封印されし箱
その昔、僕の祖父は勇者であった。
そして、僕の父も勇者であった。
故に僕も勇者になった。
そんな我が家には、祖父から引き継がれた封印されし箱があった。
祖父は僕を鍛えながら言った。
「いいか、あれはワシがどうにか封印できた魔物じゃ。決して封印を解いてはいかんぞ。」
木刀を音速で打ち合いながらも、祖父はワシも年を取ったのぉなどと言っていた。
またある日、父は言った。
「あの箱はお前に引き継ぐ。俺だって我慢できたんだ。絶対に開けてはいけないぞ。」
父は俺を宙へと投げ飛ばし、僕は必死に次来るであろう攻撃を予測し、受け身をとる。
「約束だぞ?」
次の瞬間意識が飛んだ。
毎日のように元勇者の二人にしごかれる日々を送っていると、だんだんと感覚は麻痺してくる。
封印されし箱は、一見、ただの箱のように見える。
だが、その箱には繋ぎ目がなく、回りには呪術の施されている後があり、開けるのは容易ではない。
「開けてはならん。」
「絶対に開けるな。」
毎日のように聞かされる言葉。
繰り返される勇者修行。
僕は、必死に自分の中にある衝動を押さえつけた。
ダメだ。
ダメだ。ダメだ!
決して開けてはならないと、祖父にも、父にも毎日のようにしごかれながら言われ続けたのだ。
開けてはダメなのだ。
そう。
けれど、開けてはいけないと言われると開けたくなるのが人の性である。
これをずっと堪えてきた父はすごいと、心からそう思った。
その日も鍛練を終え、そして水浴びを済ませて家へと帰った。
封印されし箱は倉庫の奥深くに片付けてある。
近くに置いておけば自分の欲求に勝てない気がしたからだ。
だが、不意に机の上の書き置きを見つける。
それは祖父と父が魔物の討伐に出かける旨の書き置きであった。
今、家にいるのは自分一人だ。
手が震えた。
もうこんな機会二度とないかもしれない。
そう思うと、足は自然と倉庫へと向かっていた。
ダメだ。
ダメだ。
ダメだ!
そう思うのに、引力に吸い寄せられるかのように僕は倉庫の奥にある、封印されし箱を手に取ってしまう。
額から汗が流れ落ち、それを手でぬぐう。
手のひらも、じっとりと汗をかいていた。
心が叫ぶ。
開けてはダメだ!
そう思っているのに、心とまるで体が分離してしまったかのように言うことを聞かない。
「ダメ・・だ。」
箱を開けようとする手を、もう片方の手で押さえた。
けれど、ダメであった。
我慢が出来なかった。
高度な呪術を一瞬にして僕は弾き、封印を解いてしまう。
あぁ。
やってしまった。
僕は、ごくりと生唾を飲み込み、そして箱を開けた。
「え・・・。」
箱の中には干からびた、魔物らしきものが入っていた。
指でひょいとつまみ上げると、まるで砂のように砕けちり、風にさらわれて消えてしまった。
魔力のかけらもなく、絶命していたのは明らか。
僕は、ゆっくりと箱を閉じて封印を戻した。
そりゃあそうだ。
密閉され、空気もなければ水もない。
そんな場所に封印されて生きていられるわけがないのだ。
僕は心がすっきりとして晴れやかな気持ちで眠りについた。
あの箱の話を聞いてから初めてぐっくりと眠ることが出来たのである。
こんなに心が穏やかなのはいつぶりであろうか。
そして、次の日初めて、祖父にも父にも手合わせで勝利することが出来た。
「強くなったのぉ。」
「一皮むけたな!」
僕はすっきりとした顔で、にっこりと笑った。