2話「ファーストヒロイン」
――この世界には竜が存在する。
――命の理を越えた存在。
――死を克服した存在。
人が生きるためには竜を殺すしかなかった。
「竜が出たぞー!!!」
一人の男がそう叫んだ。その言葉を聞き皆がパニックを起こす。
「どういうことだよ! なんで竜がいるんだ!」
ここはアリサキ村。小さく平和な村だった。たった今までは。
竜の出現、それはこの村を恐怖に陥れるのに、十分すぎる脅威だ。
熊くらいの大きさの竜。人間のように武器を持たない動物の強さはほぼ体格で決まる。だから竜といえど、こいつの本質的な強さは熊とそう大きくは変わらないだろう。
しかし、この竜と熊に違いがあるとすれば……。
恐れを知らぬこと。
熊よけの鈴なんてものがあるように、熊ですら人間に自分から近付こうとはしない。
なぜなら、人間がどれほど強いのかわからないから。
未知の物を恐れること、それは生物として死を恐れる本能だ。
だからこそ、一度人の味を覚えた熊は、人間を積極的に狙う。逃げ足が遅く、弱い獲物に過ぎないと知ってしまったからこそ。
ならば、竜はどうか。人間を見たことのない竜は人を恐れるだろうか?
竜は恐れない。知っているからだ。人間が弱いことをじゃない。
自分にとって死が意味をなさないことを。
叫び声を上げながら逃げ惑う人々。二足歩行でそれを追う竜。
やがて、一人の老婆が追いつかれる。そして組み伏せられてしまった。
それを見た一人のガタイの良い男が後ろから勢いよく向かっていく。その手には鍬が握られていた。
竜が老婆に食らいつくその前に真後ろに立つことができた。
鍬を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろす。
ガキン!
鍬は竜の首に命中した。
そして、鍬の先が折れた。
竜の鱗は硬い。農業用具で傷付けることができるようなものではなかった。
竜は振り向き、男に飛びかかる。のしかかられた男は振りほどこうと必死にもがく。
だが、竜はびくともしない
素直に逃げればよかった……
そんな後悔を胸にいだいていた。
「【風よ!万物を断て!】」
「『不可視の刃』!」
竜に向かい無数の空気の刃が乱れ飛ぶ。
だが、竜は避けようとはせず、そのまままっすぐに突っ込んでくる。
当然だ、風を目で見ることなどできはしないのだから。
竜がその風を肌で感じる頃には、ただ、バラバラになった竜の死体だけが残った。
空気の刃に切り裂かれて。
俺の名前はエイト。
異世界からやってきたこの物語の主人公だ。
竜を倒したことで、俺は一躍時の人、かなり手厚くもてなされていた。
だが、駆けつけるのが遅れて、命に別状はなかったとは言え、二人もけが人が出てしまったことは事実でもある。今までこの村に竜が出たことがないのだからこれからも出るはずがないだろうと油断してしまっていた。
「いやあ、さすがですな! 竜をああも簡単に始末してしまうとは! この村には一人も魔道士がおりませんから助かりました!」
「やっぱり魔法はすげえなあ! 俺らじゃ手も足も出なかった竜が瞬殺だぜ!」
「いやいやすごいのはエイトさんだよ! 普通はあのくらいの中竜だと魔道士3人がかりで慎重に倒すらしいぜ!? それはたった一人でやっちまうんだから天才に違いない!」
中竜。
村人から聞いた話ではあるが、竜は小竜、中竜、大竜の3種類に分類される。分類方法は大まかにサイズで決まっているらしい。小竜はトカゲ程度の大きさ、中竜は熊程度の大きさ、そして大竜はそれ以上――山よりもデカイのもいるという噂だ。
ただし、この情報がどこまで正確かはわからない。他所との貿易もしていない辺境の村まで入ってくる情報はとにかく少ないのだ。
だが、確かなことが一つだけある。それは竜が転生するということ。
死んでも生まれ変わる、既存の生物と比べて明らかに異質な”それ”を人々は竜と一括りにした。
俺が殺した竜も転生するだろう。それがいつかはわからない。今日か明日か1年後か。いずれにせよ絶命したこの場所で転生する。そしてまた村人を襲い始めるだろう。竜に対抗する術を持たない人々は、いつ転生するかわからない竜の恐怖に怯えて生き続けることになる。
転生を止める方法はただ一つ――
「あとはどうやって〈竜の剣〉に報告するかですな」
〈竜の剣〉は唯一竜を転生させずに消滅させることの出来る剣を持った組織だ。竜を発見した場合には世界中にあるの支部いずれかに報告する決まりとなっている。
この村の周囲の山々では、時々ではあるものの竜が目撃されている。竜は基本的に縄張り意識が強いため、これまでの数百年間この村にまで来ることはなかったそうだが、山間の道を移動していた商人が襲われるなんてケースはあったらしい。
つまり、報告には、竜と遭遇しても問題ない俺が行くべきだ。
だが、ここから最も近い極東支部まで馬車で約2週間。往復なら最低4週間は、村を危険に晒すことになってしまう。
どうしたものか……。
「私に魔法を教えてくれませんか!」
話を聞いていた村長の娘、ナギサ・アリサキが入ってくる。栗色のポニーテールと巨乳がトレードマークだ。
「私が魔法を使えるようになれば、エイトさんは心おきなく村を出れますよね? お礼ならなんでもします! だから私に魔法を教えてください!」
今まで誰かに魔法を教えたことなんてない。いや、魔法に限らず何かを教えた経験がない。
それに、魔法だって覚えようとした覚えたわけじゃなく、勝手に使えるようになっただけだ。
そんな俺が誰かに教えることなんてできるんだろうか。
しばし考えたが、村のことを思うとやってみるしかないか……
「わかった。正直、教えられるかはわからないがやってみよう」
「ありがとうございます! これからよろしくお願いしますねエイトさん」
なんでもするという言葉に惹かれたわけではない。決してない。




