第2章 前編 私は何をしているのだ?
やっと家からでた所から続きです。戦争中とだけあって旅も中々気が抜けない。しかし、気が抜けないだけでは旅を楽しめない。ちょっとしたお笑い回です。
ベーレンス共和国圏を抜ける為、アンデンスリーブを囲む暗い森へとアーヴェンは向かった。始めは整備された森の中の街道を通るつもりだったが、入り口に差し掛かった時に人の死体を見つけたため、進路を変更する事にした。見通しが悪く歩きにくい森の中を進んで行くのは危険が多いが、それは自らを襲撃せんとする相手にとっても同じことだ。であれば不利であっても囲まれにくく、障害が多い場所であれば戦いにおいて危険は少ないだろう。そう考えて少年は道を選んだが、少々懸念すべきことがあった。
「人間相手だとこの方法は有効だけど、問題は猛獣どもだな。オオカミやクマ相手じゃこれは危険だ。」
人間と違って動物はこの森のエキスパートなのだ。この森を熟知しているものに対してこのやり方はあまり賢いとは言えない。そこで、アーヴェンが取った方法は出来るだけ街道から離れぬよう時折街道へ出たり、森に逃げ込んだりを繰り返す方法であった。コンパスとクロスボルトを片手に緊張した様子で歩を進めていく。
その成果があったのか、森の中間地点辺りで雨に遭うまでは誰にも会わずに済んだ。
「これは長雨だな。雨が降ってる間に森を抜けられそうにもないし、今日は雨宿りかな。」
少し森の奥深くに入り、雨宿りによさそうな場所を探していると、大きな岩があった。岩の周りをぐるっと一周すると、そこには人が入るにはよい空洞があった。蜘蛛の巣が張っている事や、足跡が見当たらない所を見ると最近人は入っていないようだ。しかし念には念を入れるべしと考えた少年は、荷物をあらかた空洞の中にしまい、周囲を警戒した。ジッと雨が去るのを待っていたが、徐々に寒気を感じてきた。危険ではあるが、此処でたき火をする必要があると少年は考え、近くから枝と葉を拾い集めてきた。バックパックから火打石を取り出し、火をつけようと試みたが、湿っていて中々火が点かなかった。
何度か試してようやく火が点いた。少年は濡れてしまったマントを乾かし、冷えた体を温めた。武器の点検を済ませ、軽い食事を済ませた。少し焼いたチーズをパンの上に乗せ、干し肉を少々齧りながらパンを食べるのは中々に美味いものだった。保存食ばかりを食べていると水が欲しくなるが、近くに川も見当たらないため、少しずつ摂ることにした。
火に当たっている内に彼は眠気を感じてきた。緊張した状態で歩き慣れぬ道を進み続けていれば疲れは段々と溜まっていくだろう。しかし、此処で眠っては人か動物が接近してくるだろう。寝首を掻かれるのは避けたい事であった。
「お~い。そこの少年。」
その一言で彼は目を覚ました。そして即座に腰のナイフを抜き周囲を警戒した。寝ぼけていてすぐには解らなかったが、声の主はすぐそこに居て火に当たっていた。紅いフードを身に纏った女が二人少し彼から離れた位置で話しかけてきていたのだ。
「ちょっとやめてよ。そんな危ない物向けるの。」
「気を付けろ。奴はクロスボルトまで持ってる。」
一人は武装解除するよう言うが、もう一人は対峙する気満々の様子で身構えていた。対話か戦闘か。武器は近くにある。速さでは自分に優位性があるだろう。しかし相手は多分手慣れだ。見た所盗賊の様な恰好をしている。噂に聞いた女盗賊団の構成員と言ったところか。少年は考えた。こいつらを排除するか、それとも目的を聞いてから排除するか。
「ねぇ、お願いだから武器を下してよ。私たちは雨を避けてここに来ただけよ。そしたらアナタが眠っていたものだから…。」
「止めておけ。多分聞く気は無いぞ。」
大人びた容姿の赤フードの女は少年を説得しようとしているが、ぼろの赤フードは説得よりも争う事を選択しているようだった。少年はしばらく考え、ゆっくりと武器をおろした。
「ふぅ…。意外に分かってくれる子でよかったわね、ヴァネッサ?」
「油断するなエルゼ。不意打ちを喰らうぞ。」
話し合うか拘束するかで言い争う二人の女をよそに、アーヴェンは自分の持ち物を確認した。相手が盗人となると金目のモノはもう盗まれているかもしれないと考えたからだ。
「(盗まれたモノは無いか…。ひとまずは安心だな。)」
少年は内心ほっとして、二人の方に向き直った。ずぶ濡れだというのに随分元気なものだ。
「アナタは何でもかんでも暴力に訴え過ぎよ?少しは大人としての余裕ってものを持てないのかしら?」
「子供とて油断するなと言っているんだ!お前は自分の魅力ってものを過信しすぎだ。」
「あー、ちょっといいかな。姉さん方?」
口喧嘩を取りあえず辞めさせるため、少年は口を開いた。すると真っ先に反応したのが、エルゼと呼ばれた女だった。
「あら坊や。ごめんなさいね、寝てる間にお邪魔させてもらったわ。何にせよこの雨に遭ってもうずぶ濡れで…。」
四つん這いの状態でこちらに寄ってくる女に少年は危険を感じ、少し後ずさった。ウェーブがかかった髪質の美しい女の顔が炎で明らかになった。見ればもう周りは暗くなっているようだ。そしてよく見れば、女盗賊たちは露出の多い恰好をしていることが分かった。
「別に雨宿りをするだけならいい。火に当たっていけばいいさ。ただし、オレの物には触れるなよ。」
「助かるわ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね。」
すると、エルゼはフードを脱いで乾かし始めた。その姿は傷一つ無く、まるで名画から現れたかのような体をしていた。革製のコルセットにホットパンツ、紅い革製の長手袋を着けた彼女はまさに絶世の美女と謳われるに値する豊満な肢体をしていた。しかし、盗賊にしては随分と綺麗すぎると少年は思った。むしろ…。
「あまりこちらを見るものではないぞ少年。」
「あらいいじゃない。減るものでもないし。」
「私は良い。エルゼが調子に乗る。」
こちらに注意してきたヴァネッサと呼ばれている女。彼女がフードを脱ぎ去るとその身体には痛々しさを感じる程の大きな傷がいくつもあった。しかも炎で顕わになったその顔も同様に傷だらけで,整い過ぎているエルゼとは対照的に筋肉質な外見をしているヴァネッサの方が盗賊らしいと少年は感じた。
「そりゃあ、私はこれがなきゃこの稼業が出来ないでしょう?これのお陰でどれだけ組織にアガリを出せてるのか知らないでしょ?」
「確かにお前の身体は武器だ。しかし、お前は戦闘に関してはからっきしダメじゃないか。それではイカンと言っているまでの事よ。」
組織とアガリという言葉で少年はこの女たちが例の盗賊団の一員であると確信した。そしてここらで彼女たちは仕事をしてきたという事も理解した。彼女たちが持っている袋にはきっと戦利品が詰まっているに違いない。しかし、彼としてはこの言い争っている二人組に心底呆れてしまって相手にするのも無駄な事だと思えてきた。
「喧嘩をするなら表でやってくれないか。五月蠅くて眠れやしない。」
乾いたマントに包まりながら少年は文句を言った。ヴァネッサは即座に謝罪したがエルゼの方はというと、
「あらもう寝るの?だったらお姉さんが体を温めてあげようかしら?」
と少年の方ににじり寄ってきた。少年はため息をついて近寄ってきたエルゼの顔を左手で押さえつけた。
「そんなに寒いなら火を抱いて寝たらいいじゃないか?ほらそこにあるだろ??」
彼はエルゼの顔を押して彼女をたき火へ突っ込もうとした。彼女は何とか突っ込まれまいと抵抗したが、少年の力は思ったより強く、そのままスレスレの位置まで押し込まれてしまった。
「どうよ?あったかいだろう??」
「そ、そ~ねぇ~…。ヴァネッサ?笑ってないで助けて??」
エルゼが必死の表情でヴァネッサに助けを求めていたが、彼女は笑って言い返した。
「だから子供とて油断するなと言ったろ?折角だから顔を焼かれてみたらどうだ?お前の自慢の武器が無くなるから戦闘にも身が入るだろ??」
「しょ、しょんなぁ~!!薄情な事言わないで本当に助けて~!!」
「お前が下手に挑発したのが悪い。そのままお灸を据えてもらえ。」
「それは悪かったわよ!!だから押さないで~!!」
エルゼの訴えに少年は押すか止めるかを迷っていると、ヴァネッサは笑いながら押せ押せと少年を煽った。
「押すなってのは押せって事だ。少年、一気にやってやんな。」
「いや、押さないで!!絶対に押さないで!!」
「いんや押せ。」
「いや押さないで!」
「いいから押せって。」
「いや、だめだからね!?押しちゃダメだからね!?」
「そういう事だ。押すんだ少年。」
「そういう事ってどういう事よ!?アンタ仲間見捨てる気!!?」
「いんや、お前のことは仲間だとは思ってないよ。団長が変なの引き入れたなぁ~って感じでさ。という訳だ少年。やってくれ。一思いにさ。」
「ヴァネッサ!!もしかしてアンタ嫉妬してんの!?アタシが裕福な家の出だから!?」
「いや、私も裕福な家の出だからそれはない。さっき言った通りお灸を据えた方が良いってだけさ。お前は男ならジジイ以外挑発するじゃないか。」
「それの何が悪いのよ!!私は男も女も好きなの!!これで私は今まで生きてきたのよ!!?」
「おいおい、お前女もいける口かよ。少年、こりゃあ私の身が危ないからグイッと行っちゃってくれグイッと。」
ヴァネッサは思い切り押し込むようにジェスチャーして更に少年を煽っているが、顔が思い切り笑ってしまっている。これは本気ではない事は少年は解っていたが、ちょっとふざけてみることにした。グイッとは押し込まずに顔を押す手に少し力を込めてジリジリと火に近づけていった。
「イヤァ~!!止めて!焼かないで!!これは私の大事な商売道具なの!!これが無かったら私は盗賊団を追い出されちゃうのよ!!それだけはイヤァ~!!」
するとエルゼがあまりにも必死に、涙まで流して叫ぶものだから少年は流石に哀れに思えてきた。顔を押すのは止めて優しく彼女の背に手を回し、身体を火から遠ざけた。
「うぅ…ヴァネッサの薄情者ぉ…。」
すんでの所で止めた少年に抱き付いてまで泣くエルゼをヴァネッサは腹を抱えて笑っていた。
「イ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒ!もう駄目だ!笑い死ぬ!!ヒヒヒヒ…。」
「笑い事じゃないわよ!!アンタ私殺す気だったでしょう!!」
いや、すまんすまん。と言いつつもヴァネッサは噴き出して更に笑い続けた。そして咽び泣くエルゼ。
それを見て少年は自分は一体何をやっているのかと大きなため息をついた。
エルゼとヴァネッサは後に登場する女しかいない盗賊団の構成員です。そして二人とも裕福な家の出ですが、外見も性格も対照的。それでもふざけ合ったりできるのは何かしら通ずるものがあるからでしょうか?
次回はサヴァン帝国へ到着!そこで何が起こるのか?それとも通り過ぎるだけか??