旅に出るわよ!
とある貴族の館に甲高い声が響き渡る。
「ロッソォーーー!来てーーーー!!!」
…!お嬢様の声だ。
館の裏で薪を割っていた私は直ぐに薪割りを中止し、空いていた物置の部屋から館に入る。
そのまま階段を駆け上がり、お嬢様の部屋をコンコン、とノックする。
その間、約8秒。
これは誰にも言ってはいないが、エミルお嬢様専属の騎士である私はお嬢様の呼びに十秒いないに駆けつけることをモットーとしている。
「入って!」
ガチャリ、開けてみると、何故か旅支度をしているお嬢様がいた。
破天荒なお嬢様のことだ、また何か思い付いたのだろう。
「旅に出るわよ!ロッソ!」
「は、はぁ…。ですが、レイモンド様が許さないのでは?」
エミルお嬢様はこの国、アルヘイトの辺境伯であるレイモンド・J・レッドフィールド様の娘だ。
上には2人兄がいて、お嬢様は末っ子だ。
「大丈夫よ!お酒に酔わせて無理やり許可を取ったもの!
それに、ロッソが守ってくれるんだから大丈夫でしょう?」
「む…私だって万能ではありません。その時が来れば全力を持ってお嬢様をお守り致しますが…」
私は冒険者だった過去を持っている。
当時明らかに格上であった魔物に挑み、なんとか仕留めはしたもののその魔物の毒にやられ死ぬ寸前出会ったところをエミルお嬢様に拾われたのだ。
その時のランクはG〜Sある内のD。中堅と言ったところだろう。
今は1日たりとも欠かしていない鍛錬のおかげでランクC相当はあるだろうな。
まぁ、そんなことはお嬢様の前では関係ない。私はただ、お嬢様を守るだけだ。
ちなみに、レイモンド様を酒に酔わせて言いなりにさせるのはお嬢様の常套手段だ。
「細かいことは良いのよ!さ、早くロッソも支度して。多分長くなるわよ」
言われ、テキパキと支度を始める。
こうなったお嬢様はもう、止められない。
えーと、剣よし、ナイフよし、軽鎧よし、保存食よし、金よし、服よし、生活用品よし、魔導具よし。
こんなものか。
硬くしなやかな黒鉄でできた軽鎧を着込み、ミスリスとアダマンタイトの合金の剣を腰につけ、ナイフをその横につける。
その他は全てお嬢様の空間倉庫の魔法で作った異次元空間に収納してある。
もちろんお嬢様の荷物もだ。
「行くわよ!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「で、どちらに向かうのですか?」
「ぁ……も、もちろん、決めてないわ!」
だと思いましたよ。
こんな事もあろうかと行き先を考えておいたかいがありました。
「では、北に向かいましょうか。そちらには大きな冒険者ギルドもありますので、冒険者家業で露銀を稼ぎながらその次の行き先を考えましょう。
持ってきたお金は十二分にありますが、いくらでも使っていいという訳には行きませんからね。
緊急時にも備えて持ってきた内の半分は普段は使わないようにしましょう。
それか──」
「細かいことはいいわ!進みましょう!」
「えぇ、そうですね。」
お嬢様に長い話は禁物だ。
「なーんか暇ねー。ずっと景色が変わらないもの。」
森の中の街道を歩いていると、案の定お嬢様がぼやいた。
「では、簡単なゲームでもしましょうか。これを見てください。」
道端にかがみ、1つの草を指し示す。
この草はすり潰して持ち歩くと虫除けになるというものだ。
もちろん、大したことはなく蚊などの小さな虫にしか効かない。
「この草を見つけたらちぎり取って下さい。そして、すりつぶしてこちらの袋に入れていくんです。
まぁ、それだけです。」
「いいわ!貸して!」
私からひったくるように差し出した小さな袋を手に取ると、お嬢様は示した草をプチプチとちぎり、袋に入れて揉んですり潰していく。
お嬢様「……飽きたわ」
ロッソ)やっぱり……