プロローグ2
チリチリチリチリーン!
なんとまあ壮大な音なこと。
そんなことを考えながら、目覚ましを弱々しく止めた。カーテンの隙間から鈍い陽が差し込む。そのせいで目が開かない。
「っっ、まびぃ……」
睡魔に負けそうだ。いや、負けよう。降参する。
俺は、光に目を慣らすことを諦め、二度寝モードに入った。
毛布は気持ちがいい。これほど人を幸せにする物は他にないだろうなぁ。あーあ、今日、なんで目覚ましかけたんだっけ?
あ。
「……はっ!?今何時だ!?」
我に返り目覚まし時計を見ると、午前七時半。
俺は、跳ぶように起き上がり、キッチンへ向かった。冷蔵庫の食パンをトースターにセットしながら、パジャマを上下脱ぎ捨てた。
ーーさみい。寒すぎる。
急いでカッターシャツに袖を通し、ズボンを履いた。
その間に洗面所へ向かい、洗顔、歯磨きを秒で終わらせてやった。ほぼ意味ない行動なのは承知しているが、何せ時間がない。
ネクタイを締め、ブレザーを着た。
鏡に写る制服姿の自分を見ると、目付きが悪く寝癖があちこちにあり、眠そうで引き締まらない顔をしている。その姿を見て俺は、ワクワクした。
ついに今日から、高校生だ。
友達たくさん作るんだ。もし出来たら、一緒に笑ったり泣いたり、時には喧嘩もして、青春!って感じの高校生活をみんなで送るんだ!
いつも近くに居てくれて、心の底から信頼し合える親友もほしいな。
「うーっひゃっほぉーい!」
テンションマックス気分良好!いい朝だ!
「いい朝だけど、時間がない!」
俺は、バターを適当に塗った食パンを咥え、鞄を背負い外へ駆け出した。
アパートの階段を下って、最寄り駅の浜中駅へダッシュだ!
今日は私立聖中高等学校の入学式。入学早々遅刻なんぞ出来ない!
そんな俺に悲報だ。
俺ん家の最寄り駅から聖中高の最寄り駅ーー聖中前までは急行で四十分かかる。
現在、七時四十分。入学式開始は八時四十分。だが、集合時間は八時二十分。
どう足掻いても、遅刻は免れない。
遅刻を承知で学校に着いた。
正門をくぐると、若い女教師が声をかけてきた。
「おはよう」
「あ、おはよう……ございます。はい」
「入学早々遅刻?やり手ね。とりあえず、式始まってるから体育館行ってらっしゃい」
やっぱり、始まってるよなぁ……。
「あの、体育館ってどこですか?」
「なに?知らないの?」
女教師と見つめ合う無の時間が生まれた。
少し照れる。
もしかしてこのまま恋に発展したり、僕だけ特別扱いされる関係になったりするんだろうか。
ひいきはダメだ。その時はきちんと断ろう。俺たちは教師と生徒なのだから。
「どうしたー?眠いならビンタしてやろっか?」
「あ。い、いえ結構です」
「冗談よ冗談。いい反応するね!」
いや今の冗談じゃねえだろ!ビンタする体制になってたし。
「じゃあ、着いておいで。私もやばいから」
「私もやばい?」
「こっちの話。気にしなくていいよ」
「はあ」
俺はこの、少し乱暴な女教師と軽く世間話でもしながら体育館に到着した。
去年、建て替え工事を行ったらしく、立派な体育館だ。
「あなた、何組なの?」
「二組です」
「へぇ〜。……はーん。へぇー。名前は?」
「市ヶ谷天瀬です」
「そう。二組は左側だね。でも、今から入ったら目立つから、後ろでこっそり入学式参加しといて」
「あ、はい」
俺は、体育館の中に入った。
何故か、この女教師も着いてきて、後ろの壁際に俺と並んだ。
「仕事とかいいんですか?」
「いや。……すっっごく言いにくいんだけど」
「はい」
「その、私も……遅刻した」
「え?はぁぁぁああぁあええええええ!?!」
俺と女教師に視線が集まってしまった。恥ずかしい。
「何叫んでるの!?ばっかじゃない!?」
と、女教師も叫んだ。入学早々から災難だ。
「先生もですよ」
「ごめん、なさい……」
意外と素直だ。
「それで、先生も遅刻したってどういう事ですか?」
「ううん。その、実は寝坊して……」
俺と同じ匂いを感じるぞ。さては走りながら食パン食べたな?
「はぁ。相当やらかしたわ」
遅刻したのに俺とぺちゃくちゃ喋ってるのもどうかと思う。
「私、一年のチーフで市ヶ谷くんの担任なのよ」
「え?!それ相当やばいじゃないですか!何呑気に俺と話してるんですか?」
それに、そっちも遅刻してるのにビンタしようとした理由も聞きたいね。やり手なのはそっちじゃないか!
「いやぁ、怒られるの怖いじゃん?あ、市ヶ谷くんも一緒に校長に謝ってよ!」
「いやです」
「市ヶ谷くんが急にお腹を壊して、私がおぶって連れてきたって設定。どう?」
「お断りします」
「ねぇー、なんで?」
担任とは思えん。教育に悪い教師だ。
「ーー本校の生徒という自覚をしっかり持ち……コホン。本校の生徒、教員である自覚を忘れずに、これから三年間より良いーー」
校長先生のお偉い話。完全に今の女教師に向けて言ったな。
「ど、どどどううしよう!?」
「俺に言われても困りますよ」
「そ、そんなぁ〜」
すごく癖のある教師だが、この教師のクラスならきっと、楽しい高校生活が送れそうだ。