あなたの本職は魔法師でしょうに
あのあとはエミルと買い物を楽しんだ。
露店でエミルにとって初めての庶民的な食べ物を食べたり、ドレスとは全然違う服に戸惑ったり、色々あった。
「はぁ〜、疲れたわ!でも、楽しかった!ご飯も雰囲気が違って美味しかったし」
宿の部屋に戻ると、すぐさまベッドへ飛び込む。
安宿なだけあってベッドは硬いが、もう慣れたらしい。
もちろん、私は既に慣れている。…というか、懐かしい。
「そうですか。」
「それよりロッソ、明日は冒険が出来るのよね?」
「えぇ。と言ってもまだFランクなので物足りないと思いますよ」
「そんなのどうでもいいわ!たくさん依頼をこなして早くランクを上げればいいのよ!」
シャキン、とエミルが腰の短剣を抜いてみせる。
あなたの本職は魔法師でしょうに…
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ふっ!…はぁっ!!」
翌日、森の中で私達はアルミラージと呼ばれる角の生えた大きな兎を相手に戦う。
角があると言ってもたたが兎なので危険はそんなにない。
受けた依頼はアルミラージの肉の納品。
1kgにつき銀貨1枚とそこそこ割のいい依頼だ。
アルミラージは1匹から300gほどの肉がとれるからな。
「エミル!1匹抜けました!」
当然私が前衛を務めますが、5〜8匹を同時に相手取るのでたまにエミルのところまで行かせてしまうことがある。
そういうときにエミルの出番だ。
「ようやく私の出番ね!」
短剣を構える。
ここで魔法を使わないのは肉の品質を損なわないためだ。
私の本職は魔法師。だけど、短剣術だって護身用にお父様から習ったわ!
たかが兎1匹、なんてことないはずよ!
高鳴る鼓動を感じつつ、緊張を和らげるために自己暗示をかける。
ヒュッと空気を裂く音とともにアルミラージが駆け出す。
特徴的な角を突き出し、目の前の人間を殺害するべく跳ぶ。
「ッ!来る!」
短剣の腹を角の側面に当て、アルミラージのバランスを崩しつつその攻撃を避ける。
「ギッ!?」
バランスを崩されたアルミラージは着地に失敗し、致命的な隙を生み出した。
ここだっ!
「やぁあああっ!!」
その隙を見逃さず逆手に持った短剣をその腹に突き立てる。
その一撃でアルミラージは短い断末魔を残して死んだ。
「流石です。エミル」
解体を終え、エミルに話しかける。
「まぁ、当然よ!これでも短剣術も習ってたんだから!」
習っていたとはいえ、私の知る限りその期間は三ヶ月に満たなかったはずだ。
それだけの修練期間でこれだけ出来れば上等だろう。
いや、むしろかなり才能があると言ってもいい。決して当然ではないだろうな。
…まぁ、これを言うと調子に乗りかねないので口には出さないが。
「…ッソ………ロッソ!何考えてるの、行くわよ!まだ別の依頼が残ってるんだから!」
「…そう、でしたね。次はEランク依頼のレッドビーの討伐および毒針と蜂蜜の納品でしたっけ?」
「そうよ。ほら、日が暮れちゃうわ!」
エミルは私の手をとって早足で進む。
依頼書には森の西にある大きな木に巣があると書いてあった。
表現が抽象的でややわかりづらいが、西にいけばそのうち分かるだろう………
………ほら、見えてきた。
木々の葉の間から明らかに周囲より高い木が見える。
あれだな。
目を凝らすと大量の何かが木の周りを飛び交っているのが窺える。
十分程度も歩くと木の近くまでついた。
近くの低木の影に隠れているためレッドビーには見つかっていないが、このままここで隠れていても直に見つかるだろう。
「エミル、レッドビー相手に私は役には立てません。エミルの魔法がたよりです。
たしか、氷属性の魔法が使えましたよね。威力は低くてもいいので氷属性の範囲攻撃でお願いします。」
「わかったわ!」
魔法は火・水・風・土の4つの基本属性に加えて炎・氷・雷・金・光・闇の6つの上位属性、さらにこれら上位属性が合わさった複合属性と神撃・聖の2つの最上位属性、そして何にも分類されない無属性がある。
確か、エミルは基本属性といくつかの上位属性が使えたはずです。
「ブリザード!」
エミルが木の影から躍り出て魔法を放つ。
ブリザードは広範囲の天候を吹雪に変える上級魔法だ。
それもただの吹雪ではなく、ちゃんと放てば村くらいなら壊滅させられるだけの威力を持っている………のだが、このブリザードは明らかに威力が無い。それはなぜか?
そう、エミルには問題があった。エミル自身とエミルに魔法を教えた教師と私しか知らない問題が───
「フレイムランス!!」
時は遡り、まだエミルが7歳の頃。
親が呼んだ家庭教師の元でエミルが炎の槍を生み出してみせる。
「いけーーーーーっ!!」
可愛らしい気合と共に槍が木の的に発射される。
フレイムランスは上位属性である炎属性の魔法だ。
その場にいた誰しもが的が粉々に砕け散り、燃えて炭になる未来を予想した。
が…
ヒュボッ…
的に当たった炎の槍は小さな音を立てて消え去った。的には僅かに焦げたような跡があるだけだった。
「「「え?」」」
後に家庭教師が原因を調べてみると、原因はエミルの魔力の質が悪過ぎることにあった。
エミルは魔力量や発動速度、学習面でとてつもない才能を発揮してみせたが、奇しくも魔力の質が悪かった。
魔力を水に例えるなら、巨大な泥沼だ。
実際、エミルは普通の魔法師が5年以上かけて習得するレベルの魔法を2ヶ月で習得したのだ。これを天才と言わずしてなんというか。しかし、やはりそれには威力がなかった。
つまり、見かけだけの虚仮脅しにしかならない。
当然、エミルは落ち込んだ。
一時期は魔法のことが世界で一番大嫌いになった。
だが、そんなエミルに家庭教師が1つの提案をする。
「お嬢様。あまり言いたくはないのですが、お嬢様の魔力の質を向上させる方法が2つあります。」
エミルはそれに飛びついた。やっぱり、エミルは魔法が好きだったのだ。
「1つは、魔物の核である魔石を取り込むことです。これは口で言うだけなら簡単ですが、実際は大変な苦労が伴います。
まず第一に魔石はこの世のものとは思えない味がします。どれだけ美味しく、大量の料理ですら、その中にほんの小指の爪の先程度の魔石を入れただけでその料理は生ゴミのような味と臭いになります。
第二に、魔石は言わば異物です。それも、魔力の籠もった。
つまり、肉体が拒否反応を起こして全身に激痛が走ります。」
ゴクリ。エミルの生唾を飲む音が聞こえる。
それは恐怖からか、覚悟ゆえか。
「もう一つの方法は魔物を倒すことです。これは1つ目よりも大きな苦労が必要です。
分かりやすく、今のお嬢様の魔力の質を1としましょう。そのお嬢様がゴブリンを倒したとすると質は1.000001くらいになりますね。
しかも、複数人で倒したとなるとその0.000001をその人数で分け合うのでさらに利益は減ります。
つまり、お嬢様の魔力の質を2にするにはお1人でゴブリンを1000000匹倒す必要があります。」
「や、やるわ。ゴブリンくらい、なんてことない…もの……」
活発なエミルらしからぬ尻すぼみな言葉。相当不安なのだろう。
それもそうだ。エミルは貴族。貴族であるが故に魔法が使えないというのは致命的。
他の貴族から舐められてしまう。
「では、お嬢様に魔物との戦闘はまだ早いですので魔石の取り込みから始めましょう。よろしいでしょうか?」
「お、お昼ごはんの…スープ…だけ、なら…」
美味しいものの大好きなエミルからしたら、これでも頑張ったほうだ。
「わかりました。ご両親に伝えておきますね。」
それから9年。エミルの魔力の質は向上し、初級・中級・上級・特級・王級・帝級・覇級・神級とあるうちの中級までならまともな威力で発動できるようになっていた。
もっとも、発動だけなら王級まで出来るのだが。
それはひとえにエミルの努力あってのものだ。
「お疲れ様です」
氷漬けのレッドビーの散らばる地面をレッドビーを踏まないようにエミルに近づく。
いくら威力がないとはいえレッドビーは脅威度Eの魔物。
ブリザードになすすべなく凍ってしまったようだ。
だが───
「危ないッ!!」
氷漬けのレッドビーを拾い集めるエミルに急接近する複数の影を発見し、剣で弾き防御する。
「レッドビーソルジャー!?聞いていないぞ!」
レッドビーソルジャーは繁殖期に発生する雄のレッドビーが成長し、進化した魔物だ。
今は春なので恐らく去年の秋に生まれた個体だろう。
その脅威度はD。それが4匹となればとてもEランク冒険者の手に負えるものではない。
「エミル、下がってください!」
エミルを庇うように前に出る。
驚異度Dの魔物が4匹も集まればその驚異度は実質Cにまで上がっていてもおかしくはない。
私達の手に負えるかどうか、わからない。