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第7話 あちらでもこちらでも


 あれからしばらくは、どちらの陽ノ下も変わりなく過ぎている。

 雑魚どもも、ぱったりその姿を現さなくなっていた。


 そんなある日。

 そろそろ日が暮れようとしている旧・陽ノ下家。

「森羅さま、夕食のお時間です、って一乗寺さんからの伝言です!」

 一乗寺に頼まれたのか、玄武・兄が森羅の自室をノックする。

「玄武か? 入っていいよ」

 部屋の中から聞こえた声に、「はーい」と良いお返事を返して、玄武・兄は勢いよく扉を開けた。

 自室とは言え、そこはそれ、由緒ある陽ノ下家のこと。広い部屋でまず目に入るのは、こちらを向けて置かれた立派な机。部屋の両側には本がぎっしりと詰め込まれた書棚があり、他にも学習机のような小さめのデスクが方々に置かれている。左側の本棚の真ん中あたりにもう一つ扉があり、それは奥の寝室へと続いている。

 ぐるりと見渡すと、この部屋にいくつかあるデスクのうち、窓際に置かれたそれに座った森羅が、椅子を回してこちらを見ながらニコニコと笑っている。机の上には何やら沢山の書類を広げていて、どうやら仕事をしていたようだ。

「森羅さま、お仕事?」

「うん、もうちょっとで終わるから、待っててくれる?」

「はい!」

 玄武・兄は、そこはさすがに四神のひとり、無碍に森羅の仕事の邪魔をするようなことはしない。

「じゃあ、本を読んで待ってます」

「いいよ」

 森羅の許しを得た玄武・兄は、嬉しそうに本棚へ歩み寄ると、迷わず1冊を選んで取り出し、本棚の前にある背の低いソファに座って読み始めた。


 2人がどれほどそうしていたのか、また新たに誰かがドアをノックする。

「森羅さま? 玄武は来ませんでしたか?」

 顔を上げた玄武・兄が、はじかれたようにソファから立ち上がる。

「あ! いけない! 一乗寺さんだ」

 森羅は焦る玄武・兄に「大丈夫」とささやくと、ドアの向こうに声をかける。

「入っていいよ」

 するとドアが開いて一乗寺が顔をのぞかせ、玄武・兄を見て、ふん! としかめ面をしながら腕を組む。

「えっと、一乗寺さん、ごめんなさい」

 本を胸に抱いた玄武・兄がぺこんと頭を下げた。

「ホントです。ミイラ取りがミイラになってしまいましたね」

 シュンとする玄武・兄をしばらく睨んでいた一乗寺だったが、一転して笑顔になると、扉を大きく開けワゴンを押して入ってくる。

「仕方が無いので、お食事はこちらに運ばせていただきました。玄武くんのもありますよ」

「本当ですか? わあい、嬉しい! お手伝いします」

 中央の大きなデスクに料理を置いていく一乗寺と玄武・兄。けれど、並べ終えた料理はなぜか3人分だった。

「あれ?」

 不思議そうな玄武・兄に、一乗寺がすました顔で言う。

「私も食いっぱぐれてしまいましたので、ご一緒させていただきます」

「食事は沢山で囲む方が美味しいよね」

 そこへようやく仕事を終えたらしい森羅がやってきた。

「はい、いただきます!」


 3人だけの、遅めの夕食が終わりかけた頃、また誰かがドアをノックする。

「森羅さま」

 珍しく焦ったような声で言うのは、飛火野だった。

「どうした?」

 するとすぐにドアが開く。

「失礼します。お屋敷の北東の畑に何やら巨大なものが現れて、畑を荒らしているようです」

「え?!」

 最初に声を上げたのは、玄武・兄だった。

「おかしいよ。ぼく、何も聞こえなかったよ」

「そうですね。青龍も、いつどこから現れたのかわからなかったと言っています」

「すぐ行く。夕食ありがとうね、一乗寺。後はまかせるね」

「はい」

 終わりかけの夕食もそのままに、森羅と玄武・兄、飛火野の3人は飛び出していく。

 彼らを見送った一乗寺は、片付けをしながら「どうかご無事で」と、つぶやくのだった。



「なに? あれ」

 到着した玄武・兄が言うのも無理はない。

 それは、人でもない、獣でもない、あやかしや妖怪のたぐいでもない。どうにも形容しがたい不気味な大男だが、悪さをするヤツであることは確かだ。

 その証拠に、そいつの足下には手練れが幾人かいて畑を踏み荒らしていたからだ。しかもそいつは自身は一歩も動かずに、「もっと荒らせ!」などと怒鳴っているだけだ。

「悪さするヤツのボスみたいに、やけに偉そうだ」

「だったら、悪ボスだね」

 森羅の思わず出てしまったつぶやきに、玄武・兄がすかさず答えていた。

「はは、いいねそれ。だったらあいつは今後、悪ボスと呼ぶことにしよう」

「はい!」

 旧・陽ノ下家やまわりのお屋敷には自警団が組織されていて、雑魚程度ならどうと言う事はないのだが、さすがに手練れともなると、なかなか苦戦を強いられていた。

「飛火野、白虎、頼むよ」

「はい」

「了解~」

 森羅は引き連れてきた2人にその場を任せる。2人は手練れを消滅させるべく、自警団の前に躍り出た。

 もともとそんなに数が多くなかったのと、その前に自警団とも対決していたので、手練れたちはかなり消耗していたらしい。それほど時間をかけずにヤツらは消滅していった。

「いっちょ上がり。皆、頑張ってくれたんだな、ありがとう」

「ありがとうごさいました」

 手を上げてフランクに言う白虎と、丁寧に頭を下げる飛火野に、自警団の猛者たちは少しばかり照れ気味だ。


 それに最初に気づいたのは、森羅だった。

「あの悪ボス、実体じゃないな。青龍、どう?」

「え? やっぱり? 最初に見たときなんだか変だなって思たの。ちょっと待って、

よく見てみるね」

 そう言うと青龍は、こめかみに手を当てて一度目を細め、また見開いている。

「やっぱりよく出来た映像のようなものです。本体がどこにいるのかは、わからないけど」

 青龍の説明に森羅は面白そうに言う。

「実は本体は、ありんこのように小さかったりして」

「え? まさか。ふふふ、じゃあ足下をよく見てみるわ・・・・・うーん、やっぱりいない」

 青龍は森羅の言葉に、こちらも可笑しそうに地面をくまなく見たが、どうやらそういったたぐいのこびと? は見つからなかったようだ。

「はは、冗談だよ。けど、本体はここにいないのか」

 少し考え込むようにしていた森羅だったが、そこへ今度は南野家から連絡が入る。

「大変です。南野の畑に、また手練れが現れました」

 はっと我に返った森羅は、四神たちに指示を出した。

「急いで南野家へ」


 だが、事態はそれで終わらなかった。

 南野家だけでなく、西野家、東野家にも次々と手練れが現れて、悪さを始めたのだ。

「どうなってんだまったく」

 白虎は東野家へ急行しながらつぶやいていた。

 東西南北すべてに手練れがどんどん湧いて出ているらしい。

 とりあえず森羅の采配で、白虎は東野家、朱雀は西野家、玄武・兄と飛火野が北野家に、そして青龍と一乗寺が南野家に向かっている。

 到着した白虎は、その数の多さにまず驚いた。

「わあ、大変~」

 雑魚なら結構な数とお相手したこともあるが、手練れがこんなに多いのは初めてだ。そして不思議なことに、いつもうじゃうじゃいる雑魚は一体も見当たらない。

「仕方ねえな。まあ、頑張りますか」

 にんまり笑ってそうつぶやくと、彼らの前に躍り出て行った。

 森羅はひとり旧・陽ノ下家に戻ると、そこで各方面に指示を出していたが、相手の数の多さに、さすがの四神と飛火野・一乗寺も苦戦を強いられている。

「これは、応援を頼む方がいいかな」

 そして映像通信を通じて、東西南北荘に呼びかけたのだった。



「森羅!」

 案の定、万象は話をすべて聞き終わらないうちに、ひゅうん、ではなく、ビュウン!! と、ものすごい勢いで現れた。

「手練れが現れたって? おーっし、俺が一体残らずデリートしてやる!」

「まあまあ、落ち着いて」

「これが落ち着かれずにいられるか」

「だって君の四神、まだ到着してないじゃない」

「う・・・、あいつら、何してるんだ!」

 と言うなごやかな? やりとりの後。

 ようやく彼らがタイムマシンから降りてきた。

「バンちゃん、置いてくなんてひどおい」

 ドン、とぶつかってきた玄武・弟のすねた顔には、さすがの万象も形無しだ。

「あーワリィ、ごめん!」

「で? 俺たちはどこへ加勢に行けばいいんだ?」

 やはり年の功で、ミスターは落ち着いたものだ。

 言い添えておくと、ここに雀とトラばあさんは来ていない。

(「わしと雀は行っても役にたたんから、こっちにおるわい」

「そうねえ、頑張ってね、みんな~」)

 と言う2人のエールに見送られて彼らはやってきたのだ。


「じゃあ、ミスターは南野家。青龍と一乗寺の応援ね」

「了解」

「で、玄武・弟は白虎のいる東野家」

「はい!」

「龍古は西野家で、朱雀を休ませてあげて」

「わかりました」

 3人は聞くが早いが、それぞれの持ち場へと急行する。

 万象は、自分は? 自分は? と自分を指さして森羅の言葉を待っていたが、何も指示がないので森羅にかみつく。

「俺はどこへ行けばいいんだよ!」

「しばらく待機。万象にはそれが一番難しいってわかってるけどね」

「はあ? なんだよそれ!」

 叫ぶ万象をまあまあとなだめながら言う。

「俺たちが四神の力の源って言うのをよく覚えておいて。俺たちが無事でいなきゃ、四神も無事には済まされない。だから俺たちは歯がゆいけど、なるべく後方支援でいるしかないんだよ」

 森羅のもっともな言葉に、悔しそうにしながらも頷く万象。

「んなの、わかってるよ」

 ウロウロと熊のように行ったり来たりしている万象を横目に、神経を研ぎ澄ませていた森羅が、しばらくすると、すい、と西野家の方に目を向ける。

「・・・・っと、朱雀がちょっとバランス崩してるね。万象、行ってあげてよ」

 万象はそう言われると、「そんなのわかるのか?」と、自分もうーんと集中して耳をすませ、何かを聞き取っていたが、すぐにぱっと顔をあげた。

「俺にも感じたぜ! おーっし待ってろよ、朱雀!」

 そう言うと、勢いよく屋敷を飛び出していった。

「なかなか出来るようになったね。・・・さて、と」

 森羅はそのあと、居間へ向かう。そこには心配そうにたたずむ桜花と小トラがいた。

「桜花さま、小トラばあさま」

「森羅」

「森羅、その後はどうなっておる」

 2人は彼の姿を認めると、呼び寄せて状況を聞きだした。

「大丈夫ですよ。つい今し方、万象の四神に来てもらいましたから」

「まあ、そうなの?」

「本当か、それは何より」

 ホッとしたような2人の手を取り、頷いてキュッと少しだけ力を込めて握る。

「俺も加勢に行ってきます。ご心配とは思いますが、どうかお休みになって下さい。ただ、お一人だと心細いと思うので、お2人ご一緒に」

 と、居間にほど近い客間を用意させる。

「そうね、小トラと一緒なら心強いわ」

「なーに、わしは1人でも・・・と言いたいが、やはり1人では気になって仕方なさそうじゃ」

 警備の都合上から言っても、2人が一つの部屋にいる方がやりやすいだろう。

 森羅は2人が客間に入るのを確認すると、屋敷の警備陣に、何かあれば絶対に無理はせず、すぐに自分を呼ぶようにと言い置いて、森羅は北野家へ向かう。

 なぜかはわからないが、北野家の手練れだけが少しずつ増えているからだ。

 森羅は、夜の道を飛ぶように走りながらつぶやいた。

「長い夜になりそうだな」




 その頃、東西南北荘では。

 鞍馬が、ちゃぶ台に座るトラと雀に熱い日本茶を運んで行くところだった。

 2人の前に湯飲みを置くと、「ありがと」と言った雀が可笑しそうに言う。

「ほーんと、バンちゃんの血の気の多いことったら」

「そうじゃの。じゃがそれがあいつじゃよ」



 森羅からの映像通信で、旧・陽ノ下の窮地を知った万象は、ものも言わずに2階へ駆け上がると、銃その他をかかえて下りてくるやいなや叫ぶ。

「俺は先に行く! 皆は後から来い!」

 そして、ビュウウウンっとものすごい勢いで、消えてしまったのだった。

「バンちゃあ~ん。もう、置いてかないでよ」

 玄武・弟がぷう、とふくれて言う。

「ははは、ほーんとうちらの親分はせっかちだねえ」

「笑い事じゃないわよ。あんたたちも早く行きなさい」

 ミスターの言いぐさに、雀は本気ではないだろうが、ちょっときつめの口調で言う。

「はいはい」

 肩をすくめたミスターが「俺も装備取ってこなくちゃ」と、2階へ上がろうとしたところへ、トラが「おおい、大河」と、ミスターを呼んだ。

「わしの部屋にある、トランクを持ってきてくれ。ちょうどあの映像通信機ほどの大きさのヤツじゃ」

「へーい、もう、人使い荒いんだから」

 言葉とは裏腹に面白そうに言ったミスターは、言われたトランクと、いつもの剣といつもの銃を持って下りてきた。

 受け取ったトラは、早速トランクを開けて説明を始める。

「万象のやつ、銃弾を忘れていったぞ。で、これが新しく開発した銃弾じゃ。これには、小トラに教わったまじないがかかっておる。まじないなどというと、現代では馬鹿にするヤツもおるが、これがどうして。これをかけておくと、悪さするヤツらが心置きなく消滅してくれるそうじゃ。だから万象には、躊躇なく銃を使えと伝えてくれるか」

「へえ、だから向こうの四神はあんなに遠慮がないんだな」

 トランクを受け取ったミスターは、妙に納得した様子だ。

「では、小トラばあさま、雀さん、行ってきます」

 龍古が言って2人にハグをする。

「いってきまあす」

 続いて玄武・弟も可愛くハグハグした。

「じゃあ、行ってくるねー」

 鞍馬にハグしようとしたミスターは、やはり上手くかわされて、と言うかスルーされて、がっくりしつつも手を振ると、タイムマシンに乗り込んだ。

 ヴィーンと言う音とともに、彼らは2000年前に旅立って行った。



「鞍馬も行きたかったでしょ」

「仕方ありません」

 熱いお茶を一口すすって雀が言うのに、鞍馬は静かに微笑むだけだ。

 そのときだった。

 ボゴ! ボゴ!

 なにやら不気味な音が、中庭の向こうから聞こえてきた。

「え?」

「なんじゃ?」

 立ち上がろうとする2人を制して、鞍馬が縁側から外をうかがい見る。


 ケケケケケ

 ケケケ

 聞き覚えのある声に、トラと雀は顔を見合わせる。

「雑魚?」

「の、ようじゃな」

 静かに外を見ていた鞍馬が、靴を履くために玄関へ向かいながら言った。

「様子を見てきます。お2人はくれぐれもここを動かないように。出来れば以前お使いになったちゃぶ台バリケードを張っておいて下さい」

「了解じゃ」

「ドローンも用意しておくね」

 親指を立てる雀に一つ頷いて、鞍馬は中庭から陽ノ下家の畑へと入って行く。

 案の定。

 と言うか、そこには、おびただしい数の雑魚が、こちらを見ながら怪しく笑っていた。

 けれど、この数なら、なんとか自分一人で大丈夫だろうと踏んで。

 ふう、と息を吐いた鞍馬は、手を天に突き上げてつぶやいた。

「長い夜になりそうですね」



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