第6話 雑魚はどちらにもあらわれる
まるで映像通信がつながるのを待っていたかのように、何かがうごめき出そうとしている。
今日、玄武・弟は畑の学びに参加している。
先生は、玄武と同い年の少年だ。
「ええっとね、それからね、次は」
なんとも可愛い説明の仕方だが、腕は確かだ。
生徒は老若男女、色とりどり。皆、真剣に授業を受けていて、ノートを取っていたり、断りを入れて写真を撮ったりする者もいる。
新・陽ノ下家における学びどころの特徴は、無料であることと年齢制限がないこと。いつどこでどんな授業があるかは、街のあらゆる所に置かれたチラシや、ネットで確認できる。日にちと時間さえ合えば、誰でも受講が可能だ。
そして、龍古の絵画教室のところでも説明したが、この学びどころでは先生になるのに資格はいらない。その仕事が好きで、きちんと基礎から教わる気持ちがあって、実際に教わって自分のものにしていれば良い。
もう一つは、教えるのが苦痛ではないこと。無理してまで先生役を引き受けることはない。興味があるなら最初は先生の助手などをして、教え方も教わっていけば良いのだ。自信がついてくれば、本格的に先生になればいい。
「お話を聞いてばっかりもつまらないですよね。だからね、みんなでやってみましょう」
「「はい!」」
玄武・弟をはじめとした年少組? が勢いよく手を上げて答えると、まわりの大人たちも、つられて良いお返事をする。
「はい」
「がんばります」
先生は、嬉しそうにニッコリして、畝の方を向いた。
そのときだった。
ボゴン!
なんとも嫌な音を立てて、少し離れたあたりの土が盛り上がり、そこから見覚えのあるヤツらが飛び出して来た。
ケケケケケ
久しぶりに見ても、雑魚は雑魚だ。
けれど、今ここにいるのは一般人。雑魚を見るのも今日初めての者がいるだろう。
「うわあっ」
「なに、気持ち悪い」
大人たちは驚いて叫んだり、反対によく見ようと近寄ったりする者もいるが、危険な事に変わりはない。
「駄目です! 皆さん下がって下さい!」
そんな大人たちの前に出て、玄武・弟は耳に手を当てると、口をOの字にめいっぱい開いて雑魚の嫌な音を出す。
すると、「キュー!」と言いながら何体かは消え去り、そうでないヤツはその辺にもんどり打って転がっている。
「今のうちに、どこかの建物に隠れて下さい! 早く!」
子供とは思えないような玄武・弟の厳しい口調に、大人は慌てて周りにいた子供たちの手を引いて手近な建物へと向かう。
「どうしよう、誰かに知らせなきゃ。けどあいつらまた復活するよね」
玄武・弟は助けを求めに行きたいが、自分がここを離れる訳にいかない。
すると、料理教室の建物から、鞍馬が飛び出してくるのが見えた。
「鞍馬さん!」
彼は走りながら手を天に突き上げ、スサナルの剣を取り出す。
「よく頑張ったね、あとは任せて下さい」
微笑みながら頷いて玄武・弟の横を通り過ぎたのが、ちょうど雑魚が復活するタイミングと重なる。
「はい!」
鞍馬が雑魚に斬りかかるのを見計らって、玄武・弟は二度目の嫌な音を出して援護する。
見ていると、今度の剣は雑魚に軽く当てるだけでヤツらはもんどり打ち、ビービー泣き出して、おまけに自分たちが掘った穴をきちんと埋めてから消滅していくという、なんとも間抜けだけど律儀な機能が加わっていた。
「おい、鞍馬、どうしたんだよ、って、ええっ?!」
そのあとに料理教室から出てきたのは万象。
彼は、助手をしていた鞍馬が、いきなり教室を飛び出していったので、訳がわからないまま追いかけてきたのだった。
「おわっ、雑魚が出てきたのか。・・・あっ、玄武、大丈夫か?!」
耳に手を当てて雑魚の方を向く玄武・弟に気がついた万象が焦って声をかけたときには、もうほとんどの雑魚は鞍馬が消滅させていた。
「うん! 大丈夫」
すると、万象に気づいた一体が、「ケケケ」とこちらにやってくる。
「くっそお、今日は俺、銃、持ってねえ。仕方ない、体術をかますか!」
覚えたばかりの体術では、どこまで出来るかわからないが、やるっきゃないと覚悟を決めた万象の後ろから、声がした。
「先生、ちょっとどいてて下さい」
振り向くと、料理教室の生徒が、なぜかトマトらしきものを持って立っている。
そして、ピッチャーのように大きく振りかぶる。
「おい、食べ物を粗末にするんじゃない」
思わず声を上げてしまった万象に、生徒はニッと笑って言う。
「これは仕方なく廃棄するヤツですよ」
そうなのだ。
今日の食材に使うトマトだったが、中に傷んでしまったのがあって、それはさすがにどうしようもなく、「申し訳ないが、土に返すか」と言っていたのだ。
そのあと彼は、美しいフォームでそのトマトを向かってくる雑魚に投げつけた。
ヒュッ! グシャ!
「キュー!」
そのトマトは、見事に雑魚の顔に命中した。トマトで目が見えなくなってもんどり打つヤツに、鞍馬が走り寄って頭に剣をポンと当てると、そいつはビービー泣いた後、なぜかペコペコと謝りながら消滅していった。
「おわ、すげえ」
「彼は、野球チームのエースなんです」
感心する万象に、彼の友達らしい子が、自分のことのように誇らしげに言った。
そこへ最後の雑魚を消滅させた鞍馬が帰ってくる。
「ありがとう、おかげで助かりました」
きちんと頭を下げる鞍馬に、エースの彼は、照れたように頭を下げ返す。
「いいえ、どういたしまして」
「でもさ、さっきの雑魚たち、なんだか面白かった。自分が掘り返したところを埋めていくんだもん」
玄武・弟が可笑しそうに言うと、鞍馬が微笑みながら言う。
「この前の検分で、そのような機能が追加されたのでしょうね。けれど、もともと神様は楽しいことが大好きなんですよ。だから間が抜けてはいるけれど、ふっと笑顔になれるような機能をつけたのかもしれない。本当は神様たちは、この世界を喜びと楽しさで満たしたいと思っているはずですから」
「ふうん、そうなんだ。けどぼくも楽しいこと、大好きだよ!」
「そうですね」
一連の騒ぎが収まったところで鞍馬は、やってきた畑の少年先生に、跪いて視線を合わせて言う。
「申し訳ありませんでした。穴はほとんど埋められましたが、撒いた種が元のところにあるかどうかはわかりません。もう少し気づくのが早ければ」
すると、驚いたような顔でその言葉を聞いていた少年先生は、首を振りつつ言う。
「えっと、いいえ、違います。悪いのは、招待もしてないのに勝手に人の畑に踏み込んで穴を開けた、雑魚? っていうの?」
と、玄武・弟に聞く。
「うん」
「その、そいつらだもん。気にしないで」
「ありがとうございます」
微笑んでお礼を言う鞍馬に、彼もニコッと微笑みを返したのだった。
「にしても」
と、そのあと万象が言う。
「ここへ来て、またあいつらが復活しやがったのか。これはどうにかしなけりゃな」
掘り返したあとで元に戻された土色の畑を眺めながら、腕を組んで真剣に考え込む万象だった。
同じ頃、旧・陽ノ下でも雑魚が悪さを始めていた。
「あ!」
「どうしました? 玄武」
朝食のあとに一乗寺と2人、中庭の掃除をしていた玄武・兄が空を見上げて声を上げる。
「北野さまのお屋敷の方で、また変な音がする」
そう言うと、彼は北の方を向いて耳に手を当てた。
「うん、これって、あの、キューってすぐ消えちゃうヤツの感じだよ。間違いない」
「それは大変です。すぐに森羅さまに知らせなくては!」
一乗寺は森羅に連絡を取るため、大急ぎで部屋に入ろうとして気がつく。
「そういえば今日は、北野さまのお屋敷に伺う日でした。そろそろ到着している頃ですね」
その北野家。
「あれれー、君たちはすぐやられちゃうのに、性懲りもなく、よく出てくるよね」
ケケケケ、と瓦塀の上に現れて悪さを始めようとする雑魚に、一乗寺の思ったとおり、ちょうど到着した森羅が声をかける。
そのうちの一体が、ケケッと気味悪い声を出して、上から森羅に飛びかかる。
なぜか避ける気配もない森羅。
パシィ!
キューーともんどり打って、ボウンと消え去るそいつ。
それもそのはず、飛火野が後ろに控えていたからだ。
「うわー、飛火野、素手で倒しちゃった。すごーい」
楽しそうにパチパチ拍手する森羅をちょっと睨みつけて、飛火野が言う。
「ふざけている場合ではありません。結構な数ですよ」
「りょうかい」
森羅は、ヒュッと手を横に流して、いつぞやの羽のような剣を取り出す。
その間に飛火野も天に突き出した手から、コウジンの剣を取り出していた。
ケケッ
ケケッ
相変わらずの薄気味の悪さで、襲いかかるヤツら。
「彼らの声帯には、ケの音しか、ないのかな」
不思議そうに言いつつ、森羅はヒュウンと羽を振って的確に雑魚を消滅させる。
飛火野もコウジンの剣を振るう。
彼の剣もまた雑魚を消滅させるのだが、鞍馬のそれと違って、ヤツらは斬られると紙のようにペラペラになり、くるんと飛ばされて、赤い炎とともに消えてしまうのだった。
「飛火野みたいな綺麗な炎ねー」
すると彼らの後ろから声がして、塀の上にいた雑魚にヒュン、ヒュン、とペンが投げられる。キューっともんどり打ってヤツらは、瓦塀から落ちながら消えていく。ペンの主は、もちろん朱雀だ。
「新機能だな」
見た目からは想像できない身軽さで、ヒョイと塀に飛び乗った白虎も、ボウン! ボウン! と雑魚を倒していく。
「あれ、呼んでないのに」
「一乗寺がすごい形相でやってきてね」
「ああ、了解」
不思議そうに言った森羅に、さも可笑しそうに白虎が答えるのを聞いて彼は納得した。
さすがに4人もいれば、雑魚はあっという間に退散してしまう。
騒ぎを聞いて、北野家の猛者が駆けつけたときには、飛火野が最後の一体を消滅させるところだった。
「おお、さすがは陽ノ下の。うちの者が手を下す暇もありませんな。よくお越し下さった、ささ、遠慮せず入って下され」
そこへ福の神のような北野家の当主がお出迎えに出てきた。
白虎と朱雀は、いつの間にかいなくなっている。
「わざわざのお出迎え、ありがとうございます」
森羅が胸に手を当ててお辞儀をすると、北野家当主はえびす顔をよりいっそうほころばせ、先に立って2人を案内していく。森羅は彼の後につきながら、門を入る寸前にちらと振り返り、頷いて見せた。白虎と朱雀は屋敷の死角からそれを確認すると、何事もなかったように陽ノ下へ帰って行くのだった。
「またあいつら復活したのか。これはどうにかしなけりゃね」
嬉しそうな北野家当主の後ろを歩きながら、顎に手を当てて独り言のようにつぶやく森羅がいた。




