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第5話 2000年の時は超えられるのか


「また見ているのですか?」

 ここは旧・陽ノ下家。

 朝の用事が済んで休憩時間になった途端、一乗寺は森羅にタブレットを借りて、もう幾度見たかわからない動画を再生する。

「あ、飛火野さん。えへへ、そうなんです。嬉しくて」



 あの翌日、森羅は新・陽ノ下(どちらも陽ノ下でややこしいので、森羅たちの方は旧、万象たちの方を新、と呼んで区別することにしたのだ)の学びどころにお邪魔させてもらい、鞍馬の剣術指導の様子、それが終わったあとに、白虎と体術の手合わせをしてもらって動画を撮影した。

 万象などは、「鞍馬! 体術も出来るのかよ!」と驚いて、だったら自分も、と、相手になり、鞍馬の身の軽さや確実に繰り出す技に度肝を抜かれていた。

「くっそお! もっと練習して、きっと見返してやる!」

 と、悔しそうに言うのを聞いて、

「じゃあ俺が鍛えてあげよう」

 と、森羅が相手になり、またまたしてやられるのだった。

「くっそおーーーーー!」

 宇宙に響く、万象の遠吠え。頑張れ万象!

 そのあと、さっきの白虎と鞍馬の対戦を興味深げに見ていた森羅が、自分とも手合わせをしてほしいと鞍馬に願い出る。

 鞍馬は「わかりました」とだけ言うと、少し息を整えて道場の中央に進み出た。

 2人は静かに向かい合い、静かに技を出し合う。

 それは対戦と言うにはあまりにも優雅で。

 2人が織りなす一連の息の合った、まるで舞のような美しいとさえ言える動きに、「どうなってんだ」と、万象はじめ、集まった見学者たちも、息をするのも忘れるほど見入っていた。

「ありがとうございました」

 やがて静かに2人が礼を交わすと、ほおーっとため息が漏れ、まわりからは自然に拍手がわき起こったのだった。


 そんな様子が録画されていたのだが、それ以外にもう一つ、鞍馬から一乗寺へのビデオメッセージが収録されていた。前日の夜、鞍馬が森羅に提案したのはこのことだ。

 その内容は、自分たちの時代の春夏秋冬は、夏がかなり遅れて現れた(100年ほど後であるため)、もしかしたら一乗寺と自分の現れている時間が重なっているかもしれない。なので、自分たちの夏が現れる年代まで、自分がどこにいたかを教えておく、と言うものだった。

「当然、その頃の私はまだ一乗寺さんを存じ上げなくて、失礼をするかもしれませんが、もしも時間に余裕がおありでしたら、どうぞその頃の私に会いに行ってみて下さい。たぶん歴史的な事実などにはほとんど影響はないと思いますので。

 ・・・ではお話します。私は1589年前後の、イギリス北部の村に現れました・・・」

 そのあと、次々に鞍馬が旅した場所を事細かく説明して行く。夏樹という彼らの夏が現れるまでの100年ほどなので、そんなに移動はしていないようだった。


 それを見たときの一乗寺の喜びようは、端から見ても嬉しくなるようなものだった。

「え? なんなんでしょうこれ? でも、よく考えてみれば確かにそうですね! 思いつきもしませんでした。けれど、けれど・・・本当に? またリアルで鞍馬さんにお目にかかれるのですね!」

「うん、でもその鞍馬はまだ一乗寺の事、知らないよ。いきなり現れて、お久しぶりですーとか、言っちゃ駄目だよ」

「はい! はい・・・。またお友達からはじめます!」

「いやいや、初対面から、だよ」

「あ! そうでした。初対面からはじめます! うわあ嬉しい、見つけてしまったら、思わず抱きついてしまったらどうしよう。どうしましょう、森羅さま」

「さあー、そのときはもう俺、いないよー」

 はしゃぐ一乗寺を何とかなだめて、その日は鞍馬とどうしても話がしたいと通信もして、2000年の先で彼が苦笑しているのがわかるほどだった。



 今も一乗寺は、そのメッセージを飽きずに眺めている。

 飛火野は、違う意味で動画を見たかったのだが、無碍に彼からタブレットを取り上げるわけにも行かず。

 するとそこへ、森羅がやってきて、あきれたように一乗寺に言う。

「また見てるの? たまには飛火野にも見せてあげてよ」

「え? あ、はい。飛火野さんすみません。私が独占してはいけませんね」

 一乗寺は慌ててタブレットを飛火野に渡そうとしたのだが。

「なーんてね。飛火野には、はいこれ」

 と、もうひとつタブレットを出してきて渡す。

「なんですか?」

 いぶかしむ飛火野に笑いかけて、森羅はとっても素敵な事を言う。

「コピーしてあげたんだよ」

「え?」

「いやあ、一乗寺が貸して貸してって、俺もろくに見られないからさー、あと、小トラさまと桜花さまも。あ、四神もね」

「うわ!」

 なぜか真っ赤になって、ペコペコと謝る一乗寺。

「すみません、皆様にご迷惑を!」

「なんの。小トラばあさまがいっぱいコピーしたから、もう、見放題だよ」

「では、これは・・・」

 と一乗寺は、自分の持つタブレットを持ち上げる。

「それは君専用、あ、けど、仕事中に見るのは厳禁! だからね」

「はい! あ、ありがとうございます!」

「で、飛火野のも君専用・・・」

 言いかけて飛火野を見た森羅は、「あ、聞いてないね」と、食い入るように動画を見始めた彼に苦笑するのだった。

「ホントに。鞍馬の吸引力、何かに使えないかな」




 そうこうするうち、ある日東西南北荘に、またミスターの変わったお友達が何人か訪ねてきた。

「オー! ナントトーカー!」

「カントーートカー!」

 そのうちの何人かが、万象を思い切りハグして、また訳のわからない言葉で話し出す。

「おわっ! なんだよもう、おーい玄武! 通訳してくれ」

 玄武・弟が「はーい」とやってきたのだが。

「ノンノン」

 立てた人差し指を振って、荷物の中からごそごそと取りだしたのは、マイク付きのイヤホン。そして彼はそれを装着し、万象にもつけろと身振り手振りで示す。

「なんなんだよ」

 と言いつつも、素直に装着する万象。

「どうですか? 私の言葉わかりますか?」

「え?」

 なんと彼がしゃべった少し後に、日本語がイヤホンから聞こえてきたのだ。

「おわっ、なんだこれ、日本語じゃねえか! すげえ!」

「オオー、成功ですね、すごい。いや、すげえ!」

 嬉しそうに親指など立てて、彼は万象の口調を真似している。聞いてみると、以前来たとき、万象が言葉がわからず寂しそうだったので、思いついて皆で開発制作してくれたのだという。

「はあ? べ・別に寂しくなんて・・・、けど、すげーな、どうもありがとう。さすがミスターの変わったお友達だぜ」

「オオー変わったお友達なんて、嬉しいことを言ってくれるじゃ、ありませんかー」

 と、今度は言葉がわかるのだが、なぜかまたハグハグしてくる。どうやら彼らの目には、万象は未成年に映っているらしい。玄武・弟と同じで、可愛くて仕方が無いようだ。

 と言うわけで、言葉の壁問題も、めでたく解決したところで。


「とりあえずね、作ってみたんだけどさあ」

 と、また荷物の中からごそごそと何やら取りだしてくる。

「じゃじーん! 映像通信装置でぇーす」

 キラキラした笑顔で彼が手に持っているのは。

 見たところ何の変哲もない大きめのタブレットのようだ。万象が受け取ると、玄武・弟も興味深そうにやってくる。

「こんなんで本当に2000年前と映像がつながるのか?」

「ねえ、これどうやって使うの?」

 玄武・弟が後からやってきた龍古と雀にも見せて、彼らに聞く。

「それはね」

 なぜかムフフーと笑った1人が、部屋の隅に置かれていたスーツケースのような鞄を持ってくる。

 それをパカッと広げると、中には計器やらスイッチやらがついていて、まるでコクピットのよう。それはノートパソコンのようにテーブル(ここではちゃぶ台)に置けるようになっている。

「それ、貸して」

 玄武・弟からタブレットを受け取ると、ケーブルでつないでスタンドに立て、装置を起動させた。

 ヴィーンと心地よい羽音を響かせた後、タブレットに何やら映像が映り始めた。

「ええ? もう2000年前とつながってるの?」

 玄武・弟が嬉しそうに言うと、「まさかー」と笑った彼がタブレットに手を振る。

「おお、よく見えるぞ」

 そこにはトラばあさんが映っていた。よくよくまわりを見てみると、どうやらそこは離れの研究室のようだ。通信試験をするため、もう一つの装置をあちらに運んであったらしい。

「わあい」

 玄武・弟が声を上げる。

「とっても鮮明ね」

 嬉しそうに手を振る玄武・弟と龍古の背中ごしに、雀もタブレットをのぞき込む。

「どーれ、あらホントだ。トラばあさま、お顔のしわまでくっきりよお」

「なんの、お前さんのほうれい線も魅力的じゃぞ」

 と、言葉は辛辣だが、可笑しそうにやりとりする2人。

 そして。

「お、本当だ。よく見えるぜ」

 いつの間に移動したのか、万象がトラばあさんの横で手を振っていた。

「ああ! バンちゃんずるい。ぼくも行ってくるから、まだ消さないでね」

 と、玄武・弟が縁側から中庭の方へ飛び出した。


 とりあえず同時代の通信は可能。

 あとは年代を飛び越えたテストをしなければならない。そのためには、装置の片割れを誰かが2000年前まで運ばなければならないのだが。

「それはわしの仕事じゃな」

 トラばあさんがこともなげに言ってのけた。

「あっちで小トラと森羅と色々調整もあるのでな。で、こっちの調整にはしばらく大河におってもらわんにゃならんが、そのあたりは大丈夫じゃな」

 ミスターはここのところ、学びどころの講師として大概は東西南北荘にいる。

「おう、可愛い留学生の世話もあるし」

 そうなのだ。ミスターの研究所に保護されていた2人ほどが、留学生として現在学びどころを利用している。新・陽ノ下にはそのための学生寮も完備されているのだ。

 ただ、以前の龍古や玄武・弟のように、特殊能力故にミスターが定期的に診察を行う必要があるため、彼はこちらにとどまることが多くなっている。

 と言う事で、善は急げと、トラばあさんはその日のうちに、なんと! ミスターの変わったお友達を一人お供にして(装置の説明のため、と彼は言ったが、誰の目にもタイムマシンに乗りたい様子がバレバレだった)2000年前へと旅立って行った。



 それからしばらくは、何事もなく過ぎていた。

 映像通信の装置は、いつつながっても良いように、ミスターが微調整を続けつつ、テレビの隣に専用台を設置して電源は入ったまま。

 初めのうちは玄武・弟が待ちきれない様子で、「つながらないねー」「まだかなー」と、暇を見つけては何度も見に来ていたが、そのうちそれも言わなくなった。学びもあるし、畑もあるし、彼は彼なりになかなか忙しいのだ。


 そんなある日のこと。

 今日は万象の講義はお休み。

 庭の水やりを終えて中庭から土間に入ってくると、龍古がキッチンに立っていた。

「あ、バンちゃんお疲れ様。何か飲む?」

「おう、水でいいよ」

「ふふ」

 するとなぜか笑い出す龍古。

「なんだよ」

 いぶかしげに万象が聞くと、龍古が笑顔のまま言い出した。

「バンちゃんって、人には色々おもてなしするのに、自分は水でいいんだなって」

「え? だってそりゃ当たり前だろ、人には美味しいもの飲んだり食べたりしてほしいし」

「うん、そうだね」

 龍古はグラスに水を入れて、「氷いる?」と聞いてくる。

「いや、そのままでいいよ、ありがとう」

 と受け取ると、万象は美味そうにその水を飲み干した。

 すると、和室の方から何やら、ジジガガジジ・・・と変な音が聞こえてきた。

「あらあ~、ねえバンちゃん、この装置動き出したわよお」

 和室を仕事場にしている雀が、その変な音が映像通信から聞こえてきたのにいち早く気がついた。

「え? おわ、ホントだ。えーと、今日はミスター、学びどころで講師だし、どうすりゃいいんだよ!」

「そうねえ、この3人じゃ見てるしかないわねえ。やたらと触って壊しちゃったら大変よねえ」

 のほほんと言う雀に、万象もいくらか落ち着きを取り戻したあたりで、和室の一番奥にあるタイムマシンもまた作動し始めた。

「お?」

 3人が見つめる中、到着したマシンから出てきたのは、

「ウーン! ステキー」

 と、なぜか日本語で感激するミスターのお友達だった。


 そのあと、翻訳マイクを装着して話を聞いたところ、調整を終えた映像通信のテストのため、自分は一足先に帰ってきたとの事だ。

「タイムマシン! 乗り心地抜群! もう中で住んでも良いくらいだね。さすがボクたちが頑張って作っただけのことはある。ウーン素敵、素敵、素敵~」

 やたらとタイムマシンの賞賛をする彼を何とか落ち着かせて、映像通信の調整をお願いする。

「あ、そうだったね。でも、ほとんど何もしなくて大丈夫だよ」

 と彼が言うとおり、どこも触っていないのに、最初はジージーガーガーと大昔のブラウン管テレビのようなざらざら画像だったのが、少しずつノイズが消えていくのが素人目にもわかる。

「おお、すごいな」

「なーんにもしてないわよね」

 感心する万象と雀に、彼はうんうんと嬉しそうに頷く。

 そうこうするうち。

「・・・おや、・・・こは? お! 東西南北そ・・の・・・。おお、つながったぞ、森羅」

 だんだん鮮明になる画面の向こうにいるのは、トラばあさんだった。

「オオーつながりましたねえ」

「なんと綺麗な映像じゃ、成功じゃ」

 画面の向こうとこちらで手を叩いて喜び合うトラとお友達の2人。

「トラばあさま!」

「いえーいトラばあさまー、今日もお綺麗よお」

 お友達の横から画面に向かって手を振る龍古と雀が現れると、トラばあさんも嬉しそうだ。

「龍古と雀か」

 すると、トラばあさんの肩越しから森羅が顔をのぞかせる。

「この瞬間に立ち会ったのは、君たちだけ?」

「俺もいるぜ! やったな、森羅」

 万象が嬉しそうに言って、画面の横からぬっと顔を出す。

「万象もいたんだ、ラッキーだったね」

「おう、でも・・・」

 と、万象が言いかけた途端、

「玄武・弟は!」と、玄武・兄。

「龍古ちゃん」手を振る青龍。

「あー、雀ねえさまがいるう、嬉しい~」こちらもブンブン両手を振る朱雀。

「大河は?」白虎ももちろんいる。

 現れた四神に画面が満員電車のようにぎゅう詰めになる。

 もう入れないと思いきや。

「万象さま、鞍馬さんは?」

「そうですね、どこにいらっしゃいますか」

 と、一乗寺がぎゅう、と入り込み、おまけに飛火野の声まで聞こえてきた。

「お前たちなあ」

 あきれる万象の言葉は、騒ぎを聞きつけてやってきた玄武・弟の声にかき消される。

「玄武・兄!」

 その後も万象が何かしゃべろうとするたびに横やりが入る。

「青龍ちゃんお久しぶり、お元気?」

「あらあ、朱雀、相変わらず美人ねえ。でね、白虎。残念だけど、ミスターは今日は講義」

「そうかー」

 ちょっと残念そうな白虎の隣で、「鞍馬さんは?」と、もう一度聞いてきた一乗寺に、万象はやけになって叫んでいた。

「鞍馬も今日は剣術の講義だ!」


 映像通信がうまくつながったのを確認すると、トラばあさんもこちらへ帰ってきた。

 その日の夕食は、お互いに映像を送りながら、いつもの倍も賑やかなものになった。




 最初は物珍しさから引っ張りだこだったそれも、何日かするとそこにあるのが当たり前になる。

 と同時に、スケジュールもなんとなく決まってくるものだ。


 早朝。

 映像通信装置は、たいてい土間にある。

 あまり睡眠を必要としない鞍馬と、同じような体質の一乗寺が利用する。

 この装置はトランクのように軽く持ち運びできるため、家の中をあちこち移動する事が可能だ。鞍馬は土間で立ち働きながら、一乗寺は本日のスケジュールを確認しながら。

 たまにそこへ飛火野が加わると、話は剣と薙刀が中心になる。剣を持たずに素振りや型を見せて、それぞれチェックしあったりもする。


 万象が起きてくると、一乗寺が森羅を呼びに行き、お互いに少し話した後は、てんやわんやの朝食に突入するのだ。


 昼間は和室に置いてあったり、離れの研究室に持って行ったり。

 雀は朱雀や桜花とのんびり、トラばあさんは小トラと研究談義に花を咲かせる。


 夜はもちろん、夕食のちゃぶ台に向けて置いてある。


 そして深夜。

 明日の朝食の仕込みをする鞍馬と、仕事を終えた一乗寺が、また静かに語り合うのだった。


「鞍馬さん。今日は月が綺麗ですよ」

「そちらもですか。こちらも綺麗です、本当に」


 どちらの空にも、申し合わせたように満月が上っていた。



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