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第1話 万象の恥ずかしい? 過去


 その日万象は、小さい頃の夢を見ていた。


「しゅう?」


「はい、季節のあきと書いて、シュウと読みます」


 あたりがぼんやりしている。

 どんなシチュエーションかは皆目わからないが、そのセリフだけはやけにはっきり聞こえてきた。



 唐突に目が覚める。

(ああ、夢かー。こんなにはっきりしたのは久々だな。あれって確か・・・。そうだ! まだドチビの頃、家族で京都旅行に行ったっけ・・・)

 万象は寝ぼけまなこでそんなことを考える。

 枕元の時計を見ると、そろそろ起きる時間だ。

「ふわーあ」

 大あくびを繰り出して、「仕方ない、起きるか」と、万象はベッドを抜け出した。


 顔を洗って1階に降りると、昨日到着したミスターが、こんな朝から鞍馬に迫っている。どうせまた遺伝子をよこせとか言っているのだろう。

「ねえー、どうしてもだめー? もう、つれないんだからぁ、シュウくんはあ」

 シュウくん? あれ、そういえば俺、鞍馬のファーストネーム知らないな。と思って、何気なく聞いてみる。

「シュウくんって、どんだけお友達だよミスター。で、鞍馬のファーストネームってさ、シュウイチとかシュウスケとか、シュウタとか?」

「バンちゃんちゃん知らなかったの? 鞍馬さんの名前はシュウだよ」

 そこへ玄武の声がして、どん、と後ろから玄武自身がぶつかってきた。

「おう、おはよ、玄武」

「おはよう!」

 明るい声でニッコリわらう玄武に、万象はすかさず聞き返す。

「シュウって・・・。えーと、字は?」

はるなつあきふゆの、秋だよ。ね、鞍馬さん」

 振り向いた玄武に返事して、キッチンから鞍馬が答える。


「はい、季節のあきと書いて、シュウと読みます」


 それはまるで今朝の夢を再現したかのようだった。


 しばらくぽかんとしていた万象だったが、はっと我に返るといきなり、「のわぁ!」と叫んで頭を抱え、2階へと駆け上がっていった。

「なんだ? 万象のやつ」

「バンちゃん、何か忘れ物でもしたのかな」


 万象は、「うわあああ」と頭を抱えて、ベッドに突っ伏す。

 思い出したのだ! 万象はあの京都旅行のとき、なんだかおかしな二人組と言い合いをして、知らない男? に助けてもらったのだ。

「鞍馬って、確か、せんねんびと? とかで長生きするんだよな? 姿も変わらないとか言ってたよな? だとすると・・・。あんときの、あんときの、あのおじさん! あれって、あれって・・・鞍馬だったんだ! うわあ、なんなんだよお!」

 何のことはない、万象は、ドチビ(小さい頃)の自分を知っている、そしてそれを鮮明に覚えている者がいると言うだけで、ただただ恥ずかしいのだ。しかも相手はあの鞍馬。涼しい顔をして、小さい頃の万象を「生意気だ」だの、「けれど、こんなことで泣くのですね」だの思っているかも! 

「うー、もう俺、下へ降りて行きたくない~」

 などと言って悶々としていたが。

 根がまじめな万象のこと、結局、出勤時間ギリギリになって1階へと降りていく。というのは、朝食の席で鞍馬と顔を合わせたくなかったからだ。

「遅くなっちまったんで、もう行ってきます!」

 ドタドタと和室から土間へ降りる万象。都合の良いことに鞍馬の姿は見えない。

「いってらっしゃーい」

「珍しいわね、朝ご飯抜き?」

「ちょっと時間配分、間違えちまった」

 雀おばさんに答えて玄関ドアに手をかけたそのとき。

「万象くん」

 と、後ろから今一番聞きたくない声がした。

 鞍馬だ。

 仕方なくちらりと見ると、いつの間に来たのか、すぐそばにいる。

 う、と固まったが、この距離で聞こえないふりをするのは万象にはちょっとムリだ。

「な、なんだよ」

 いつになくぶっきらぼうに答える。

「陽ノ下に到着されたら、これを召し上がって下さい。朝ご飯抜きは体に障りますよ」

 と、小さな包みを渡される。

「なんだよこれ?」

 不意を突かれて思わず聞き返すと、「おにぎりを少し」と言って鞍馬は微笑んだ。

「あ、ありがと」

 いつもならもっとスムーズで元気よくお礼を言うのだが、やはりさっきの今だ。立ち直るにはまだ時間がかかる。

「行ってきます」

 なるべくまともに顔を見ないように玄関を出ると、万象は陽ノ下家へ続く畑を駆けていくのだった。


「なんじゃ? 万象のやつ、いつになく無愛想じゃな」

 トラばあさんの疑問に、ミスターも不思議そうに答える。

「鞍馬のファーストネームを聞いてから、なんだか様子が変だったぞ? 季節のあきの音読み、知らなかったのかなあ」

「なんじゃそりゃ、あきの音読みは、しゅうに決まっとるじゃろ」

「季節の秋と書いて、シュウと読む・・・」

 すると隣で二人の話を聞いていた鞍馬が、そんな風につぶやいている。

「なんじゃ鞍馬まで。まさか自分の名前の読み方を忘れたか?」

「アハハハ、叔母さんそりゃないぜ。さっきも説明してたし。な!」

 鞍馬の肩をポンと叩き、

「さあーて、俺はこれから研究研究。叔母さん、離れ借りるぜ」

 と、ミスターは土間を通って庭へ出て行った。

「何かあったか?」

 さすがは年長のトラばあさん。ニヤリと、特に答えはいらんよ、という感じで聞いてくる。

「いえ、万象くんの了解が得られれば、そのうちお話しします」

「ははあ。まああいつの事じゃ、一筋縄ではいかんから、首を長~くして待っておるわい」

「恐れ入ります。よろしくお願いします」

 律儀に頭を下げる鞍馬に、トラばあさんはガハハと豪快に笑って、自分も離れへ行くべく土間を出て行った。



 その日の万象は、初めのうちは、ちょっとしたミスをしそうになっては持ち直すの繰り返しだったが。

「先生、大丈夫ですか」

「調子わるいんですか?」

 生徒に言われてあっと言う顔をした後は。

「いや、何でもないんだ。すまない」

 と、素直に謝って、それからはいつものような真摯な無愛想ぶりを発揮し始めた。

「やっぱり先生はこれでなくちゃ」

 嬉しそうに言う生徒に、「なんだよそれ」と、とても先生らしからぬ口振りで、けれど、それからあとは、とてもわかりやすい指導を続けるのだった。


「それでは、今日の実習はこれで終わります。質問のある人は、忘れないうちに聞きに来てくれていいぜ」

「はーい」

「はい!」

 ありがたいことに、今日の調理はけっこう初歩的なものだったので、助手の鞍馬は来ていない。ホッとしながら片付けをしていると、質問したい生徒が次々訪れて来て、その相手をしつつ、彼らの疑問からおこる新たな発見を楽しむ万象だった。

「ありがとうございました」

「家でも頑張って作ってみるね」

 最後の質問者が嬉しい言葉を残してキッチンを出て行くと、万象は緊張を解いてうーんと伸びをする。

 コンコン。

 すると開け放たれた入り口の扉をノックする音がした。


「万象先生、頑張ってるね」

「森羅!」

 そこに立っていたのは森羅だ。

「何しに来たんだよ」

「はは、相変わらずだ。何かなくちゃ来てはいけないのかなあ? ああん?」

 ふざける森羅に、ブブッと吹き出しながら万象はとても楽しそうだ。

「いや、そういう森羅も相変わらずだな。あ! じゃあ今日は俺ん家で晩飯を食べていけよ、腕によりをかけて作ってやる」

 森羅はそんなことを言う万象にきょとんとしていたが、うつむいてしばし考えるような様子を見せる。

「いや、今日は鞍馬の晩飯が食べたい!」

「うぐ!」

 思わず力が入る万象に、森羅はははーんと言う顔をしてその肩に手を回す。

「そんなに落ち込まないでよ。万象が作った方も食べてあげるからさ」

 だが、さっきまでの勢いはどうしたことか、万象は少しつっかえて言う。

「い、いや、やっぱり俺、今日は晩飯は作らないことにするわ」

「ふふーん?」

「なんだよお」

「なんだよお」

 復唱した森羅は、万象の肩に手を回したまま、本宅へ行くべくキッチンを後にした。


 その夜はまたまた玄武が、森羅とミスターを隣にはべらせて? たいそうご満悦。

 はしゃぐ彼に隠れて万象がぎくしゃくしているのに気がついたのは、もちろん大人たち。だがそこはそれ、大人だから皆、うまくスルーしている。

 眠そうなのに森羅から離れない玄武に「今日は泊まっていくよ」とささやいて安心させ、彼が寝てしまうと森羅は万象を夜の散歩へ誘い出した。

「月が綺麗だねえ」

「夏目漱石によると、アイラブユーを訳すときは、月が綺麗ですねと言うそうだ」

「へえ、じゃあ俺は万象にアイラブユーなんだね」

「な!」

 あはは、と月に負けず劣らず綺麗に笑う森羅に、ため息しつつも笑いかける万象。

「お前なあ」

「なにかあったんだよな? 隠してもわかる」

「うー」

「うん、かなり重傷だな」



「なあ森羅、お前さ、小さいときのこと覚えてるか?」

 唐突に聞く万象に、森羅は少し驚いた様子。

「小さいとき?」

「ああ、3歳くらい」

「うーん、全部はさすがの俺も無理」

「そうか」

 と言ったあと何やら考えていたが、また唐突に質問をする。

「森羅は、その頃のことを知ってる大人に会ったら、はずかしくないか?」

「え?」

「可愛かったとか、・・・泣き虫だったとか」

「おしめを替えてあげたのよー、とか?」

 面白そうに言う森羅に、

「いや、さすがにそれはない」

 と言ってしまってから、ハッと気づく万象。

 森羅がニコニコしながらえらく顔を近づけてくるので、思わず「なんだよ!」と言いつつ距離を取る。

「鞍馬?」

「え?」

「鞍馬って千年人じゃない? だから当時も大人で、万象の小さい頃と対面してても不思議はないよね?」

「う・・・」

 いきなり正解を突きつけられた万象は、返す言葉もなく詰まってしまう。

「当たりか。変だと思ったんだ。いつもなら鞍馬の晩飯が食べたーいなんて言ったら、万象すごくムキになるのにさ、今日は簡単にあきらめちゃうんだもんね。で? 鞍馬が何か言ったの? いや違うな・・・たぶん万象の独りよがり、もしくは、ありもしない妄想だよね」

「妄想じゃない!」

「え? じゃああり得ない話だけど、本当に鞍馬が何か言ったか、もしくはほのめかしたの?」

 むきになって言う万象に、森羅が本当に驚いたように言うので、「い、いや」と、つい小声になってしまう。

 しゅんとうつむいてしまった万象を、笑みを含んだ目で眺めていた森羅は、また月を見上げながら言った。

「大丈夫だよ、鞍馬は知ってても、むやみに人に話すような人柄じゃないよ」

「それが余計に嫌なんだ」

 ぼそっとつぶやく万象を見て、今度は妙に納得する。

 万象の性格ならそうだよね。まあ、あちらはずっとあのままの大人で、こちらは、いたいけもない純粋なお子様だったんだもんな。男の沽券にかかわるとか、そういうプライドからくるのかな。

 森羅は万象に向き直ると、人差し指を立てて言った。

「じゃあ、俺が聞いてあげよう。で、万象はその場に偶然居合わせれば良いんだよ」

「え?」

「鞍馬にさ、万象だけじゃなくて、東西南北荘の住人にその昔合ったことがないかってね。もしかしたら他にあってる人がいたりして、だったら万象だけじゃないよ、恥ずかしいの」

「う・・・、そうだけど」

 それでも渋る万象に、森羅がとんでもないネタバレをした。

「俺なんて、母親のおなかの中にいるときから一乗寺に知られてるんだから、リアルでおしめを替えてもらってるんだもん。いやあ、今じゃ俺の方が年上に見えるのにねー、それに一乗寺ってことのほか可愛いしねー」

「え?」

 それこそ目をまん丸くして森羅を見つめる万象に、いぶかしげな様子を見せたあと、あっと気がついて森羅が言った。

「あ、万象には言ってなかったっけ? 一乗寺も千年人、なんだよ」

「え? ええーーー!」

 万象の遠吠え?に、月が迷惑そうに雲を呼び寄せて身を隠しはじめるのだった。



またまた始まりました、東西南北荘4です。

今回もあらへ飛びこちらへ飛び、2000年の時を自由自在に行ったり来たりです(笑)

冒頭に出てくる万象の夢の詳しい内容は、

『はるぶすと』シリーズ14の「第5話 再びミステリーツアー」に出てきます。

興味のある方はどうぞご覧下さい。

亀の歩みでのんびり更新いたします。どうぞごゆるりとお楽しみ下さいませ。 

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