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6話「いざ異世界」

 一面が光に満ちた世界の中で、女神は悠然と佇んでいる。


 俺は目を覚ましたが、思考が追いつかず、呆然としている。


「気が付いたようですね」


 目の間にいる女神が俺に語りかける。なんとも落ち着く声だ。自分が少しずつ平静を取り戻してきているのを実感する。

 そして、死んだことも思い出す。


「私はイディエル。あなたたちの世界でいうところの神ですね」


 こんなこともあるだろう。人の死後神のもとに導かれるなんて話は世界中にありふれている。


「俺は天国に連れて行ってもらえるのか?」

「いえ。そんなものありませんよ。天国なんて人間達が勝手に作り出した妄想に過ぎません。死んだ後は消えて無になるだけです」

「なら、ここは?」

「そうですね……。狭間とでも表現するのが適切でしょうか」

「狭間? どういう意味だ?」

「生と死の狭間。それがここです。覚えているかはわかりませんが、あなたは雷に打たれて死にました。いえ、この言い方は正しくないですね。雷に打たれたので死にます」

「死にます、とはまた妙な言い方をするな」

「ええ、まだ死んでいませんから。いかに私と言えど、死んでしまったものに対してどうこうする力は持ち合わせていません。あなたは『間』もなく死にます。今はその『間』をほぼ永遠に引き伸ばしている状態です」


 聞いたことがある。

 死ぬ間際に脳が極限まで活性化し処理速度を飛躍的に上昇させることで、死ぬまでの体感時間があたかも無限であるかのように感じられると。死ぬ瞬間に見ると言われている走馬灯なんかもこれだそうだ。

だからこれも一種の走馬灯とでも思えばいいのだろう。


「さて、どうしますか? このままいずれ死ぬのを待ちますか?それとも――異世界でやり直しますか?」


 異世界でのやり直し。なんとも心惹かれる響きだ。是非! と即答しそうになるのをぐっと堪える。

 まだ確定していない。異世界での俺の強さが。今のままのメタボボディで異世界に赴いた所で何ができる?


「異世界でやり直したところで俺に何ができる? 結局今までと大差ない生活を送ることになるんじゃないか?」

「そうですね、ではこちらをお渡ししましょう」


 そう言うと女神は背中から生えた白い翼を広げ、羽根を1枚ちぎる。

 ちぎる瞬間にンッっと色っぽい声を出した。

 そして、その羽根を俺に手渡した。


「お守りです。胸に当ててみなさい」


 そう言うと女神はにっこり微笑んだ。

 羽根を服の上から静かに胸元に押し当てる。羽根は輝きを放ちながら俺の胸の中へと吸収されていった。


「これで魔力量とそのコントロールにおいて右に出るものはいないでしょう。なにせ私の力の一部を与えたのですから。最初は覚えることも多く大変でしょうが、いずれは世界最強も夢ではありませんよ。あとついでに運も人並みになるようにしておきました」


 何から何まで実にありがたい。これで心置きなく異世界に旅立てる。それになんだか若返ったような気分もしてきた。


 というか実際に若返っていた。


「ああそうそう、せっかくですから、年齢も若くしておきました。十代の最も体力のあった時期です。そちらの方が都合がいいでしょう?」


 かゆいところに手が届く、まさに至れり尽くせりのサービスだ。


「さてと、そろそろあちらの世界にお送りしていいですかね」

「最後に一つ聞かせてくれ。なぜ俺を選んだんだ?」

「あなたを選んだ理由ですか……、深い理由はありません」

「な……! ないのかよ! てっきり事故で俺を殺してしまったからその償いでもしようとしているのかと思っていたが」

「事故なんてことはありえませんよ。女神が間違えることないないですから。ですが、そうですね、強いて言うならあなたが少し可哀想だったからというのはありますね」

「可哀想?」

「ええ。自覚しているでしょうが、あなたは運が悪い。普通の人は多少運の悪い時があったとしてもいずれは収束して差し引きゼロに落ち着くものですが、あなたの場合ひたすら下へ下へと転げ落ちていっています」


 ああ、俺の思いすごしでもなんでもなく、女神公認で運がなかったんだな。それを聞いて少し安心してしまった自分がいる。恵まれた奴らに努力が足りないなんてありきたりな言葉でされた説教に反論してくれたように思えて。


 俺の生まれた家は少し貧乏だった。両親が共働きで夜まで家にいつも一人。自分のことで手一杯な両親には放ったらかされて育った。

 幼稚園や小学生の頃は良かった。親はめったに玩具を買ってくれなかったが、皆で外で遊べばそんなことは大した問題ではなかった。

 中学生の頃からだ。いじめが始まったのは。服がみすぼらしいとかそんな些細なことがきっかけでいじめが始まった。

 容姿がもっと酷い奴なんていくらでもいた。でも、いじめの対象に選ばれたのは俺だった。理由なんてなんでも良かったんだろう、いじめる側にとってはストレスの発散ができればそれで。

 だからきっと運がなかった。

 そんな学生生活を送っていたせいで、禄に勉学に取り組むことも出来ず、みるみる落ちこぼれていった。当然まともな高校に受かるはずもなかった。

 俺が進学した高校はその地域の底辺校――動物園と言い換えても差し支えない。

 そこではいじめはなかった。もはや頭が悪すぎて、誰かをいじめるという考えすら思い浮かばないようだった。そして、大半がその程度のオツムの出来の場所では授業も当然レベルが低い。

 俺は登校する意味を感じずいつの間にか不登校になっていた。


 結局の所、学校での勉強の知識が活かされるのなんて極々一部の限られた職業だけだ。

 ほとんどの人には関係ない。特に俺のような底辺を這いつくばる人間には。


 ここまで親は俺に特に何も言ってこなかった。だが、二十歳を過ぎたある日、そろそろ就職しろと圧力をかけてくるようになる。

 無関心な親もやっと悟ったのだろう。俺が不良債権であると。

 しかし、高校中退して最終学歴が中卒である俺に対し、世間は冷たい。まともな就職先なんて見つかるはずもなく、親には来月にはきっと就職するからと何度も交渉を重ねた。

 しばらくはなんとか乗り切れていたのだが、我慢の限界が来たのだろう。

 就職先を紹介してやるからと住む場所と働く場所を与えられ、家から追い出された。

 その就職先が件のブラック企業だった。そして死ぬまで働いた。死ぬまで。


 これが俺の人生。その全て。思えばなんてつまらない人生だったんだろう。

 どこか一つでも違っていれば、家が裕福なら、いじめがなければ、真面目に授業を受けていれば、就職先がブラック企業でなければ。


 そんなタラレバに思いを馳せつつも、これから始まる異世界での新生活に心を踊らせていた。

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