ロッソは堅いのよ
基本的に毎週日曜日の15時に投稿します。
「では、お嬢様はこの宿で待っていてください。私は冒険者登録をしてきますので」
前にも言ったとおり、私は元冒険者だ。登録の手順も分かっているのですぐに済ませられるのだろう。
言い忘れたが、前の冒険者証は既に失効しているためGランクからだ。
「嫌よ」
…ふぇ?
「私も登録するわ!」
あぁ、そうか。好奇心旺盛なエミルお嬢様の事だ。
冒険者と言うものに興味を示さないはずが無い……!それくらい容易に想像つくだろうが。
バカか私は。
……ともあれ、こうなってしまった以上お嬢様を諦めさせることは不可能に近いだろう。
だが、せめて…
「お、お嬢様。冒険者についてどのくらい知っていますか?」
「Sランクがすごいってくらいね!」
やはりか…。しかたあるまい、この事については追々教えて行けばいいだろう。
お嬢様もずっと私が付き纏わなければならないほど弱いわけじゃない。
あくまでも私の見立てだが一般的に下級と呼ばれるF〜Eランクの平均くらいの身体能力とDランク魔法師くらいの魔法が扱える。
少なくとも、悪いようにはならないだろう。
「………では、登録してきましょうか」
▲▽▲▽▲▽▲▽
私の手元に『ロッソ・フレンメル(17)』『Gランク』『剣士』そして私達のパーティ名の『レッドメル』とだけ書かれた質素な木製のカードがある。
お嬢様も『エミル・レッドフィールド(16)』『Gランク』『魔法師』『レッドメル』と書かれた同じカードを持っている。
レッドメルはそれぞれ二人の名字から取ったものだ。
はじめての冒険者証に何か思うところでもあったか、しみじみとそれを見つめている。
「お嬢様、とりあえずGランクでは何かと不便ですから、早めにランクアップを目指しましょう」
「ううん、その前にやることがあるわ。
私のことはエミルと呼びなさい!ついでに敬語も禁止!」
な!
「騎士として、仕える者として主人を敬うのは当然のことです!それを──」
「いい?ロッソは堅いのよ。そんなんじゃやってけないでしょう?
じゃあ、命令よ。言いなさい、エ・ミ・ル。できたらしばらくは敬語使うの許してあげるから」
「エ、エミル……様。」
「ダメ!エ・ミ・ル!!」
「エミル…」
やってしまった感が凄い……!!
どうしてこんなことに!?
…いや、冷静になってみればこれが正解なのか?
いやいや、もちろん騎士としては大不正解だが、厄介事を避けるという意味では良いのだろう。
「良くできたじゃない」
お嬢様に褒められ、顔が上気するのが感じられた。
「さ、ランクアップするわよ〜!!」
ルンルンと擬音が聞こえてきそうな歩き方で意気揚々と依頼掲示板へお嬢様が………エミルが向かう。
その様子はなんだか頼もしいようにも感じた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
さて、私達が受けた依頼は隣町へ向かう行商人の馬車の護衛だ。
護衛の依頼は基本的に割に合わないのだが、移動のついでであるためこれが最適解と言う訳だ。
「いや〜やっぱり若いってのはいいですな!Gランクなのに頼もしく見えちまうね」
私達がGランクなのにこの仕事が出来るのは単に頼もしそうに見えるからではなく、通る街道が魔物の出現のほとんどない場所だからだ。
つまり、万が一魔物が出た際は護衛を囮に逃げるという訳だ。
冒険者は自己責任の上で行動するため死んだところで何も無い。
その上、上位冒険者を雇うと高くつくからな。そういう訳だ。
「一旦休憩にしよう。」
行商人が言い、馬車が停まった。
「お嬢……」
お嬢様、と言いかけてエミルに睨まれた。
「エミル、私達も昼食にしましょう。保存食を出してください。」
「わかったわ!」
出されたのは干し肉に黒パンと水。どれも匂いのほとんどないもので、同時に味もほぼ無い。それにカッチカチだ。
のだが、プ〜ンと料理のいい匂いが漂ってくる。
匂いのもとを探してみると……あった。行商人だ。
グツグツとシチューを温めている。
…変わった行商人もいたものだな。普通保存食や簡易食で済ませるものなのだが。
「──ッ!」
魔物の嫌な気配を感じ、口の中のパンを水で流し込む。
なぜだ?ここは滅多に魔物が出ないはず…………そうか、シチューだ。
「火を消せ!匂いにつられて魔物が来た!エミルも戦闘態勢を整えて!」
行商人が慌てて鍋に蓋をし、火を消す。
だが、もう遅い。茂みからボロい剣を持ったゴブリンが数体現れる。
「ひっ…」
声を漏らしたのは行商人。恐らく行商人になって間もなかったのだろう。魔物を見たのも初めてかそれに近いのかも知れない。
「援護を!」
叫び、剣を抜いて突撃する。
「はっ!」
突撃の勢いを剣に載せ、先頭のゴブリンに振り下ろす。
ゴブリンの掲げた剣ごと頭を叩き割り、戦闘が開始する。
「ギョギャ!!」
仲間を殺されたことへの怒りか、飯にありつけなかった腹いせか。
激昂した1匹のゴブリンが袈裟がけに振り下ろす剣を剣で受け止め、弾き返して怯ます。
そこへ魔法が飛んでいくのを横目にもう1匹に返す刀で一撃。
更に蹴りを入れてバランスを崩し、トドメの一撃。
「やるじゃない!」
「エミルこそ。ナイス援護です」
うん、上手く連携も取れたしこれならやっていけるな。
「お二人共、見かけ通り強いですなぁ」
まぁ、元Dランク冒険者だしな。という言葉は飲み込み、無言で返す。
この男は魔物出現の元凶だったはずなのだが、感謝や謝罪の言葉すらない。
危機感が無いのか?
…一刻も早くこの依頼を終わらせるべきだ。
と考えていると、エミルが耳打ちしてくる。
「早く依頼を終わらせて、この人から離れましょ。危ない気がするわ」
「同じことを考えていました」
「決まりね」
言うと、エミルは行商人に「また魔物がくるかもしれないから早く行こう」と急かした。
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依頼が終わったのは翌日となり、僅かな報酬とFランクの新たな冒険者証を受け取った。
その後は一泊だけの安宿を取り、中で今後の方針を決めることとした。
「いきなり飛び出してきたはいいけど、何を目標にするかで目的とするべき街も変わるから早めに目指すべきところを決めてしまおう」
「そうね、ドラゴンを倒してみたいわね!これで決定よ!!」
また無茶振りを……。
まぁ、少々高過ぎるような気もするが、高めの目標設定は大切だろう。
目標は達成する為ではなく目指すためにあるのだしな。
「わかった」
さて、あっという間に決まってしまったな。
夜まではまだ時間があるし、少し手持ち無沙汰だな。
かと言って、今から依頼をこなせるほどあるわけでも無い。
エミルもさっきから暇ねと呟いている。どうしたものか。
……そうだな──
「エミル、買い物に行きませんか?」
「いいわね!」
エミルの一言で決まり、街へ繰り出す。
今まで貴族の生活を送ってきたからかこういう街の風景は珍しく映るらしく、しきりにキョロキョロとあたりを見回している。
そうして歩く内になにか見つけたらしく、エミルは声を上げた。
「ロッソ!あれやりましょう、あれ!」
背の低いエミルがジャンプして人混みの中から指すのは力自慢大会だ。
大会と言っても、主催者に腕相撲で勝てば飾られている魔導具が1つ貰えるというシンプルな物だ。参加料は銀貨1枚らしい。
負けてもそこまで痛い出費では無いので、参加してもいいだろう。
「さぁ〜!誰かこの俺に、怪力男に勝つ自信がある者はいないかぁ〜!?勝てば魔導具が貰えるよっ!
参加料はたったの銀貨1枚だ!」
人混みをかき分け、エミルが進む。
「はい、はい!!ロッソがやるわ!」
エミルは私の手を掴み、無理やり手を挙げさせる。
まぁ、わかってましたがね。
「お!兄ちゃんいい体してんね!」
私はノンケだが、そういう意味ではないだろう。
そして私が参加すると聞き、暇な野次馬が集まる。
『兄ちゃんに銀貨2枚!』『いいや、無いね。銀貨1枚』などと声が聞こえるので、恐らく賭けをしているのだろう。
もちろん、『ロッソに金貨3枚よ!』と言う声も聞こえて来た。
「準備はよろしいですか?」
審判役の男が台を挟んで座る私達に問う。
「「あぁ」」
手を掴み合い──
「レディ………ファイッ!!!」
掛け声と同時に全力で相手の腕を倒すべく力を入れる。
「ぐっ…やるな、兄ちゃん!だが…勝つのは俺だ!」
言い終わると同時に私にかかる力が増加する。
ま、まずい!押されている!
10秒ほど時間をかけて男は私を追い込み、私の拳は台につく寸前となっている。
く…!お嬢様に恥をかかせるわけには……!!!
だが、奮闘虚しく私の拳と台はもう数ミリ程度の間隔しかない。
このままでは負け───
「ロッソ!頑張って!!!」
「──ッ!!!!」
ズドンッ!男の拳が台についた。私の勝ちだ。
「勝者、ロッソ!」
「あはは、勝ったわ!やった!!何が貰えるのかしら!」
「くぅ〜…やるなぁ!まだ腕がビリビリしてるぜ!」
言いつつ、男が箱を持って私に近づく。
「ほらよ、くじを引きな!当たった番号の魔導具が貰える。」
男が指さしたのはショーケース。それぞれ1〜100の番号が振られていて、数字が小さいほど良いものが当たるらしい。
「安心しな、100番でも銀貨1枚相当だ。」
損はしないというわけか。
「エミル、引いてください」
「ええ!」
エミルが張り切って引いた番号は28番。なかなかだろう。
「えーと、28番は……と。お、兄ちゃんにちょうどいいな。整備不要の鞘だ。大きさも剣に合わせて変更されるぜ。」
整備不要の鞘はその名の通り挿した剣の整備を自動で行ってくれるものだ。
いいものを貰ったな。