ありえない
『優児にとって、手に入って当然じゃないものなんて滅多にない。その貴重なひとつが、あの頑固で理想を曲げないマコなんだわ。出会ったときから、優児はマコに惹かれてた。優児とは対極で、いちばん遠くて、理解できないからこそ、誰よりも魅力的だったんでしょう?』
「…………うん」
『だからね。マコの選択は、いつだって優児とはちがう。優児がありえない、って言うような選択を平気でするのがマコよ。優児の常識では、マコが優児を選ぶなんてことはありえない。それなら、マコはきっと選ぶわ。それでも──何を選ぶも、マコの自由、そう優児は言うのよね?』
おもわず、笑ってしまう。
笑うしかない。
「まったく…………俺は、礼を励ますつもりで電話したんだけどな」
『えっ……?』
「全然、めげてないね。っていうか、俺が、もっとめんどうなこと、ごちゃごちゃ考えさせちゃってるのかな」
『勝手に考えてるだけ。でも、優児にして欲しいことなんて、ひとつもないから』
「──そう? 俺は……あるよ」
『え?』
「俺のそばにいて、いっしょにマコの話をして欲しい。俺の代わりに、マコのようすを見てきて欲しい。マコに……俺のことを、忘れさせないでいてくれる?」
『優児……』
「困った顔してる? マコを恋しがる俺のそばには、いたくない?」
『ううん。言ったでしょう? わたしが好きなのは、マコのことが好きな優児よ。マコのことを想っているときだけ、優児はみんなが言うような天才から、ふつうの恋する男になる。不器用で、さみしがりで、かわいいなっておもう』
「──俺を、慰めたいって、おもう?」
『それは…………優児、わたしにできることじゃない』
「できるよ。礼にしかできない。俺はまだ、ここを離れて、慰められに行くわけにはいかない。大切なひとたちのために、やらなきゃならないことがあるんだ」
『優児……』
「だから、俺のそばに来て、慰めて。できるのは、礼しかいない。マコのことを想う俺を、その胸に抱きしめて」
『……胸は、ないけど』
「ふふっ。ふ、はは……なに言ってるんだか。体なんて、なにがついてようが、なかろうが、ちっとも気にしないよ。女の体なんかいらない。求めてるのはそんなものじゃないんだ。もし、礼が嫌なら抱かないよ」
『いじわるだな。そういうところは、ほんとう、マコと正反対』
なじる礼は、きっと電話の向こうで真っ赤になっているのだろう。
「好きなのはマコだけどさ。言っとくけど、俺、童貞じゃないよ?」
『わかってるよ。優児のことを好きな人間が自分だけなんて、おもったことないもの。自分の想いがいちばんだなんて、自惚れたこともない。ただ、わたしはマコの仲間として優児とおなじ場所にいたことがあるっていうだけ。男でも女でもない、面倒なやつだってこともわかってる』
「抱きたくなきゃ抱かなくてもいいって言ってるわけ?」
『面倒でも構わないなら……抱いて欲しい、デス』
「全然、構わないよ。痛くなんかしないから、安心して」
『そのかわり、ぜったいに優児を追いかけないって、約束する。優児に、必要なときだけでいいから』
「ん。俺、滝田のオヤジに言って、寮を出るよ。いっしょに暮らそう。礼は、学校に戻ったらいい。バイトはしたいならしてもいいけど、夜から朝までは、俺のそばにいて……ひとりにしないで欲しい」
わかった、と返事が返る。
それから半月もしない内に、江野のパボ・レアルへのレンタル移籍が決まった。
ほぼ同時に始まった礼との同棲生活は、けっきょく、一年半に及んだ。
それが長かったのか、短かったのか、赤間が礼の前で感想を述べたことはない。
ただ、最初に約束したとおり、礼が赤間を追いかけることも、またなかった。




