11話「ここが王都」
アリサキ村からはるばる2ヶ月。俺たちは王都ローレンスに到着した。
まず〈竜の剣〉の本部に連れられる。
奥で兵士の一人が今回の顛末について報告しているようだった。
そして、俺が奥に呼ばれる。
「話は聞かせてもらったよ。私はホムラ。〈竜の剣〉の長をいしている。よろしく頼むよ」
「エイトです。こちらこそよろしくおねがいします」
差し出された手を握り返す。
俺よりも背が高い。180センチはありそうな、とてもスレンダーな女性だ。
「大竜を倒したそうだね。それも一人で」
「ええ、まあ、一応」
「そうか。3人目だね」
「3人目?」
「単体で大竜を撃破した者さ。過去に私と帝国の英雄、そして今、君が3人目だ」
「あなたもそうなんですね」
「そうだよ。私がグラナを倒したのは有名な話だと思っていたのだけれど、うぬぼれだったかな」
「すみません、田舎者なので。ちなみにグラナというのは、竜の名前ですか?」
「ああ。強い竜だった。私がここを創設する前の話さ」
「あなたが創設者だったんですね」
見た所20代ってところだし。〈竜の剣〉歴史はそう長くないようだ。
「君は、力はあるようだが、あまり竜の歴史を知らないみたいだね。確かに、君一人なら何が相手でもどうとでもなるかもしれない。でも、いずれ君が上に立つようになった時、必要なのは適切な指示を出す力だ。君自信の闘う力だけじゃ足りない。そして、それは敵を、歴史を知ることで身に付くものだよ」
軍師としての力。それが俺に求められるもの。
俺が倒したあの山のような大きさの大竜も歴史に刻まれるんだろう。どんな攻撃をしてきたか。どんな魔法が効くのか。どうやって倒したのか。
そうやって図鑑を作り上げていって、似た竜が出たときにはその情報を元に対処する。戦いの場に“俺”がいなくても勝てるようにするために。
「そういえば、君はこれから魔法学校へ入学するんだったね。存分に学んでくるといい。そして、そこで得たことを〈竜の剣〉に入った時に発揮してくれ」
「ええ。そうしてきます」
元の世界みたいにテストで点を取るために惰性で通うんじゃない。自分の意志で意味のある勉強をするために、この世界のために、という強い目的意識をもって学校に通うんだ。
そんな気持ちが自然と湧き上がってくる。
「さてと、君と連れのお嬢さんの入学の手続きを済ましておくから、明日から通うといい。明朝案内役を君たちの宿泊している宿に向かわせるよ」
「え、入学試験があるって聞いたんですけど?」
「いらないだろう、そんなの? どうせ合格するのに実施するなんて面倒だし」
「いいんですか、そんな勝手に決めちゃって……」
「学長であるこの私がいいと言っているから良いいんだよ」
なるほど。〈竜の剣〉の長兼魔法学校の学長か。かなりの地位にいるんだな。
「ところで君は誰のもとで魔法を習ったんだい?」
「独学です」
「独学。そうか……。まあいいたくないこともあるだろうし、余計な詮索を避けるために私の弟子ということにしておくのはどうかな? 独学なんて言ったら根掘り葉掘り聞かれるだろう?」
ここまで話が早いと、まるで俺が竜と契約していることを見透かされてるかのようだ。
「ええ助かります。そうしてください」
「君のことは私から教師陣に伝えておこう。期待しているよ」
「では、失礼します」
入り口で待っていたナギサに二人の合格を伝える。大層驚いていたが無理もない。
これで明日からナギサにとって念願の魔法学校の生徒だ。
その後、俺たちは街を回ることにした。
街は人々で溢れ、どこも活気がある。
「エイトさんどこに行きましょうか?」
「そうだな、まず食事にしよう。なにか食べたいものは?」
「あ、私あれが食べてみたいです!」
そう言ってナギサが指さしたのは、海老と貝をふんだんに使ったパエリアであった。
俺たちが今まで暮らしていたアリサキ村は山に囲まれた村だ。川魚を捕って食べることもあったそうだが、海の食物は見たこともない。
俺の元の世界ではありふれた物であっても、ナギサにとっては初めて見る物だ。王都の全てに感動している。
「魚介類のパエリアを2つ」
「はい、20ルクスね」
金貨を20枚差し出す。ルクスというのはこの世界の通貨単位だ。1ルクス=金貨1枚。
さてこの20ルクスという価格についてだが、これが高いのか安いのか俺にはわからない。アリサキ村では物々交換がメインで通貨を使ったことがなかったし、元いた世界とは物の価値が違いすぎるから日本円に換算して計算することもできない。
だが、仮にちょっとくらいぼったくられようが、大竜を倒して巨額の報酬金を得た俺にとっては些細なことだ。
さて肝心の味だが、かなり美味い。やはり、王都という人が集まる場所で商売しているだけあって、味のレベルが高くないと潰れてしまうのだろう。
ナギサも気にいった様子でこちらに話しかけてくる。
「これすごく美味しいですね」
「ああ、そうだな。素材の味が活かされているよ」
「今度挑戦してみますから、ぜひ食べてくださいね」
「それは楽しみだ」
食事を終えて、そのへんをぶらつく。まず服屋。
店員がナギサに話しかける。
「お客様にはこちらの服がお似合いになるかと思います」
店員がピンクを基調としたフリフリの服を見せてくる。
「うーん……。もうちょっと地味なのはないですね?」
「そうなるとこちらでしょうか?」
次は質素なネイビーの服を持ってくきた。
「エイトさんはどう思います?」
どっちでもいい……なんて言う訳にはいかない。実際の所、この2択はナギサの中では既に答えが出ているのだ。
どちらがナギサらしいか? と問われれば、それは質素な方の服ということになる。それはナギサ自身も自覚しているはず。
だが、本当は女の子らしいフリフリの服も着てみたい。しかし、実際に着るには恥ずかしさもあって踏み出せない。
そんなところだろう。
だから、俺が言うべきことは――
「ナギサにはそっちの方がいいんじゃないかな?」
そう言って質素な方を指差す。
「やっぱり、そうですよね」
ナギサの声がほんの少しだが、悲しそうなトーンになる。
「でも、俺はナギサがそっちの可愛い服を着ているのも見てみたいかな」
「え、いや、こっちはちょっと派手すぎるかなーと思うんですけど……」
「俺はそっちも似合うと思うんだけど、嫌かな?」
「そこまで言うなら……」
ナギサが少し嬉しそうに店員に両方とも購入することを伝えていた。
派手な方の服だけを勧めたら、「この人は私のことをわかってない」と思われていただろう。
逆に地味な方の服だけなら、「まあそうだよね」と納得はするものの、少し心にしこりが残っていたはずだ。
だから、俺の意思でナギサが本当に着たい服を買わせるように仕向ける。こうして俺は最適な方法でこの場を乗り切った。
他にもいろいろな店を回っているうちに辺りが暗くなってくる。
明日から魔法学校で本格的に魔法を学ぶことになる。果たして俺はどこまでやれるんだろうか。心配よりは興奮が上回っている。
「そろそろ帰ろうか」
ナギサが「はい」と答える。
明日に備えて、早めに宿に帰って休息を取ろう。




