『恋人』との電話
「妹から、聞いたんだけどさー」
『何をだ?』
電話から、やさしい問いが返る。
電話越しの声がいつも冷たかったのなんて、遠い昔のできごとのようだった。
交際を始めて、まだ半年にも満たないのに。
江野は、目の前にいない赤間のことを、まるで声だけで抱きしめてくれているかのようだ。
「そっちで、俺が帰ってくるってうわさになってるってほんとなの?」
『まあ、契約が切れるって情報は、全国紙に載ってるくらいだしな』
「ふつうはグラニに復帰とか、エルフが獲得するとかいう話になるのが順当だとおもうんだけど」
『契約が切れる、ってところがポイントなんだろう』
「まあね……そうなんだけど。FFに、契約の違約金なんて払えるわけがないからねー」
『意図的に、契約を切らせてる、だったらFFに帰る気なのかも、って受け取るのが当然のファン心理だろう?』
赤間はぽり、と頭を掻いた。
その当然のファン心理とやらが、赤間にはさっぱりわからない。
「俺が、契約切れを狙ってFFを出て行って、まだ三年ちょっとなんだけど? 三十年前じゃなく、三年だよ?」
『帰ってくるなら、水に流せるんだろう。そりゃ、根に持つ人間だっているかもしれないけど。おまえが好きだからこそ怒ったのなら、おまえが帰ってくればやっぱりうれしいんだとおもう』
「俺が帰るのは、FFのためなんかじゃないとしても?」
『…………サッカーは、つづけるんだろ?』
「ふふっ。なに、今の沈黙? 俺がやめるって言うとおもってたの? まあ、マコが、やめて奥さんだけしてろって言うなら、そうするけど」
『言うわけない! 俺は──おまえといっしょのピッチに立ってるのが、けっこう好きなんだ』
赤間は、スマホを持つ手を凝視した。
「そうなの? それは初耳だなー」
『プロになってからずっと、叶わなかったのは俺の力不足だ。やりたいなら実現すればいいって、おまえは言うんだろう?』
「マコには言わないよ。でも、知ってたら、手を貸そうとはしただろうな。それじゃ嫌だから、言ってくれなかったんだね」
『おまえに、言わずにいたことなら、いっぱいある』
「──例えば?」
『い、……言うのか?』
「言ってくれないの?」
甘えて問えば、少しの沈黙のあと、江野が例えば、とことばをつづけた。
『ピッチで、ふと足を止めて周囲を見渡してるおまえのすがたに、ふるえたことが何度もある』
「え? ふるえ……?」
『そういうときのおまえは、まるで、人間じゃないみたいだった。相手の息の根を止めるために急所を見極めてる獣みたいで、圧倒されたし、こいつについて行こうとおもった』
「へー。──そんなふうにマコにうしろから見られてるとは、おもわなかったな」
『でも、おまえがそんなすがたを見せるのは、優勝がかかっていたり、負けられない試合のときだけだった』
「……バレてるんだ?」
『あたりまえだ。おまえがおもってるよりはるかに、俺はおまえのことをずっと、ふくざつなきもちで見てたんだからな』
「ふくざつ?」
『ああいうときのおまえは、まわりの力なんか少しも必要としていない。ひとりで、仕留める気でいる。……そうとわかっているのに、それでもそのすがたを見たいとおもう。激しく、葛藤だ』
おもわず、赤間は笑ってしまう。




