監禁
初投稿です。二日に一回の頻度で更新します。
拙いというか、たまに独特な文章になるのでその辺は宜しく御願い致します
純白に塗られた一個の部屋が、森羅万象だと思っていた。一面に広がる新緑や鋭く切り立った雪山は、自分の想像上の光景だと思っていた。紅色に咲き誇る花や可愛らしい蜜蜂は、幻覚か何かだと思っていた。高層ビルの森、衣服、錠剤、情報通信網、おびただしい数の乗用車、物淋しいリビング……全てが私の脳が作り出した妄想の世界だと真剣に考えていた。自分の気が狂っているわけではない。こんなことで素面を否定されたくはない。自分を取り巻く世界がそうあっただけなんだと思う。
常に白い部屋の中に居た。白く清潔なワンピースを身に付けて、煙に巻かれたような顔をして座り続ける私。
頭部には、灰色や黒のような色味を失った固いものがペタペタ貼り付いていた。まるで蜘蛛の巣のようなしつこさを湛えている。そこから黒くてつるつるした紐が何本も出て、パスタのように絡まり合い、部屋の壁に掘られた四角い穴の中に吸い込まれていく。まるで、私の頭が白い部屋と繋がっているようだった。だから、私は物心がついたときから、自分の身体の末端はどこなのか、或いは、自分が無限に続いているのだろうか、などと考えざるを得なかった。私の触覚が柔らかい皮膚の上で終わっているから、この黒くて固い皮膚は自分の身体に入らないのか、或いは頭から伸びる黒いパスタまでが私の身体なのか、この白い部屋さえも私の身体に属しているのか、どこまでも白い壁に埋まった空間が延々と私なのか……。この問題について、私はこれまで何度も答えを解き明かそうと思ったが、自分の頭部に触れて調べようとする度に、いつも何らかのアイデアが心の中で先回りして、それに強制的に魅了されてしまっていた。謎を究明しようとしてもすぐ有耶無耶になってしまう、その問題に対する私の思慮の脆さといったら。いや、思考自体が脆弱なのではない。言い表すなら、この部屋の神様から、これ以上の詮索はするなとでも告げられたかのように、頭の回転に制止がかかる。いつしか、その現象自体も悩みの一つに加わっている。
白い部屋での生活は悪くはなかった。一日三食。壁に作られた四角い窪みに、決まった時間になると毎回食料が置かれているので、それを摂取する。食べ終わって食器を戻すと自動的に回収される。誰に? これも神様の仕業なんだろうかと、ぼんやりした観念を持て余す。
同じ様に、窪みから次々と提供されるものがある。大量の小説にノート、白い紙などの、セルロースで作り上げられた人工的な物体であった。部屋の隅に山のように積み上げられる程の量だった。だから自然的に、私はここに居る間の膨大な時間を、読書と落書きと、小説を書く作業に投じることになった。とにかく夢中で活字を追い、その後にペンを握り、自分の中に渦巻く大量の情報群を片っ端から表現する。こういうのをフロー状態というのだろうか、とペンを持ったままふと思ったりもするが、基本的に没頭中は他のことが考えられなかった。否、考えようと思えばいつでも並行的な思考はできたが、私の欲求がそうはさせなかった。
それから趣味の時間を終えると、部屋の中央に白いベッドが置かれているので、そこへ決まった時間に寝床につく。排泄は奥の部屋のバスルームで行う。
ゆっくりと、それでいて奇妙にせわしなく流動する時間。
私は時間という概念の本質をまだ知らない。私が誕生した瞬間から、腕に通された金色のデジタル腕時計は、現在、七月十五日、午後四時三十二分の文字を表示していた。気温も湿度も自然光も、私には関係のないことだった。ただ、細々とした時を刻み続ける数列を、私は別の次元からもたらされた不思議なルールのように眺めた。
不自由のない生活に趣味への没頭。こんな気楽な暮らしが、唐突に途切れてしまう筈がないと考えていた。何年とか、何十年経った後に世界の終焉が訪れる衝撃を、私は容易に想像できなかった。だから数日後、自分に降りかかる運命をリアルタイムで目撃するまでは、私は永久に安らかな日常をそのまま継続させていく積もりであった。