの。ぎゅっぎゅって。だから、私たちはそれほど遠くまでは行けないの。たとえどちらが死のうが生きようが。
つまりは、魂や精神に対してどのような処置もできる。潰すことも繋げることも、魂そのものに命令したりもできる。」
「幽霊なんかがいる中でその能力ってあまりに強すぎるんじゃないか? 幽霊が居なくともだけど」
それはつまり、なんの動作もなく洗脳ができるということと同義であるだろうから。
「生者に関しては、魂に触れなきゃダメだから、よっぽど親しい人物しか能力は行使できないし、幽霊に対しても気性の荒い幽霊なんかには使えないし、大量には操れないの、だから私とコーマの魂を繋げたこと以外にその能力は使ったことがないかな? 私、温厚派の葬儀屋だったのもあるし」
強い能力である分、能力に制限がかかっているのだろうか? 僕はそうは思わなかった。きっとそれは春花の深層心理がかけた制限だ、昔から優しいお姉ちゃんのような存在だったから分かる。イメージ力は深層心理がロックする。つまりは〝心からやりたくないことは行えない〟ということなのだろう。何故か微笑ましい。
「そういえば春花、匂いもしっかりあるんだな。いいにおいだよ」
スンスンと、鼻をひくつかせて僕はそう言った。
「な、な、な、な、なっ!」
「ど、どうした、春花?」
まるで、それは予想外だった。とでも言うかのような表情、そして一気に春花の顔が真っ赤になり、僕をそのままにして後ろに後ずさりした。僕は重力にさからえず頭を打ったが、大したことは無い、頭をさすって立ち上がる。
「ま、ま、待って。コーマ、私匂いは発しないようにしたはずなんだけどなぁ!?」
――深層心理。
それが能力に制限をかけているのだとしたら。
「そんなことできるのか?」
「できるんだよ! 能力で! 私に関することをいじることができるんだよ!」
「それって……」
――春花は明らかに嘘をついていた。
今ではない、少し前。確かあの時春花は
〝私とコーマの魂を繋げること以外にその能力を使ったことがない〟
と言っていた。
だが、どうだろうか。ぬいぐるみを作る能力で匂いを発さないようにできるだろうか? 否だ。エンチャントではどうだ?
消臭効果のバフなんかはできそうではあるが、春花が言うには〝匂いは発しないようにした〟とのこと。つまり、エンチャントでは無い。
そもそも、消去法で考えなくともわかる。たった一つ、それが簡単に成し得る能力がある。
「死霊術で魂のデータを書き換えたな?」
あくまで仮説ではあったが、〝深層心理が制限をかけている〟のだとすれば、〝深層心理が能力を使う〟ことも可能であるわけで、それは今の一件と夢の一件で証明可能だろう。
と、なればだ。僕が、匂いを嗅ぎたい。少し変態的に感じるがそう思ったのならば、心の底から願ったのならば、その能力は解除される、何にせよ〝2人で1人〟なのだから。
春花が実行した能力は僕にでも解除できる。
「そ、そうです……。」
しょぼんと、春花は丸くなる。
そして春花は自分の匂いをくんくんと嗅ぐ。
春花にとって、〝能力の解除〟は予想のできない出来事である、そして〝能力が解除されない〟と確信していた。それが春花を油断させてしまっていた、それゆえ匂いは確実に春花の匂いであることは間違いようのない事実であった。乙女が廃れるのを犠牲に〝完全無臭〟を手に入れた春花は、匂いについて考えることもなかった。
それゆえに春花は涙を流した。
僕は思考を巡らせた。
〝魂が肉体そのものを構成している〟のであれば、だ。
今のように〝完全無臭〟を作り上げることができるのならば、だ。
他に弄っていない箇所があるわけが無い。と考えるのは当然のことである。容姿は僕が幼い頃から知っているのだ、きっと変更していることは無いだろう、そもそもそんなに変えることを春花は良く思わないだろう。きっと自分自身を変えたのはそれだけだ。と言うよりも、そう思いたい。
そして、春花はこうも言っていた。
とても親しい人に触れることで他人の魂をも変更可能であること、精神をも変えられること。
――と、なるとだ。
「春花。僕にかかっている〝春花と僕を繋ぐ能力以外の全ての能力〟を解く、良いな?」
コクりと、春花は反論する立場にないためうなづいた。
深層心理で願ったことは自分の持つ能力が実行可能な範囲で実現する。
決して春花を疑う訳では無いのだが、今まで春花が言ってきたことそれら全てに疑念を持つ必要があるのだ。
疑念を持つところ、それは、春花の霊体が現れて与えた情報の中で、僕の何かをいじる必要がある誤魔化しが必要な情報。能力や、幽霊の類はおそらく違う。となると。
「今……。いや、春花が現れた時からずっと本当はついて|るな? 誤魔化しは不要だ。」
どちらに対しての親しいかはわからないが、僕ら二人の仲ではどちらをとっても信頼関係はMAX、振り切っている。つまり僕らは触れただけで相手の魂や精神を書き換えることが可能ということになる。そして僕はそれを知らなかったわけだから春花にとってはいつでも変更可能な状況である。
決して性格が悪い訳では無い春花が、やりそうなことと言えばせいぜいからかうことくらいだ。騙す必要も一切ないからだ。そして僕が、春花にからかわれ、なおかつ何かを変更すれば容易であり幽霊という状況が口実になりやすいものと言えばひとつしかない。
――春花に女性部分がしっかりついている。
という確認。別にどうでもいいと言えばどうでもいいのだが、してやられた分、探偵気分が舞い上がってどうしてもこの状況をからかいで楽しみたかった。
幻覚なりなんなりを使えば、なんとでもなる。
「ついてるよ。しっかり」
顔を真っ赤っかにして、春花は小さな声で答えた。
まだ道路では人が行き交うような夕暮れ時に庭でそんな会話をしてもいいものかと思うが、春花の声は能力者にしか聞こえないのでセーフだろう。
だが、だ。春花は、もう一度言うが〝道路ではまだ人が行き交うような夕暮れ時〟そして庭で、僕を押し倒した。
そこで、僕は我に返った。
つまりだ。僕はただ単にからかってやろうと思ってそんなことを聞いたが、きっと春花にはこうとられている。ついているならやることはひとつだろ? と。
「ちょっ、ちょ、ちょっと待ってくれ春花。僕はそんなつもりで聞いた訳では……」
だが、春花は完全に羞恥心で正常な考えをできる脳はもうここにはなかった。
「あの時、それでも! って襲いかかってくれた方が嬉しかった。見えないようにはなっていたけれど、あれでも私の全裸だったんだよ? 少し自信をなくしたんだ。触ってくれればそこには存在した。私は! コーマが私には興味がないんじゃないかって、怖かったんだよ?」
春花の感情が溢れ出した。
ただからかっていたんじゃない、からかいにシフトしただけだったのだ、きっと。
「心配させてごめん、僕は春花が大好きだ。でも、それはまだ。春花は約束を破るような女の子じゃないだろ? 肉体を手に入れたら、蘇生したのなら、春花からじゃなくて、僕がしっかり勇気をだすよ。だからその時まで、待っていて欲しい」
「じゃあなんで、あるかないか聞いたの?」
「そ、それは……、いつもの仕返しにからかってやろうと思って。」
「なんだ、それならそうと早く行ってよね!」
その笑顔を僕はずっと守り続けなければいけない。その使命感がぐっと僕の心に湧き満ちた。その決心に、春花の可愛さに僕は春花をぎゅっと抱きしめた。
「ところで、私の匂いはいい匂いだったの?」
「うん、いい匂いだったよ。」
「む。でも何もしないのはダメだ、しっかり手入れする」
春花の乙女がひとつ復活した瞬間だった。