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第3話 ふたつの剣


 検分を終えた剣は、あっという間に戻ってきた。



「もう戻ってきたのかよ、すげえ。で、前みたいに森羅がこう」

 と、万象は手をビシィ! と音がしそうなほど勢いよく天に上げる。

「はあ~! って感じでまた出してくるのか?」

 そして後ろにいた森羅に、演技がかった顔でニヤリと笑いかける。

 はずだったのだが・・・。

「バンちゃん何してるの?」

 なんとそこにいたのは森羅ではなく玄武だった。しかも、少し向こうの土間に鞍馬までが立っていた。こちらではなく、中庭の方を向いてはいるが。

「おわ! 玄武! なんでお前がいるんだよ、森羅は?」

「森羅さまなら、今帰っちゃったよ。飛火野さんに剣を渡すんだって」

「そ、そうか・・・。じゃああの技、見せてもらえないのか」

 少しがっかりした様子の万象に、玄武が不思議そうに言う。

「わざ?」

「あ? ああ、あのさ、森羅が剣を出してくるときって、シュッと手を上げて、ヒーローみたいじゃないか。格好良くないか?」

 万象が嬉しそうに言うのを見て、少し考えていた玄武が気づいたように言う。

「ほんとだ! 正義のヒーローがシュターって登場する時みたいだね!」

「だろ、だろ?」

「変身戦隊! ロクレンジャー!」

「ロクレッド!」

 両手を広げて戦隊ポーズを取る、玄武と万象。


 鞍馬は目の端にそれを眺めて、思わず優しい笑みを浮かべる。ただし決して2人には見えないように。

「なーにニヤニヤしてんの、鞍馬」

 するとそこへ、なぜか土間を通って雀がやってきた。

 玄武は全然平気だが、万象は彼女の声が聞こえた途端、正しい気をつけの姿勢になる。その早業に、また笑みを深めてしまう鞍馬だった。

「いえ、なんでも。ところで、雀さんはどうされたのですか」

「うーん、働き過ぎて身体が鈍ったから、よーしってお散歩してたらもっと疲れちゃったのよ。なにか甘いものが食べたーい」

 相変わらずのマイペース雀に、こんどは苦笑しながら鞍馬が言う。

「それでしたら、何かご用意します。何でもあると思いますが、食材を確かめてみますね」

「やっほー鞍馬がいてラッキー。えっとねー、何にしようかな」

「待て! それなら俺が作る!」

 いつの間に来たのか、腰に手を当てた万象がそこにいた。

「あら、バンちゃんが作ってくれるのー? じゃあ今思いついた。パフェがいいわ」

「おし、任せとけ」

「生クリームたっぷりで、フルーツいっぱいの!」

「お? なかなか良いリクエストだ、任せておけ!」

 ふん、とふんぞり返るように鞍馬を見て、万象はやけに張り切っている。


「あ、そういえば、あの、なんだっけ、そう、スサナルの剣。森羅さまがあんたに預けていったんだって? 鞍馬」

「え?! そうなのかよ」

 雀の一言に、シンク前に立ったばかりの万象が舞い戻ってきて聞く。

「どこにあるの? ちょっと見せてもらおうかなって思って。シナリオ書くための参考に」

「ぼくも見たい!」

 すると玄武がワクワクした顔で飛んでくる。

 万象もその場から動こうとしない。

 鞍馬は驚いたような顔をしたあとなぜか少しためらっていたが、ふと気持ちを決めたように微笑んで、天に手を伸ばした。

「ここにあります」

 差し出した手をすうっと下ろしていくと、その動きにあわせてキラキラと美しい軌道が出来、それが最後は剣に変わった。

「わあ!」

「まあ、きれい・・・」

 はしゃいだ声の玄武と、感心したように剣を見つめる雀。

 ただ、万象はものすごく驚いた顔をしたあとに、「くそ!」とだけ言い残して、またシンクの方へ戻ってしまう。

「鞍馬さんすごーい、ねえバンちゃんもそう思うよね! 戦隊ヒーローみ・・・」

 と、そのあとのセリフは雀の言葉にかき消される。

「まあ綺麗ねーこの剣! ちょっと玄武! よく見せてもらいましょうよ」

「うん!」

 玄武は目の前に出てきた剣に、無邪気に大はしゃぎだ。

 鞍馬はウインクする雀に、ほんの少し頭を下げたあと、玄武に剣の説明を始める。

 キッチンに立つ万象が唇をとがらせて、「ずりーよ、鞍馬のヤツ」とつぶやいていた。


 その日万象が作ったパフェは、やたらと気合いが入っていて、それはそれは美味しかったとか・・。



 あれからスサナルの剣は東西南北荘で大もてだ。

「ほほう、これがスサナルの剣か、どれどれ」

 トラばあさんは、うやうやしく剣を取り上げる。

「すごいよなー、ちょっと削って、分析しちゃおうかなー。・・・・・え? うわあー!」

 ニヤニヤしつつ刃物を持ち出すミスターが、ふとあらぬ方を見て、恐怖に顔を引きつらせる。

「(そんな物騒なものを持ち出して、どうする気じゃあ)」

 どうやら神様がお怒りになったようだ。

「うわあ~、すみませんすみません。もうしませえん」

 それを見た玄武が、雀にこっそり耳打ちする。

「ミスター、いたずらしたときのぼくがお姉ちゃんに言うのと、おんなじ事言ってる」

「ふふ、ミスターも神様にかかればただのお子ちゃまだからね」

「そうなの? 変なの」

 次に剣を持たせてもらったのは龍古。

「なんだか・・・すごい」

 龍古の瞳が剣の輝きを受けて、キラキラと黄金に輝いている。

「・・・すてき」

 うっとりする龍古に、玄武が興味深そうに寄っていく。

「聞いてみて」

 渡された剣に耳を当てる玄武。

「わあ・・・」

 そして彼も、本当に楽しそうに嬉しそうにニッコリと笑う。

 そんな様子に他の者はほっこりとしている。


 ただ1人を除いては。

 あのあと、なぜか万象は剣をよく見ようとはしない。ものすごく興味深そうに、チラチラと見るだけだ。大人たちはそんな万象を、ただ暖かく見守っている。



 ところで、スサナルの剣騒ぎに隠れていた、万象と鞍馬の20年前遭遇事件。

 あれはどうなったかというと。

「あのさ、鞍馬」

 あの日森羅に促されて下りてきた万象が、キッチンで声をかけてくる。

「はい」

「20年前の、あの日。あのときは、ありがとな」

「?」

 首をかしげる鞍馬に、万象は早口でまくし立てる。

「あのときの鞍馬の言葉に、ドチビながらに俺は助けられたんだ! だからありがとうだ。で、20年ぶり、久しぶりだな! で、これからもよろしく!」

 少し顔を赤らめつつそれだけ言うと、万象は「野菜もらってくる」と、土間を出て畑の方へ行ってしまう。

「・・・はい」

 残された鞍馬は、本当に優しい微笑みを浮かべ、姿が見えなくなったその人に返事を返したのだった。



 そんなある日。

 今日の授業は少し手の込んだ献立だったので、鞍馬が助手として教室にいる。

 はじめは助手なんて! と息巻いていた万象だったが、実際に授業を始めてみると、1人ではこなせないこともけっこう出てきて、彼に助手を頼むことになった。

 鞍馬は言うまでもなく最高の助手だ。決して授業を邪魔せず、しゃしゃり出ることもなく、万象が、ここで手がほしいと思うとき、さりげなく、けれど必ずそこにいる。

 悔しいが、今では必要不可欠な存在だ。

「では、今日の授業はこれで終わりです。質問があればしばらく受け付けるぜー」

「はーい」

 まわりに集まってくる生徒たちの質問に答える間に、鞍馬が目立たぬように後片付けまでしてくれる。

「ふう」

 生徒が帰ったあとにまわりを見回すと、もうすべて綺麗に片付いていた。

「ありがと」

 ぶっきらぼうに言う万象に、「これも助手の仕事ですから」と、さらりと言ってのける。

「最後の点検をしていただけますか」

「ああ」

 これもいつも通り。

 ここの授業の責任者は万象なので、彼が手を抜かずに点検をするのを知っているからだ。 そのあともいつも通り、きっちりと点検を済ませた万象が振り向くと、珍しくいつも通りではない事を言い出した。

「あのさ、鞍馬。ちょっとつきあってもらって、いいか」

「はい、何でしょう」

 いつもならさっさと家に帰る万象が、調理室の戸締まりをして鍵を返して、また鍵を受け取ると、なぜか鞍馬のホームグラウンドである道場へとやってきたのだ。

 訳がわからないような鞍馬に、万象は緊張した様子で言った。

「あのさ! スサナルの剣、よく見たいんだ。家だと、その、人が多くて、って言うか、ミスターが茶化すのわかってるから、じっくり見られないから!」

 その一言で納得した鞍馬は、嬉しそうに「はい」と返事をすると、手を天に差し出した。

 鞍馬が手を下げていくと、キラキラと輝きながら剣が現れる。

 万象は、瞳に映る剣の輝きとはまた違うキラキラした目で、その様子を食い入るように見つめている。

「どうぞ」

「・・・ありがとう」

 いつものぶっきらぼうではなく、心ここにあらずのような言い方で、鞍馬から剣を受け取る万象。

 万象は手に持ったその剣の重みをはかるように見つめ、そのあと鞍馬に了解を得て鞘から剣を抜くと、柄を持って振り上げたり振り下ろしたりする。その顔は本当に嬉しそうだった。

「へえ、いいな。けど鞍馬、ずりーぞ、こんなすごいもん、いつも持ってるんだよな」

「申し訳ありません」

「いや、森羅が預けたんだから、森羅がずりぃのか! けど、ふーん、そうかー、」

 いつの間にか鞍馬は床に正座して、飽きずに剣を使う万象を微笑みながら見上げている。


 そのうち、ふと思いついたように万象に提案する。

「剣術を習ってみますか?」

「や! と。・・・え?」

「お見受けしたところ、万象くんは運動神経が良いので、剣術もスムーズにこなせると思いますが」

 剣を振り下ろした姿勢のまま、まじまじと鞍馬を見つめていた万象だったが、ふっと笑うと、首を横に振った。

「いや、やめとくよ。失礼なミスターに言わせると、俺は熱くなりすぎて反対にやられるタイプなんだと。実際、自分でもそう思う」

 頷く鞍馬に、「あ、認めやがった!」と言ってからプッと吹き出す。

「今日はさ、本当にこの剣が見たかった、持ちたかっただけだ。もし何かあったときには、鞍馬がこれを持って頑張ってくれてるんだなって思って俺も頑張れるし。そのうちコウジンの剣も見に行くつもり。俺はどっちかって言うと、やっぱり銃の方が性に合ってるしな」

「本当にそうですね」

 今度は返事をして深く頷くと、万象は「失礼なヤツ」とまた笑って言う。

「俺は後方で、お前たちの死角からお前たちを狙ってるヤツを蹴散らすまでだよ」

 と、剣を持っていない方の手で、銃を撃つ真似をして見せた。

「期待しています」

「任せとけ」

 そう言った後、万象は剣を丁寧に鞘に収めて鞍馬に返す。そしてふと思いついた様子で鞍馬に聞く。

「そういえば、鞍馬はこれ、振ったことあるのか?」

「いいえ」

「なんで?」

「それは」

「それは?」

 すると鞍馬は、ほんの少し声を落として超真面目な顔で言う。

「振ると減るかと思っていましたので」

 ぽかん。

 そんな形容詞がついたような顔をしていた万象が「なんだよそれー」と、叫んだところで、鞍馬がまた生真面目に言った。

「冗談です」

「な! 真面目な顔で冗談言うな!」

 珍しくおかしそうに笑いだす鞍馬にあきれる万象だったが。


「減るかどうか、試してみましょうか」

 そのとき入り口の方から声がした。

「なんだ?!」

 音もなく立ち上がった鞍馬が、かばうように焦る万象の前に立つ。

 厳しい顔でそちらに目をやった鞍馬だったが、現れた人物を見て思わず微笑んだ。

「お久しぶりです、飛火野さん」

「え? ああっホントだ、飛火野!」

 誰あろう、それは飛火野だった。彼は丁寧に礼をして彼らの前へとやってくる。

「どうしたんだよ。・・・、あ、それってもしかして」

 鞍馬が万象の前から後ろに下がると、飛火野の手元が目に入る。

 彼が持っているのは、間違いなくコウジンの剣のようだ。

「コウジンの剣? やった、見せてもらいに行く手間が省けたぜ! なあ、鞍馬」

 嬉しそうに言う万象が手を差し出すと、え? と言う顔をしていた飛火野が、苦笑いをして剣を差し出した。万象が子供のようにキラキラした目でそれを見ていたからだ。

「どうぞ」

「ありがとう・・・」

 また心ここにあらずで、重さを確かめ、飛火野に許しをもらって鞘から剣を抜く。

「へえ、ふうん。・・・そうか・・・。や!」

 肩をすくめてその様子を見守っていた飛火野は、鞍馬に向き直ると、手を差し出した。

「御挨拶が遅れました、お久しぶりです」

「こちらこそ」

 がっちりと握手してくる飛火野に握手を返しながら、鞍馬は嬉しそうな万象の方に目をやる。同じように彼を見た飛火野が可笑しそうに言う。

「子供のようですね」

「はい。それが万象くんの良いところです」

「森羅さまとはまた違った、ね。まったく。私は早くあなたとお手合わせがしたいのに」

 ニヤリと笑う飛火野に、あきれたように微笑む鞍馬。

 ようやく気が済んだのか、万象が戻ってきた。

「ふうー、ありがとう飛火野」

「どういたしまして。いかがでしたか?」

「うん・・・なんて言うか・・・」

 そのあとがなかなか出てこない。少しじれ気味の飛火野と、いつものごとく静かな鞍馬。

「あ、そうか! 剣と2人の印象がまるっきり反対なんだ。スサナルの剣は、ものすごく荒々しくてさ、コウジンの剣はなーんか穏やかなんだよな。なんでだ?」

 そんな風に言う万象に、飛火野はまた肩をすくめたが、ふいに何かに気づいたようだ。

「そうですか、なるほど」

 そして深く頷くと、なんと! 万象にすらわかるほどの、いつものニヤリとは違う微笑みを見せたのだ。

 前代未聞だ! 天変地異だ! と、失礼な万象の思いなどつゆ知らず、飛火野はまた冷たいほどのポーカーフェイスに戻ると鞍馬に言う。

「それでは鞍馬、早速お願いいたします」

 相当気が急いていたのだろう。言うが早いが、飛火野はスススと道場の中央まで行って、そこに正座した。

 あきれたように彼を見やると、ふう、と息を吐いて、鞍馬もまた中央へと出て行くのだった。


「ごめんね、万象。飛火野がどうしてもって言うからさ、仕方なく」

 さっきから万象は森羅も来ていることに気づいていた。

 彼もまた鞍馬と同じく音もなく移動して、万象の横に並ぶ。

「仕方なくって感じじゃないぜ、その顔」

「そうかな? ああ、でも飛火野楽しそうだ」

 鞍馬に躍りかかっていく飛火野を見て、森羅はクスクス笑い出す。

「なんだよ」

「だってすごいんだよ、飛火野の鞍馬レーダー。もう帰りましたって言われたのにさ、こっちですって迷わずここまで来るんだもん」

「へえー」

 半分は感心して、半分はちょっと苦笑して、万象は2人の手合わせを眺める。

 飛火野の勢いに、鞍馬が苦戦している様子が見て取れた。

「でも、さすがは万象だね」

「え? なにが?」

「あの二つの剣。鞍馬の持つ方が荒々しくて、飛火野の持つ方が穏やか。この意味わかる?」

 唐突に質問されて、うーんと考え出す万象に、森羅はただ笑うだけだ。

「またよーく考えてみて。そのうち不意にわかると思うよ」

「え?! 答え教えてくれないのかよ!」

「うん、万象ならきっと理解するもん」

「う」

 そんな風に言われると、もう自分で考えるしかないと覚悟するのが万象だ。

「でも、2人があの剣で頑張ってくれるんなら、俺たちだってうかうかしてられないね」

「え?」

「なに? なにか変なこと言ったかな?」

「いいや」

 万象は、森羅が自分と同じようなことを考えているのが嬉しくなって、なぜか鞍馬を応援してしまう。

 とはいえ。

「何やってんだ鞍馬! 情けないぞ」

 と言うわかりにくい応援だが。


「はい」

 すると鞍馬が今までとは全く違う動きを見せる。今度は押されはじめる飛火野。

「う!」

 そしてついに、飛火野の喉元ギリギリの所で鞍馬の剣が止まった。

「はーい、そこまで」

 パンっと手を打った森羅に、スッと剣を引く鞍馬と、なぜか万象を恨めしそうに見やる飛火野がいた。

「「ありがとうございました」」

 とは言え、最後は2人ともすがすがしい表情で礼を交わしたのだった。




「万象さまは、ずるいです」

「え? どうして?」

「鞍馬だけを応援されました」

「え? あーいや、だって万象はあっちの人だし」

「ですが、こちらでは私もお世話させていただきましたのに」

「え? アハハ、ごめん、俺が飛火野を応援しなかったのが悪かった」

「いえ、そんなことは思っていません」

「応援しなくても勝てると思ったんだよ。飛火野の実力を持ってすればね」

「森羅さま・・・」

「でも、さすが万象の力はすごいね、って言うより、誰かのためを思ったときの鞍馬は、やっぱり無限だね」

「はい」


 夜更けに2000年前に帰った2人は、陽ノ下の庭で、未来の空ではとうてい見えない満天の星空を仰ぎつつ、とりとめもない会話を楽しむのだった。



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