その1 「まるでドミノ倒しのような」
暗い・・・。
ただひたすらに暗い・・・。
辺りを見回しても何も見えない。しかし歩かないとという意識が俺の脚を一歩、また一歩と前にすすめていた。
振り返っても何も見えないが、背後には俺より一回り大きな壁が次々と現れており、それに追いつかれないようにしなければいけないという妄想が俺の脳内を満たしていた。
不思議と見えないことへの恐怖は無かった。そんな状況に疑問も無かった。
ただ、なんとなくのさみしさと、なにも考えず前進することだけが、俺の感じる全てだった。
* * * * *
この俺、川戸健人は、特に取り柄の無いごく普通のニートであった。
中肉中背で特別整った容姿でもなく、スポーツや学問に秀でてもいない。
趣味を聞かれればゲームと答えるが、ランキングに名前が載ることもく。
日がな一日ゲームをするか漫画を読むかの生活を送る、言ってしまえば、たまの外出時に運悪くトラックに撥ねられて異世界に転生しそうなニートであった。
そんな俺には「旅行」だとか「アウトドア」なんていういかにもエネルギッシュな趣味はもちろんなく、そもそも外に出て知らない人と交流しようなんていう気はさらさらなかったのだが・・・。
「いやー、悪いね川戸くん!怪我とかしてないかい?してないね!じゃあ今後の事を話そうか!」
このなれなれしく話してくる妙なおっさんは名を恵比寿というらしい。
そう、あの宝船に乗ってることでおなじみの七福神の一柱で漁業の神様、いわゆる「えべっさん」という存在だ。
どうやらこいつが、俺をこんな訳の分からんところに寄越した張本人であるらしい。
俺はこのおっさんから数十分も絡まれてる。神様と話す機会なんてそうあるわけがないし、これが相当レアな体験であることは分かっているが、正直早く解放されておうちに帰りたい。
なぜこんな状況に置かれたのか、俺に責任が無いことを確認するために俺は事の顛末を振り返ることにした。
* * * * *
俺は今朝も特にすることがなかったので、昼ごろまで寝ていた。
腹が減って起きてみると冷蔵庫が空だった。いくらニートが体を動かさないとはいえ、最低限の食事は摂らないと死んでしまうので、食べ物を求めて近所のスーパーに向かった。
川沿いの堤防に整備された桜並木の道を歩いていると、学生服の連中が楽しげな声ではしゃいでいる。毎日が春休みの俺とは違って、こいつらは今日新しい学校に入学したらしい。
やつらの会話から時折聞こえる、ネットスラングから派生したような若者言葉にうんざりしていたが、その原因は青春からドロップアウトした俺の僻みであることに気が付き、俯き加減に歩き続けた。
花粉症のマスクを着けていたため、あの時の俺は傍目にかなり不審だっただろう。
並木道から外れ、住宅街にさしかかったところで学生たちは一人、また一人と減っていき、
国道に出る前には、すでに俺の他にはもう学生服はいなくなっていた。
そうだ、その時だ。
俺が国道を横断しようと歩き始めたその時だ。
近くに便利なバイパスが建設されたおかげで、その国道は朝夕以外にほとんど車通りがなく、
実際にその時も自動車の走行音は一切無かったのだが。
素晴らしい速度で閑散とした国道上を滑るように移動してきた"それ"は、おそらく一切の減速をせずに横断中の俺がいた地点を通過し、
俺の体は宙を舞った。