その7 「そして帰還へ」
異世界で気絶してここで目覚めたので、ここがどこなのかはいまいち分からないが、宝船という移動手段があるなら話はそう難しくないだろう。
エビスも人を轢いたという過失があるのだから、頼めば船に乗せて俺を日本まで送り返してくれるだろう。
「あぁ、ここは君の精神世界じゃよ。そして確かに宝船なら異世界にでも異次元にでも行けるじゃろう。」
「へぇ、すごいんですね。」
「そうじゃ。船体は木製じゃが、船室は常に清潔に保たれて居住性は抜群。しかも最高時速二千五百キロオーバーの、コンコルドも真っ青のモンスターマシンじゃ。時間も空間も無視して進めるが、まぁ、死者の国から亡者を連れ帰ること以外ならなんだってできるじゃろう。」
神聖な乗り物のはずなのに、エビスの説明を聞いているとどうもひみつ道具みたいに感じてしまい、もどかしい気分になった。
「じゃあ、奇跡的に生きたまま異世界に飛んだだけの俺はすぐに帰れるってわけですね。」
「うむ。」
俺はエビスの言葉に安堵する。異世界に飛ばされたと聞いた時はどうなることかと思ったが、やはり転生なんてのはフィクションに限る。実際に行ってみると言葉が分からない時点で詰んでしまうのだ。
「では、一旦目を覚ましてくれるかの?」
「どういうことです?」
「さっきも言ったように、ここは君の精神世界じゃ。船は君が今寝ている異世界に停めてあるから、一度異世界で目を覚まして宝船のところまで来てほしいのじゃ。」
次元を超えて進む宝船も、人間の精神には干渉できないのだろうか。
正直言って会話が出来ないあの世界に戻るのはかなり億劫なのだが・・・。
「いや、今君の精神だけ連れ帰っても、肉体が回収できないと意味無いじゃろうが。」
「なるほど・・・。」
この、勝手に思考を読んで答える会話、非常に便利なのだが、それなりに心臓に悪いからやめてほしい。
「そうじゃな。どうやら君の体は今、近所の民家に寝かされて介抱されているようじゃ。
一時的に現地語を話せるようにしてやるから、礼を言って出てこい。その後はわしが案内する。」
「わかりました。」
エビスが俺の顔の前に手を伸ばしてくる。
きっと神徳か何かの力で言語能力を与えてくれるのだろう。俺はエビスに身を任せて目を閉じた。
しばらく待った。エビスからは何のアクションも無い。
なんだか気まずいので薄く目を開いてみると、エビスが不思議そうな顔をしていた。
「なにしとるんじゃ君は。急に目を閉じて。」
「え、いや、現地語を話せるようにしてくれるって言うから待ってるんですけど・・・。」
「何をまっとるんじゃ?早く受け取らんかい。」
俺に差し出されていたエビスの手を見ると、派手な紋様の刻まれたスキットル、金属製の酒用水筒が握られていた。
「なんですこれ。」
「日本人に分かり易く言うなら、『ほんやくコニャック』じゃよ。ちゃんとフランス製のブランデーを原料に作っておるから、味は保証付きじゃぞ。」
エビスはコニャックをカップに注ぎながら説明してくれる。
たしかに『ほんやくコニャック』と言えばほとんどの日本人が効果を理解できるだろう。
しかし、コンニャクではなくコニャックと言うからにはどう考えても酒だ。さてはこいつ全然反省していないんじゃないだろうか。
と言うか、副作用とかアルコール度数とかの説明が無いが、飲んで大丈夫なのだろうか。
「神様にお酌してもらうことなんぞ、一生に一度あるかないかじゃぞ。ささ、グイッと。」
直前まで色々と疑っていた俺だが、なぜかエビスの顔を見たとたん自分が一応未成年であることも忘れて、というかそんなことどうでもよくなって、進められるままにその洋酒を飲み乾していた。
きっとこのえびす顔で酒をすすめられて断れる人間なんて存在しないのだろう。
視界がまどろんできた。
アルコールなんて普段は奈良漬だとかでないと摂取しない俺の体に、コニャックは予想以上に早く回ったらしい。
コニャックの度数が高いのか、これが神の飲み物だからなのか、俺の体がアルコールに弱いのか。よく分からないが、とりあえず大学生になったら新歓コンパとかで急性アルコール中毒には気をつけないと、などど実際には関係ないことを考えながら、俺は精神世界で眠りについた。